『平成日本召喚』10


「面白くもねぇ話になっちまったな」

 豪奢な椅子に背を預け、机に足を乗せたままに、大協約第141歩兵連隊連隊長は葉巻を吹かしていた。
 襟元を弛め、表情にも力が無い。

「仕方が無いですよ。トッカータ侯家は身内の面倒見が良い事でしられてますし、彼ら自身もソレを誇ってますんで」

 合いの手を入れたのは副官。
 此方は、机の脇に礼儀正しく立っていた。

「田舎貴族の言い分なんぞ知らん」

 副官の正論を乱暴な言葉で打ち切ると、拗ねたように、余り吸ってもいない葉巻を乱暴な仕草で灰皿に押し付けた。
 トッカータ侯爵家はフォアポンメルン王国の家であり、この連隊長の様な列強爵位を持った高級士官達からは、常に低くみられていた。
 精緻な象嵌の施された葉巻入れから新しい葉巻を取り出すと、吸い口を噛み切って、マッチを擦る。
 盛大に紫煙を吐き出す。

「大体、偵察隊は帰らん事でも情報を伝えてるんだ。だったらそれで良いじゃねえか」

 そんな連隊長に、副官は曖昧な表情で笑った。
 暴論ではあったが、正論でもあったからだ。

「まぁそうなんですがね………」

 2人が話題としているのは、先の<大協約第14軍団>首脳会議の席上での事だった。
 偵察として派遣されたワイバーン・ロード小隊が、予定されていた帰還時刻を大幅に超過しても帰らない――
消息を絶ったと云う事に関連して、航空部隊の指揮官であるロベルト・トッカータ准将が、“大切な部下の捜索と回収の為”としてメクレンブルク王国の北部へ、本体に先んじて部隊を展開させる事を提案したのだ。

『無茶を言う』

 その場に居た誰もが思った事だった。
 如何に大協約軍が、対帝國に関する限りは、かなりの行動の自由が認められているとは云え、陸上部隊が、連隊級以上の規模で駐留国から移動するにはそれなりの手続き、大協約大会議での承認が必要なのだ。
 そうなれば自然、派遣されるのは大隊規模となる。
 それが問題であった。

 尚、この時点で第14軍団は、彼らが独自にメクレンブルク王国へと潜入潜伏させていた特殊情報員の手によって、メクレンブルク王国へと駐留した自衛隊――その名は知らずとも、その存在は知っていた。
 その装備が機械化を中心に行われ、帝國軍に良く似ている事を。
 そしてその規模が大隊規模(人員から、第14軍団ではその様に認識した)である事も。
 情報員達は表向き、第14軍団の監視対象国と“帝國”との結びつきを調べる為の派遣であったが、その実体は、監視対象国のアラを探し、コレを秘密裏に指摘する事で“資金協力”を要請する為の部隊であった。
 それが表向きの理由で役立ったのは、皮肉以外の何物でも無いだろう。
 メクレンブルク王国に潜伏していた情報員達の多くは、ダークエルフや特殊作戦群によって無力化されたが、1名だけ、偶然にも無力化されるその日にメクレンブルク王国へと着任する事となっていた情報員が、その手を潜る事に成功していたのだ。
 少なからぬ情報を手にメクレンブルク王国を脱出した諜報員が、フォアポンメルン王国の第14軍団司令部へと到着したのは、昨日の未明であった。

 錬度良好と思しき、それも機械化されている部隊がメクレンブルク王国には居るのである。
 敵軍は2000名にも満たぬ規模とは云えメクレンブルク王国軍の1000名まで勘案すれば、機械化が成されているとはとても言い難い、第14軍団所属の歩兵大隊の状況では決して侮れる規模では無いのだ。
 にも関わらず、部隊を進出させろと言う。
 部下の捜索と情報収集の為にと、陸戦部隊を早期にメクレンブルク王国へと進出させるべきだと。
 対して多くの指揮官は、その無謀を言う。
 無謀の指摘は正論ではあったが、指揮官の多くは第14軍団の強大な戦力を、数を頼れぬ状況に腰が引けていると云うのが実情であった。
 その事を自覚するが故に、そして常日頃の宮廷などでの豪語――“帝國に与するものなど鎧袖一触”やら、“例え数倍の敵でも第14軍団は倒してみせる”と言い放っていた事もあって、ロベルトに強く反対出来なかったのだ。

 会議が混乱するのは当然であった。


 その当然な状況に於いて、第141歩兵連隊の連隊長は当初、我関せずといった感じで会議の進行を傍観していた。
 どうでも良かったのだ、連隊長にとっては。
 部隊派遣の命が下れば、秘密裏に装備した最新式の魔道銃鑓をもって大勝利を収め、世界からの耳目を集めての派手に御披露目が出来るだろうし、命令が下らなかったら下らなかったテで、文句は無かった。
 立派な髭の形を丁寧に揃えながら、暢気に構えていた。
 それが一転して不機嫌になった理由は、この任務へと志願する奴が居たからだった。

「議論大いに結構! ですが行方不明となった若者達の捜索は早々に実施せねばなりませんし、それに何よりも、正体不明な敵軍に関しても情報収集ををせねばなりません!!
 よって軍団長殿、我が第1421歩兵大隊へ、その任を命じては頂けませんでしょうか」

 立ち上がったのは、全身から覇気を迸らせている若者だった。
 30を少し過ぎた辺りの、秀麗と言って良い顔立ちの中佐だった。
 無論、列強の子爵位を持ってはいたのだが、それだけでは無く、才能でもっても昇進した、第141連隊長の様な、捻くれた人間から見て、非常に気に喰わない相手だった。  何かにつけて苛めてやろうと、日頃から思って居たのだ。
 その相手が、志願した。
 第141歩兵連隊長は、それまでの自分の考え――自分の所に任務が来なくてもまぁ良いかとの暢気な考えを、一切合財忘れ去って、目立ちたがりやの若造めとキレタのだ。
 何とも何とも逆恨みであった。



 会議終了後に部隊へと戻った第141歩兵連隊長は、部下に訓示した。

「如何な理由が在ろうとも第1421歩兵大隊へ支援すること、コレを堅く禁ず。弾の一発、糧秣の一欠けら、些細な情報であろうと一切渡すな。いいか、連隊長命令だ。これを破った者にはワシが個人的な制裁を加える!!」

 最後は吼えていた。
 そして咳払いを1つすると、取って付けたように『見込みのある第1421歩兵大隊の指揮官に、成長する為に、敢えて艱難辛苦を私は与えたいのだ』と言った。
 無論、そんな第141歩兵連隊長の意図を、部下達は過たなかった。
 仕方が無いな、この親父は。
 そんな雰囲気で部下達は納得していた。
 意外にも思えるかもしれないが、この第141歩兵連隊長と云う男、部下達からは嫌われて居なかった。
 否、積極的に認められていた。
 乱暴だったり強欲だったりはするのだが、身内と認めた相手には、かなり甘いからであった。
 第141歩兵連隊長のお陰で、子供が学校へと行けた。貧乏農家の子倅であった兵士が、よい所の嫁を貰えた等と、面倒見も良かったのだ。
 又、必要以上に自分の私腹を肥やす事無く、部下達にも配分していたのだ。
 その意味では何とも憎めない人間であった。


 そんな訳で、この訓示以降に第1421歩兵大隊へと第141歩兵連隊から提供されるものは何一つ無かった。




 第141歩兵連隊からの嫌がらせはあったが、大勢としては順調に準備を進めた第1421歩兵大隊は、勇躍してメクレンブルク王国へ向かって出発した。
 それは会議の2日後の事であった。


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