『平成日本召還』16


「今更言うのも何だがね、良いのかね?」

 会合の席にて、ある参加者が口を開いた。
 議題は、先のメクレンブルク王国で発生した戦闘に関してだった。

 自衛隊の歴史初の実戦は、その詳細が余す事無くマスコミを通じて国民に知らされていた。
 メクレンブルク王国軍が健気である事も。
 大協約軍が勇猛である事も。
 そして自衛隊が圧倒的である事も、だ。
 一方的な戦闘、その様は正に虐殺の言葉こそ似つかわしいものではあったが、日本政府は敢えてその実情を余す事無く伝えてさせていた。
 そう、400名近い人間が鏖殺されたと云う現実を。

「国民が些かナーバスになり過ぎてはいやしないかね?」

 実際その言葉通り、戦後の日本が浸っていた雰囲気に染まりきっていたマスコミは、数多くのコメンテーターが“自衛隊の蛮行”を非難していた。

「成ってもらわねば困る。感覚が麻痺しても、な」

 それまで黙ってタバコを吸っていた男が、乱暴な仕草でタバコをもみ消しながら断言する。
 そでなければ我々がこの世界の面倒を見る羽目になる、と。

「我々が今後振るっていく力は、この世界では圧倒的な意味合いを持つだろうさ。ああ。にも関わらず、その実態を伝えなければどうなる。
万が一にも国民が力に酔って我々の手で世界に平和をなんてトチ狂ったら?
“Tomorrow The World”だ。チョビヒゲの伍長殿の夢なんざ冗談じゃないし、知ったことじゃ無い。
それはもう一致していると思ったが?」

「いや、その事は判っているんだがね…………うん。そのだね、このままでは世界への戦力展開にすらも拒否が出やしないかと心配している訳だよ」

 どんな手段であれ、絶対に話し合いで解決出来る筈だ。
 或いは、これだけの被害が出たのだから、相手は話し合いに応じる筈だとの意見もマスコミの間には出ていた。
 野党側でも、戦後憲法原理主義者達が妄動をしていた。
 彼らがこれ以上、影響力を持っては危険ではなかろうかと発言者は判断していたのだった。

「教授の心配も正しいですが、其方に関してはまぁ大丈夫かと」

「搦め手で、かね?」

 搦め手――既に平和主義を自称する人間たちの状況は公安警察を通して情報は収集済みなのだ。
 それらを元に不正腐敗の糾弾は容易であった。
 が、今はそれをしないと言う。

「いえ。正面から行きます。今、下手な事をすれば弾圧行動だと彼らに格好の燃料を与える事になりますから。
TVでの討論を実施して、正面から彼らの思想を粉砕します」

 一回では無理でしょうが、とも言う。
 要するに啓発活動を実施する積もりなのだ。

「それでは手間が掛かると思うが?」

「良いんですよ。既に部隊は派遣しています。対外的には実働していますんで、将来的な投資だと思えば、まぁ安いものですよ」


「あなた方の“民主主義”とは何とも面倒なものですね」

 会合の後、そう漏らしたのはオブザーバーとして参加していたダークエルフの若者だった。

「貴方たちが見知っていた“帝國”とは違いますか?」

 苦笑と共に、そう尋ね返したのは、もう老境へと達していた参加者だった。  手には珈琲カップを持っている。

「はい。古老からは、“帝國”とこちら側の国家には、そう大差は無かったと聞いていましたので」

「でしょうな。あなた方が言う“帝國”、我々の歴史上で言う大日本帝國の実相は、なかなかに乱暴な国家であったでしょうからね」

 老人の言葉に、ダークエルフの若者は慌てて否定する。

「いえよく言われますが、”帝國”は我々ダークエルフにとっては、福音の国家でありましたから」

 今の状況が状況ゆえに、ダークエルフの若者の言葉には夢見るような響きがあった。
 迫害を受ける事無く、ゆるゆると生きていける環境。
 食事の心配をする事も無く、子供が安心して育つ環境。

「我々もその様な関係を築けたら、幸いですな」

 ダークエルフとの関係、様々な支援活動に関しては、こんかいのメクレンブルク王国の事の後に本格的に実働する事が決まっていた。
 何しろ、石油が無ければどうにもならないのだから。

 ダークエルフ60年待った。
 あとほんの少し待つなど、どうと云う事は無かった。
 人口の減少から、嘗ての様な国家を再建する事は困難だろうが、それでも自らが安心して生活出来る環境は何ものにも代えがたいのだから。

「真にその通りですね」

 ダークエルフの若者は、明日の故郷を夢見て呟いていた。


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