『平成日本召還』17


 夜の帳が下ろされたメクレンブルク王国の王都周辺。
 王城や民間の家屋は無論のこと、戦時体制下ながらも王国軍主力部隊の出払っている軍施設の多くが、
暗闇に閉ざされていた。
 だが、ほんの少し前までは荒れ果てて無人の野同然であったシュベリン飛行場は、その例外にあった。
 ディーゼル発電機の稼動音と共に、煌々とした光が灯されている。
 航空自衛隊である。
 “帝國”が基礎を作り上げた其処は、似て非なる、新しい戦鷲たちの巣となっていた。

 陸上自衛隊施設科が突貫工事で作り上げた施設と設備は、何とか航空部隊を運用するには必要最低限度の水準には達していた。
 発電は当然として航空機の整備や管制の設備、そして対空装備。
 短期間で現代の航空部隊を運用出来る基地を作り上げるのは、正直な所で“無理無茶無謀”ではあったのだが、選抜された施設科の隊員たちは、何とかそれを成し遂げてたのだ。
 そして今、このシュベリン基地は夜を徹しての、航空機の整備作業に追われているのだった。
 目的は、翌朝に控えた大協約第1421歩兵大隊、その本隊への爆撃に備えてである。

 メクレンブルク王国へと航空自衛隊が展開させたのはF-2支援戦闘機の、対空能力向上型であるC型を装備した第6飛行隊であった。
 平成日本の転移時に於ける最前線であった部隊を引き抜いたのだ。
 尚余談ではあるが、この派遣に先立って第6航空隊と共に能力向上型F-15J(J-MSIP機)を装備した第305飛行隊をもって、海外への戦力展開を目的とした第22混成航空団が編成されている。

(20番台最初の部隊にも関わらず22の番号が振られたのは、初代団司令へと就任した人物が、先の大戦にて、中国大陸にて奮戦した日本帝國陸軍第22戦隊にあやかる事を主張した為であった。
自衛隊上層部は世論の反発を恐れたが“現場の戦意高揚”と云う、団司令の意見に押し切られる形で採用する事となったのだ。
無論、部隊マークは菊水である)

 さて対地攻撃のみを考えれば航空自衛隊には、対北朝鮮ミサイル基地攻撃用として予算請求のなされたE型、対地攻撃力と航続能力とを大幅に強化した、所謂Super改機もあったが、ワイバーンと云う未知の敵との交戦が強く想定されていた事と、そしてそもそもの問題として日本の洋上輸送能力が2個の航空隊の全力運用を支えられる程に太く無い事が原因であった。
 F-15Jは対空戦闘能力に優れるが、肝心の対地能力を期待する事が出来ないのだ。
 これ等の状況によって、メクレンブルクには第22混成航空団隷下の第6航空隊が派遣されたのだった。



 陸上自衛隊謹製らしくソツ無く、航空偵察を意識しての厳重な対空擬装を施されたシュベリン基地施設。
 そのコンテナを流用して作られた休憩室。その窓際にて一人の若者が、投光機の下で整備を進められている機体の群れを眺めていた。
 F-2の搭乗員である。
 本来は翌朝の攻撃に備えて寝ていなければならないのだが、彼はその翌朝の対地攻撃に複雑な思いを抱き、眠れずにいたのだった。

「“抜かずの刀”か………」

 抜かずの刀は平和の証であり、それをパイロットは誇りとすべき――それは第6飛行隊の指揮官が常々に口にしていた言葉だった。
 そして彼も又、その思いに共鳴していたパイロットだった。
 国を護る為の自衛官がその真価を発揮せずに済む事こそ、自衛官にとっては本懐であるべきだ、と。
 だが今は、自分たちはその能力発揮を求められる。
 国を、故郷を護る以外にである。
 一個飛行隊のF-2が、その能力を完全に発揮したならばこの世界の軍隊では対抗する事は出来ない。
 明日、敵軍は酷い事になるだろう。
 陸上自衛隊も行った一方的な攻撃。
 それは果たして、防衛の延長と言えるのか。
 それは、答えの出ない悶々とした悩み。
 日本を破滅から救う為であると理解はしていたが、納得は出来なかった。


 作戦指揮所にて、第22混成航空団・シュベリン王国派遣先遣群指揮官を勤める栗原二佐はパソコン画面を睨んでいた。
 爆撃に関して、では無い。
 日常的と言って良い事に関してであった。
 第22混成航空団は無理矢理な形で編制され、派遣された部隊であった為、始末の付けられていない雑多な業務が多かったのだ。
 たとえ翌日に戦闘であろうとも、その準備が終わってしまえば弾薬や燃料の在庫問題のみならず、トイレットペーパーの数から食い物の手配に関する事まで、事細かに手配せねばならない事は多いのだ。
 特に運べる人員の問題から、諸般の雑務を担当する会計や補給と云った科の人間が殆ど来ていない現状では、負担が“スパコン並み”と渾名される部隊指揮官に掛かってしまうのも仕方が無い事であった。

 ふと、窓の外を見る。
 視線の先には出撃準備と共に、垂直尾翼にダンダラ模様を書き込んでいるF-2E機の姿があった。
 E型である。
 対地攻撃型であると同時に汎用機として偵察ユニットの運用能力も付与されている為、2機(1機は予備機)が持ち込まれているのだった。
 圧倒的な偵察能力を持ち、同時に虎の子と言って良いグローバルホークが持ち込まれているのだが、F-2Eの、有人機ゆえの運用の柔軟性が買われて持ち込まれているのだった。

(F-15J改機では無い理由は整備等の、兵站への負担の問題である)

 それにダンダラの模様が書かれているのは隊司令の趣味――に気を効かした、整備兵の遊びであった。
 機体の前面に、ノーズアート代わりに680とも書かれてもいる。
 そう、機体に乗るのは栗原二佐の旧友だった。
 当初のパイロットが、このメクレンブルク王国の風土が合わずに体調を崩した結果だった。
 無論、予備のパイロットが居ない訳では無かったが、それを隊司令が無理矢理に巻き上げたのだった。

 笑みを零す栗原二佐。
 前線に出たいと云う気持ちと共に、部下だけに危険な目にあわせられないとの旧友である隊司令の思いを思ってだった。
 そして同時に手元のヘルメットを見る。
 そう、栗原二佐も又、飛ぶ気だった。
 第22混成航空団の先遣隊の指揮官であり、<第1次メクレンブルク支援団>との連絡役と云う重責を担っているにも関わらず、である。

『栗〜 後ろが潰れちまったい』

 何とも情けない声を漏らした旧友の姿を思い出し、先ほどとは少し違った笑みを浮かべる。
 昨日行った、少し(※本人談)手荒い偵察飛行で、後部の兵装士官が潰れてしまっていたのだ。
 隊司令の無茶な操縦に耐えられるのはメクレンブルク王国では、この栗原二佐しか居なかった。

 重責も責任ある。
 だが矢張り栗原二佐は飛びたかった。
 幸いな事に後任、と云うか第22混成航空団の団司令が近日中に着任する予定なのだ。
 まぁ良かろうと考えていた。

「――アイツの乱暴な発想が染ったか?」

 そのアイツが聞けば、元からだろうがと言われる様な事を考えながら栗原二佐は、冷めた珈琲の入ったマグカップに手を伸ばしていた。


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