『平成日本召還』15


 メクレンブルク王国軍に付けられていた連絡将校である土門二尉は、覚めた目で眼前の情景を見ていた。

 大協約軍は、歩兵砲による支援射撃の下で、竜と人とを前進させてくる。
 200名近い規模で突撃を行う積もりなのだ。
 メクレンブルク王国軍側も阻止攻撃を行っているのだが、その動きを止めるには至っていない。
 それは歩兵による攻撃では無かった。
 まだ1000mを切らぬ遠距離では歩兵の銃や竜騎士のブレス、弓では届かないのだ。
 野砲だった。
 王国軍のやや後方から、なかなかに高い精度で砲弾を放ち続けている。
 大協約軍に少なからぬ被害を強いている。
 が、足りなかった。
 純粋に砲兵の規模が、野砲の数が少なすぎたのだ。
 200名からの良く練成された部隊の前進を阻止しうる水準に、達していなかったのだ。

 否、並みの規模の部隊であれば混乱を強いる、或いは前進速度を減衰せしめる事は可能だっただろう。
 それが成しえない理由は無論、敵が大協約軍であったからに他ならない。



 息の詰まる様な時間。
 そして彼我の距離が500を切った。
 もう直ぐに突撃が始まる。そんな時だった。

「彼らも頑張っている様ですね」

 後ろから土門二尉へと声を掛けられたのは。
 視線だけを後ろに走らせる土門二尉。
 そこに居たのは、首に透明なパスケースへと入れられた記者身分証を下げた男だった。
 無論、記者だ。
 如何なる理由か、この戦地でも糊の利いた背広を着ていた。

「そうですね。錬度の高さは伺えます」

 如才なく答える土門二尉。
 彼は、この記者を好ましいと余り思ってはいなかった。
 胡散臭さが常にあるのだ。
 男の漂わさせている雰囲気もだが、そもそも、彼の属していた部隊の遥か上――統合情報本部の本部長
辺りから、彼個人の要請には便宜を図る様にと命じられていたのだ。
 その辺りからして胡散臭いと、土門二尉は思っていた。

 そんな土門二尉の内心に気づかぬ様に、正体不明の記者は笑って続けた。
 どうなります、と。

「どう、とは?」

「戦いですよ、ええ。あなた方の本業。あなた方は勝つ為の算段を揃えた。その事前の想定から見て、こんな場所での交戦はどうなのかなと思いましてね」

「………想定の範囲内ですよ。少なくとも負ける事は無いと思います」

「それは負けられては困りますよ。わが国は、この国の良質な原油が無ければ、経済活動を維持し続ける事が出来なくなるんですから」

「そうですかね? 昔ならいざ知らず、今では水素や天然ガスなど代替手段は事欠かないと思いますが?」

「将来的には、ですね。全てが賄えるようになるまで、今、蓄えているだけの原油では到底足りませんよ」

「まぁですね」

「そんなに警戒しないで下さい。親方日の丸って訳では無いですし、そもそも、公務員って訳でも無いですが………」

 あなた方だけじゃ無いんですよ、と続ける。
 ネクタイが風に揺れた。
 黒ぶちの眼鏡を押し上げて、正体不明の新聞記者は笑う。

「日本が好きなんですよ」

 呆れる程に素直な一言に土門二尉は一瞬、言葉を失った。

電子音

 それは、携帯端末が時を告げる音。
 戦いの音を。
 この世界に再び響く、日本民族の鬨の声であった。

「始るわけですか」

 土門二尉は黙って頷いた。


『選抜竜騎隊、前へ!』

 大声が張り上げられ、メクレンブルク王国軍の戦列から、戦竜の群れが進み出る。
 その数、実に20余騎。
 メクレンブルク王国軍の保有する戦竜、その半数であった。
 だが彼我兵力差で考えれば10対1。
 言うまでも無く劣勢である。
 ガッチリとした陣形を組んで前進してくる200名近い大協約軍歩兵隊を前に、些かの怯みも見せず、隊を整える。
 見れば、竜騎士は全員が中年以上の、竜の扱いに精通した猛者であった。
 僅かの指示で、瞬く間に隊伍をくみ上げる。
 各々、兜から双眸を爛々と輝かせて敵を睨んでいる。


