『平成日本召喚』14


 緑豊かな平野地に幾つも掘られた穴。
 ただ穴を掘るのでは無く、土嚢で強化されたソレには、濃緑色を基調とした擬装ネットが掛けられていた。
 ぱっと見ただけでは、只の起伏にしか見えないその場所に、鋼鉄の獣たちが潜んでいた。
 この世界の言葉で鉄竜。
 正式には戦車、90式戦車と呼ばれた兵器であった。


「しかし良いんですかね……」

 その真っ白に塗られた車内で、操縦手がポツリと漏らした。
 戦闘が近い為に、その雰囲気には弛みは見られないが、それでも何とも納得し難いと云う雰囲気を漂わせていた。
 戦車長は手元の、90式戦車のRMA化対応にあたって増設された複合ディスプレイから視線をずらさぬまま、小さく問い返す。
 なにがだ、と。

「いえ、こんな所で戦争をする事がですよ」

「寝とって、説明を聞いとらんかったのか?」

「真坂。チャンと聞いてますし、理解もしてますよ。日本には資源が無い。鉄も油も飯も無いって。
ですけど、あんな――前込め式の旧式銃の連中を相手に戦争するってのは、どうにも………」

 空想上の生き物だとしか思ってなかった“ダークエルフ”なる連中によって説明された、大協約軍の主力装備。
 ナポレオニックな装備に、後はファンタジー風味タップリの竜やら魔法使いやら。
 操縦手は、そんな平和だった連中に現代軍事技術の粋を集めたと云っても過言ではない90式戦車の120o砲をぶっ放さなければならない事に、何と言うか、罪悪感を覚えていたのだった。

「連中のドクトリンはアレでしょ。装填中のを一発ぶっ放したら、後はシールドとかいう障壁頼りの突撃。
 んな平和な連中にHEAT-MP(多目的対戦車榴弾)ってのは………どうにも」

「考えすぎるな。アレは敵だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「車長の言うとおりですね。相手を舐めすぎです。彼らは俺たちを殺しに来るんです。手段は別として」

「そこまで割り切れねぇよ、俺は………」

「………だったら実際的に考えても見ろ。お前、彼女が居たよな? ソイツが親兄弟の飯の為に、街娼に立ったら嬉しいか? 或いはお前の親、食い扶持減らしで山に捨てられるか?」

「酷い事言いますね」

 操縦手の呟きには力が無い。
 車長の言葉を理解しているのだから。
 それを車長も知覚するが、敢えて言葉を続ける。
 部下のモチベーションを律する為に。

「だが事実だ。知ってるだろ、日本の食料自給率を?」

「ええ。ええ、そうですとも。畜生………」

「彼らには彼らの生活があるだろう。護るものだってあるだろうさ。だがな、それは俺たちのソレと対立する、対立しちまってるんだ。なら、どっちかが――そういう訳だ」

 沈黙が車内を支配する。
 不調和音。
 それを電子音が破った。
 RMAを介しての命令。
 それは戦闘準備を命じるものであった。
 車内の空気が変わった。

「エンジン始動!」

 ディーゼルエンジンが唸りを上げ1500馬力を生み出し始めた。


 対峙する大協約第1421歩兵大隊第2中隊とメクレンブルク王国軍、そして第1独立装甲連隊が戦端を開いたのは平野地だった。
 横隊を組み、戦闘態勢を整えて進軍する第2中隊。
 対してメクレンブルク側も、虎の子の親衛戦竜騎士団“金鵄”を中心に、密集した方陣を組んでいた。
 共に戦意満々である。
 だが行き成りに火力を交えたりはしない。
 第2中隊側としては“調査”を題目とした進出であり、又、メクレンブルク側としてはそれへの対応であるのだから当然だろう。
 お互いに国家やらの威信を背負っているのだ。
 旺盛な戦意だけで政治的な手順を吹き飛ばす程に猪では無かった。


 白旗を持った軍使が互いの陣地を行き交い、意見を交換する。

 第2中隊の軍使曰く。
 貴国領内にて我が軍のワイバーン・ロード部隊が消息を絶った。又、貴国は大協約に反した疑いがある。
よって我が軍は、大協約の約定に従って貴国の査察を実施する。貴官らが反抗をする事は国家の反大協約行為とみなす。即座に武装を解除し、平伏せよ。
 意訳――とっとと降伏しろ。弱小国!

 メクレンブルク王国軍の軍使曰く。
 メクレンブルク王国は独立国である。故に、いかな理由があろうとも、国外からの法外にして傲慢な行動を看過する事は出来ない。これは大協約にも認められる行為である。貴軍は早急に国外へと退去されたし。
 意訳――国へ帰れ、ゴロツキ!



