『平成日本召喚』12


 大協約第14軍団第2連隊第1421歩兵大隊は、60年前の対“帝國”戦争での戦訓を元に編制されていた。
 2000名と云う、大隊の呼称を用いるには余りにも規模が大きい事も、大規模な砲兵(歩兵砲)隊が居る事も、そして竜の部隊が居る事も、全て、当時の列強諸国よりも強大な帝國軍に対抗するが為であった。

 部隊規模。
 技術的には劣れども、交戦時の瞬間的火力を増大させる事で正面から互する事を目的としていた。
 連射が困難な銃しか開発配備出来ないのであれば、数を増やして対応しようとの、正に力技。
 歩兵砲も、その流れであった。
 部隊の戦場運動能力は低下するが、火力を軽視する事など出来る筈もなかった。
 当然である。
 帝國陸軍部隊と交戦して勝てない部隊では意味が無いのだから。  対鉄竜(戦車)としての意味合いもあったが、最も重要な事は歩兵部隊に打ち勝つ事。
 それ程に大協約軍は帝國陸軍歩兵部隊を恐れていた。

 そして竜。
 それは、正式には特務竜兵隊の名を持ち、特竜と呼ばれる部隊であった。
 コレは一般的な戦竜の血脈に属する種では無かった。
 主力戦竜とは比べ物にならない程に細い体。
 長い首。
 四肢には皮膜の名残がある。
 そう、ワイバーンの亜種であったのだ。
 ワイバーン種が特竜として採用された理由は、そのシールドである。
 短期間であればブレスや帝國製大威力火器まで防げるそれが、歩兵部隊の防御装備として求められたのだ。
 故に、特竜は空を飛ぶことは出来ない。
 常に歩兵部隊の前に立って、敵の火砲から味方を護るのだ。

 其れだけではない。
 偵察部隊には、人間とは比較にならぬ程の感覚器を持つイヌ科の大型獣――魔道犬が配置されていた。
 魔道すらも用いて強化された、その優れた嗅覚や臭覚をもって、遠距離で敵を察知するのだ。
 更には、その収集した情報を的確に利用する為、魔道犬付き士として、かつては“魔法使い”として、虎口の存在として軍部隊とは一線を画していた魔法技術を持った人々が、捜索魔道兵として採用されていた。
 又、この他にも魔道兵は大規模な部隊を的確に運用する為の魔法通信/指揮網を構築する為に、
専任の魔道通信士が部隊には大量に配置されていた。

 これらの魔道技術の大量導入によって列強諸国の大同盟、大協約軍は帝國陸軍と正面から互せる、
或いは部分的に凌駕出来る様になったのだった。

 この様に、完全編制の帝国陸軍歩兵連隊とすらも正面から殴り合えるだけの火力を持った大協約の
正規歩兵大隊ではあったが、それ故に編成するには余りにもコストが掛かり、多くの大協約軍では、
人員や装備が完全に充足している部隊など殆ど無かった。
 その貴重な例外に属していたのだ、大協約第1421歩兵大隊は。



 流石は、金満で鳴らした第14軍団の部隊、そう呼ぶべきかもしれなかった。


 その第1421歩兵大隊大隊長は、状況に対して油断していなかった。

「我々は積極的に侵出を行わない」

 メクレンブルク王国領への進出を翌日に控えて、集められた参謀団の前で大隊長はそう、切り出した。
 それから、部隊を中隊単位で広域に展開させ、調査を中心に行うとも。
 驚きの雰囲気が広がる。
 積極的。
 その一点をもって知られた大隊長なのだ。
 それが消極的な行動を指示した事は、この場に居る一同に、驚きをもって迎えられていた。

「何故? 諸君はそんな顔をしているな。だがコレは必然である。何故なら我々は敵の詳細を知らぬからだ」

 その言葉に、若輩の参謀がおずおずと手を上げる。

「大隊長殿、敵は帝國軍ではないのですか?」

「判らぬ。少なくとも情報部から、彼らは“帝國”を自称していない事は聞いている」

 そして部隊規模が、兵站部隊も含めて2000名規模である事も。
 大協約の大隊が、兵站部隊を含まずに2000名規模である事と対照的であった。

 その言葉に、興奮した他の若手参謀たちが立ち上がる。

「ならば鎧袖一触では? われ等はかの魔軍、帝國軍と戦う為に鍛え上げられているのです!!」

「そうですよ大隊長殿! 折角の先鋒なのですから、積極的に戦果を広げませんと、手柄が他の部隊に奪われてしまうかもしれません!!」

「そうですよ!! 他にもメクレンブルク王国の軍はあるでしょうが、ナニ、我々大協約歩兵大隊が、正面から殴りかかれば、粉砕する事は容易い筈です!!!」

 口々に興奮をそのまま吐き出す。
 果ては、第1421歩兵大隊独力をもってメクレンブルク王国を制圧すべきだとも言う声すらもあった。
 皆が酔っていた。
 直ぐ傍に見えている栄光に。

 大隊長はゆっくりと右腕を上げて、議論を抑えさせる。

「諸君が言う事は道理だ。確かに帝國軍ならばわれ等は負けぬだろう。だが情報部からの報告では、記録に残されている“帝國”の装備とは異なるものが数多く見受けられたそうだ」

 そこまで言った所で言葉を切り、参謀たいをゆっくりと見渡す。
 誰もが固唾を呑んで聞いていた。

「“帝國”かもしれないし違うかもしれない。故に、最初に情報収集だ。我々は敵を見定めねばならない。
あの暗黒の、対帝國戦争を繰り返さない為に。 第1421歩兵大隊の同胞諸君! 私は諸君に、私と共に、大協約に定められし誓いに則り、世界を護る盾となる事を望む」

 さっと奉げられた敬礼。
 大隊長はゆっくりと答礼していた。


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