「此方で戦竜と言えば我々にとっての戦車みたいなものなんですか?」

 記者が暢気に尋ねた。
 土門二尉は、肯定する。
 走攻防に優れた陸上戦力の主力である、と。
 事前に仄聞し、自らも調査した戦竜の評価を土門二尉は余す事無く告げた。
 そして、歩兵にとって戦竜は天敵にも近い存在だとも続ける。

「戦竜の持つ、シールドってのは、並みの銃器で打ち抜く事は出来ません。特に歩兵が携帯出来る火器では限界があります。
 そしてブレスは、下手な銃よりも強力です。火力も射程も。
 平野地で出会った場合、歩兵は逃げる事すらも出来ないでしょうね」

「それでも勝てないんですか? あの大協約の軍には」

「ええ。歩兵は歩兵でも、桁が違いますから――例えば、アレですかね」

 土門二尉が示したのは、大協約軍の戦列から進み出た者たちだった。
 3人一組。
 一人が脚立を。
 一人が弾薬と思しき箱を。
 そして最後の一人が、2メートル近い長銃身の大きな銃を抱えていた。

「何ですかアレは?」

「大協約軍内では“大銃”と呼ばれている、対戦竜用の長砲身銃です。一撃必殺とまでは言いませんが、それに近い殺傷力がある模様です」

「昔の対戦車ライフルみたいなものですか?」

 ここへ来る前に、少しだけ勉強したんですよと笑う記者。
 その、少しだけ突っ込んだ確認に、土門二尉は眉をはねさせた。
 今時の兵器の、それも触りだけしかしらないマスコミ関係者とは違うな、と思いつつ言葉を連ねる。

「ええ。概念的には似たものです」

「という事は、この世界の戦竜と云う兵科は黄昏を迎えている訳ですか?」

「幸運にも、或いは残念ながらと言うべきでしょうかね。現在のところ大銃は、魔道技術の大幅な投入でしか出来ないそうですから」

 “魔道技術”の所で、少しだけ恥ずかしそうに頬を歪める土門二尉。
 そして続ける。
 普通の技術だけでは実用化は不可能だったらしく、その結果、単価が馬鹿みたいに高くなって殆ど普及していない様です。
 我々にとって問題は、その装備しているのが、この相手、大協約軍でも第14軍団だけとの事ですね。

「真に運が悪いと言うべきなんでしょうな」

 世界でも金満の相手。
 よりにもよって、そんな風に苦笑しあう二人。

「だからですか」

「?」

「彼らが前に出るのは」

 記者の視線の先では、選抜竜騎隊が突撃を開始していた。

 スケープ・ゴート。


 先陣を成すのは武人の誉れ。
 だが、同時に、それは出血を強いられる行為でもあるのだ。

 土門二尉は小さく呟く。

「自衛隊が、ROEに縛られているのはご存知ですよね? ええ。その通りですよ。メクレンブルク王国に最初の犠牲者が出なければ、我々は動けない。偶発的戦闘を避ける為に。或いは我々が戦争への謀略を行うのを阻止する為に」

 馬鹿馬鹿しい話ではあった。
 だがそれを記者の前では口にしない。
 土門二尉も、自衛官として民間人の前での政治への批判は出来ない立場だからだ。

銃声

 砲声と呼ぶには些か軽い音が連続した。
 選抜竜騎隊の足が、少し鈍るが、止まらない。
 100メートル突進。

銃声

 今度は少し隊列が乱れた。
 戦竜の持つシールドの、限界が近いのだろう。
 竜は走りながら悲鳴を上げる。
 更に100メートル突進。

銃声

 今度はばたばたと、竜が人が地に倒れていく。
 が、止まらない。
 後方を走っていた連中が前に出て、盾となって進む。
 その様は正に防人であった。
 そして、悲壮であった。