 両軍共に、引く気無し。
 そんな様子を第1独立装甲連隊の連隊長、福田一佐はディスプレイ越しに眺めていた。  傍観者であった。
 今はまだ。
 メクレンブルク王国が被害を受けるまでは。
 自衛隊は決して先制攻撃をしてはならない。

 それが、第1独立装甲連隊を含む<第1次メクレンブルク支援団>派遣に際して定められたROE(交戦規則)に含まれた条項だった。
 暢気な内容。
 それも当然だろう。
 反戦平和主義を標榜していた野党が政府の行動を支持する代償として、自身の支持者の為への言訳に、望んだ事だったのだから。

「マスコミの方々は、ちゃんと取材されていますか?」

「はい大丈夫です。“護衛”からは取材は正確に行われている事が報告されています。ご覧になりますか?」

 護衛とは無論、監視を含めている。
 それはマスコミの諸氏が、それぞれの個人的な政治信条を、こんな緊迫した発揮させない為にとの側面が強かった。
 だがそれも、今のところ順調であると云う。
 肌身に感じる緊迫感に、軽薄な主張が吹き飛んだのかもしれない。
 福田は、それらに思いを馳せる事無く目を閉じ、瞼を揉んだ。

「適当であるならば結構」

 その一言をもって福田は、脳裏からマスコミの紳士諸君の事をはき捨てる。
 彼には対応せねばならない諸事が多いのだから。

「敵の本隊はどうか?」

「敵中隊の後方、20km辺りを行軍中です」

 幕僚の言葉と共に、ディスプレイが切り替わり、最新の状況が表示される。
 現在の敵軍の進軍速度が、ほぼ20km/時を維持している事を考えるに、一日分後方であるとも言るだろう。


 軍事的に見て、余りにも離れている様にも見えるが、物見として考えた場合、或いは適正であった。
 この前衛部隊が敗北し、壊走しても、本隊がそれに巻き込まれる危険性が乏しいようにと思っていると判断したのだ。
 此方を過小評価していない証左であった。
 やはり敵は侮れない。
 その思いを胸に、福田は改めて尋ねる。

「もう一つの別働隊は?」

「北西部へ30km程離れた辺りを西進しています。恐らくはバレンバン地方への展開を見ている様子です」

「“帝國”の旧シュベリン王国進出の中心部ですからね。まぁ当然でしょうね――マナ濃度に関してはどうですか?」

「はっ! 現状、変化ありません。状況L。魔法使用は困難な状況のままです」

 特務情報科のライル二尉が立ち上がって報告する。
 手にはファイルがある。
 パソコン機材は使っていない。
 彼ら自衛隊に入営したダークエルフにも、RMAへの対応する必要性もあってパソコンに関する教育が行われていたが、まだまだ順応しきれていなかったのだ。
 彼らが伝聞してきた、この世界の軍よりも進んだ帝國軍、それよりも更に進んだ物事を学ぶのだ。
 戸惑うのも当然であった。

「結構。引き続き注意していて下さい。後はあちらの善行二佐に任せましょう。栗林二佐、其方の準備は?」

『問題ありません。F-2全機、出撃準備は整っています』

 ディスプレイの向こう側で、シュベリン航空基地へと展開している航空自衛隊の指揮官が気障な仕草で敬礼した。

「歩兵が余り回せませんので、其方は大変でしょうがよろしくお願いしますよ」

『お任せ下さい。部隊指揮官は野生の証明で通っている男ですから、何日でも戦えるでしょうし、 それにイザとなれば、私も操縦桿を持ちます』

 機体が消耗しきるまで、備蓄してある爆弾が全て失われるまでは反復攻撃を続けると断言する。
 優男風ではあるが、腰は据わっている。
 現役パイロットとしてF-4の操縦桿を握っていた頃に付けられていた“無頼”の渾名。それを十分に感じさせる鋭利さと豪胆さとが、瞳の端へと浮かんでいた。

「宜しくお願いしますね」

『はっ!』

 敬礼と答礼。
 そこで一旦、福田は通信を切り替えた。
 自身が掌握する各部隊の指揮官に、最後の確認を行っていくのだ。
 部隊の状態は、RMAによって直ぐに判るのだが、自衛隊にとっては初の実戦なのだ。
 各指揮官の生の声を、その状態を福田は把握したかったのだ。

 誰もが緊張していた。
 だが誰もが落ち着いていた。
 だから福田は最後に、告げる。

「我々自衛隊最初の実戦が始まる今、今更に告げるべき言葉は無い。
 各人、ここで我々が戦う事が日本を救う事であると肝に銘じ、今までの訓練の成果を十分に発揮せよ」

 その言葉に、各級指揮官たちは一斉に敬礼していた。


 戦いが始まる。


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