107『平成日本召還』18
――1
夜の帳が下りた航空基地。
様々な建物と、広大な滑走路。
それはロディニア大陸南部では最大規模の航空基地であった。
フォアポンメル王国は王都近郊、王都の規模にも匹敵する広大な領域を占有する<大協約第14軍団>駐屯地、そのトッカータ航空団の基地である。
歩哨を除き殆どが就寝しているが、その貴重な例外――煌々とランプの灯されている部屋があった。
航空団隷下の戦闘部隊、第1411戦闘航空隊指揮官の執務室である。
最も、指揮官は仕事をしていた訳では無い。
暢気な表情で、アルコールの入れられたグラスを傾けていた。
否。
暢気とは云いがたいだろう。
顔には酒精の影響が強く出ていたが、瞳は酷く醒めていたのだから。
叩音
入室許可を求める硬い響きに、手荒く「おう」と答えた隊司令。
扉が開く。
入ってきたのは、副官だった。
「どうした? 先に寝てろと言った筈だが」
「閣下がお休みになられないのに、我々が眠れる筈がありません」
「ご苦労な事だな」
生真面目に立つ副官に、座れと顎で示す隊司令。
予備のグラスを出してやると、好きに飲め、と告げた。
自分でも手酌をする。
「ご機嫌がよろしくありませんね」
「当たり前だ。明日からはロクでも無い事に成るのが判ってて、暢気に過ごせるか」
明日には、この第1411戦闘航空隊の1個戦闘中隊(定数12騎)が、メクレンブルク王国へと進出した第1421歩兵大隊への支援として派遣される事となっているのだ。
第1421歩兵大隊隷下の中隊が2個、さしたる情報も得られぬままに壊滅してしまった事からの、緊急措置だった。
泥縄と言って良いだろう。
「活躍する良い機会かと思いますが?」
「本気かね? それとも私を馬鹿にしているのかね?」
酒精の濁りの無い目で副官を睨みつける隊司令。
「君とて知っているだろう。高高度を飛ぶ機械竜と思しき謎の影の事は」
ワイバーン・ロードですらも届かぬ、神の座の如き虚空を往く影。
大協約の列強諸国すらも生み出せぬソレは、正に伝説にて語られる“帝國”の機械竜としか思えなかった。
「はい。ですがそれが“帝國”のものと限った訳では………」
「本気で言っているのかね?」
「失礼しました」
自分の述べた楽観論に、隊司令が表情を険しくしたのを見て、副官は慌てて謝罪する。
副官とて、自分の言葉を信じていた訳では無いのだ。
ただ隊司令の気分を盛り上げようと、口にしていたのだ。
「“帝國”の機械竜の進歩は早かったと聞く。たった数年で格段に優れた機械竜が生み出されていた、と。
それから既に60余年だ。どれだけの進歩をしているのか、想像も出来ん」
敵の新型が、最大で800km/時に達していても驚かんぞ、と言う。
現時点でワイバーン・ロードの最大速力は、高速特化種ですらも700km/時なのだ。
無論、空戦は速力だけで決着が付く程に簡単なものでは無かったが、それでも重要な要素なのだ。
「我々とて進歩をしている筈です。それでは足りませんか?」
「………足りんな。確かに我々も努力はした。組織戦闘能力も高めた。竜騎士の戦闘能力の保全にも努力を払っている。
だがそれらは全て、ワイバーン・ロードの周辺だ。そのものでは無い。
私が現役の竜騎士だった頃に、“帝國”と戦った古強者に聞いたが、その戦争の全期間を通してもワイバーン・ロードの能力向上など微々たるものだったそうだ。それが今の平和の時代だぞ? 伸びなかったと言われた方がシックリと来る」
吐き捨てる様に断言する。
そんな隊司令の様子に、副官は慌てる。
「それでは我々の竜騎士たちは………」
「判らんさ、どうなるかなんてな。私の方が考えすぎなのかもしれん。如何に“帝國”が強大であったとは云え、そこまで無茶な発展をしているとは思えんからな」
「ですよ司令。考えすぎです。明日、出撃させる戦闘中隊は精鋭揃いなんですから、同数の敵相手なら、伝説の“疾風”にすらも負けないと思います」
「そうかもしれんな」
そう呟いて、隊司令は飲み干したグラスをひっくり返した。
「ふん、埒も無い事を言ったな」
「いえ。ですが明日も大変ですので、早めにお休みになられては如何ですか」
「そうさせて貰おうか」
苦笑して立ち上がる隊司令。
彼らは知らなかった。
彼らの敵として立ちふさがる機械竜――F-2Cの性能は、彼らの空想すらも凌駕していると云う事を。
それを知るのは、この7時間後であった。