「私は約束する。必ずだ」

 それまでの、何処か斜に構えた口調を捨て、厳かさすらも漂わせて言う記者。

「ナニをですか?」

「この悲しい犠牲者を二度と出させない為に最大の努力をする事をだ」

 日本国の政治的理由から、血を流すことを求められたメクレンブルク王国軍。
 そして、であるが故に祖国に殉じ、倒れていった選抜竜騎隊。
 彼らがベテランだけで編成されている理由は、未来のある若者を無意味に散らさせない為に、であった。

銃声

 4射目を喰らったその時、メクレンブルク王国軍の本陣から発煙弾が打ち上げられた。
 甲高い音と、赤い煙を放ちながら。
 撤退命令であった。
 生き残ったベテラン達は、素早い仕草で地に倒れた負傷者たちを拾い上げると、撤退を開始する。

 撤退するその背に、更なる射撃が加えられる。
 が、落伍者は出ない。
 先の斉射を受けなかった連中が、撤退開始と共に、最後尾についていたからだ。
 見事な連携。
 そして、それを支援する様に、後方から大協約軍の戦列へと幾つもの発煙弾が打ち込まれた。
 自衛隊の野砲――特科の支援だ。
 この世界の発煙弾とは比べ物にならない白煙が、濛々と吹き上がり、選抜竜騎隊の姿を隠す。
 そのお陰で、一人として負傷者を残す事無く撤退した。


 この選抜竜騎隊の献身によって、自衛隊はROE(交戦規定)をクリアした。
 よって、第1独立装甲連隊が動き出す。
 陣地の何処其処からディーゼルの始動音と、僅かばかりの黒煙が上がる。

「土門二尉。自衛隊は勝つよな?」

 目の前の敵に、ではない。
 後ろに控えている大協約第1421歩兵大隊でも無い。
 フォアポンメル王国にて出撃準備を整えているであろう大協約第14軍団に、だ。

「その為の、自衛隊です」

 国を人とを護る事に劣る積もりはありません。
 そう、土門二尉は断言した。


 自衛隊の参戦によって戦況は一挙に動いた。
 終局へと。
 大協約軍からすれば、まだ戦ってもいないと思う状況ではあったが仕方が無い。
 彼我の持つ軍事テクノロジーの差が出たのだから。

 初手は、陣地から顔を出した2両の89式歩兵戦闘車と1両の87式自走高射機関砲だった。
 高度なFCSに支えられたその射撃は正確無比。
 たった3両の、それも数秒の射撃が、大協約第1421歩兵大隊第2中隊に配備されていた盾、特竜を叩き潰したのだ。
 血飛沫を撒き散らしながら倒れる特竜。
 それまで、大協約軍の歩兵部隊にとって、絶対と言える程に信頼をよせていたソレが、ほんの僅かな時間で無力化されたのだ。
 歩兵の動きが止まった。
 混乱。
 兵だけでは無く、士官たちも混乱している。
 今まであり得なかった事だから。
 その混乱が致命傷となった。
 戦場の神が降臨したのだ。
 野砲。
 一個中隊分の榴弾砲、FH-70が雨霰といわんばかりに155oの榴弾をばら撒く。
 死と破壊の競演。
 遮蔽物の無い場所で、碌な防御手段も持たない歩兵に、それを防ぐ手段は無かった。
 ただ只管に、撃ち砕かれていく。



「これがジエイタイか………」

 塹壕なるものへ退避していたメクレンブルク王国軍の士官は、呆然と呟いた。
 同僚が頷く。

「まるで伝説の、グラナダ“火焔の王の饗宴”を見るみたいだな」

「“丸一日続きし焔の宴。それは煉獄、人が人である事を許されざる宴”か。信じられるか?
この地獄が10kmを超える後方から打ち込まれている事を」

「ああそれでも最大射程では無いらしいな。威力と合わせて、ああ、これは信じがたい」

 誰もが呆然と見ていた。
 兵も士官も、誰もが見ていた。
 友軍の絶大な火力を。

「あっ!」

 誰かが声を上げた。
 そこで皆が気付いた。
 敵の後方で、撤退をしようとしている連中が居る事を。

「流石は大協約軍ですな。この状況でも動けるとは」

 感嘆をもらす将校。
 対して兵が問う。

「良いんですか? 今回の作戦の肝は、敵に情報を与えないって事だったと聞いてますが」

 ベテランの下士官である事を示す様に、的確な意見。
 だがそれを将校は笑う。
 大丈夫だ、と。

「ジエイタイの連中の鉄竜が控えている。見てろ、あの射撃も凄いぞ」

 その声に応じる様に、大協約軍の左側部から、轟々と立てて鉄竜――90式戦車と89式歩兵戦闘車が顔を出した。
 そのまま一気に蹂躙を行う。



 大協約軍第1421歩兵大隊第2中隊は、その日、完全に消滅したのだった。


 第2中隊が消滅した頃、バレンバン地方を窺っていた大協約軍第1421大隊第4中隊も又、地上から、消え去りつっていた。

 轟音と共にそらを行くF-2支援戦闘機の群れ。
 その翼下にはもう、爆弾は無い。
 全て地上にばら撒いた後であった。

 密集して進んでいた非装甲の歩兵部隊など、良い的でしかなかった。
 特に、対空攻撃手段である魔法槍が使えない状況では。
 降り注いだクラスター爆弾や250kg爆弾によってすき放題に叩かれた第4中隊。
 だが彼らの不幸はそれだけでは終わらなかった。
 陸上自衛隊の誇る戦闘ヘリ、AH-64Dによる攻撃が残っていたのだ。
 あまぎ型DDHによって運び込まれた8機のロングボー・アパッチはOH-1Bと共に、そのセンサーをもって誰一人として生かして返さぬ積もりだった。
 掃討。
 正に、その言葉通りの戦いであった。


 そんな様子を善行二佐は双眼鏡で眺めていた。
 諸般の事情によって普通科の兵員は中隊規模であり、特科(野砲)は全く与えられていなかったが、その分、メクレンブルク王国へと持ち込まれた戦車の半分と、航空戦闘部隊の全てが与えられていたのだった。
 作戦前には、普通科の不足による討ち漏らしなどを心配もしていたが、バレンバン地方の地形が、起伏に乏しい平野地であった事から、航空隊による攻撃が効果的に行え、又、大協約軍が“帝國の呪い”と呼んでいる、マナ濃度の不足によって、大協約軍が装備する魔道による対空攻撃が封じられている為、戦闘ヘリが、正に空からの支配者として地面を打ち払っていたのだった。

 この状況で地上部隊が成す事など、敵の歩兵が逃げ出さぬように車両のセンサー等で監視する程度の事だった。

「一方的に叩けていますね」

 善行二佐の傍にいた、瀬戸口二尉が悼む様に口にした。

「ですね。最早これは戦闘とは言い難いですね、が………」

「が?」

「ええ、これが戦争ですよ」

 覚め果てた目で善行二佐は眺めていた。
 視線を瀬戸口二尉に合わせない。

 暫しの時間。
 戦場に、動くものが完全に見えなくなった時に、善行二佐は敵部隊の調査を命じた。
 逃げ出せたものが居ないかどうかの確認をする為、可能な限りのボディカウントも命じる。
 又、見える傷の無い死体には、確認のために銃を使用することも許可する。
 何とも徹底した指示だった。


「そこまでしますか」

 呆れた様に言う瀬戸口二尉に、善行二佐は笑って答える。
 臆病なんですよ、と。

「私は、兵を自分の怠慢で喪うのが許せない。だから万全を期します。取れる全ての手段を用います」

「あんな程度の装備の敵なのに、ですか?」

「戦争は相手に合わせてするものではありませんよ。弱いもの虐め大いに結構。指揮官が敵に温情を掛け、その結果として兵を損なう事があったら、そして、その指揮官が部下なら私は、銃殺しますね」

 だから気をつけて下さい。
 そう善行二佐は続けた。
 それは、鬼と呼ばれた指揮官の顔つきだった。



 こうして、メクレンブルク王国を巡る戦い、その第1幕は自衛隊の完勝をもって閉められたのだった。


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