『平成日本召喚』9
第1次メクレンブルク支援団交戦す、との一報は予期された衝撃というべきものを政府に与えていた。
それを丁度昼食の席で受け取った総理大臣は、持っていたお握りを最後まで食べると、同席した者達を意識した、ゆっくりとした動作で湯呑を手に取った。
「意外と早かったね」
声は落ち着いていたが、その内心は別だった。
自分の決断によって発生した交戦、即ち自衛官ならずとも人が死んだと云う事を重く受け止めていた。
日本国が生残る為――そう割り切ってはいた。
割り切ってはいたのだが、それでも、交戦に到るまでに何とか外交関係で決着をつけられないかとも思い、その手段を探してもいたのだ。
だがその努力は全て水泡に帰したのだ。
自衛隊が国外に展開し、そこで他国の軍人を殺害した。
最早昔には戻れぬ。
その事へ総理大臣は、失望に近いなにかを覚えていた。
総理大臣の個人的な感傷は別とし、現実問題として日本政府や官僚機構は事前の取り決めに従って淡々とこの、出来事を処理していた。
夕方になって官房長官が臨時記者会見を行い、第1次メクレンブルク支援団が対帝國大協約の軍と交戦した事を公表した。
その経緯や、状況も全て。
そして同時に写真が公表される。
それは、救出された少女イルゼリートが戦塵を身につけたままに、担架に乗せられて89式装甲戦闘車から降ろされるシローの傍らに寄り添っている構図だった。
何とも計算された写真であった。
「どうせなら徹底的にやらないとな」
大手マスコミ上がりの会合参加者は、公表する情報を検討する際、そう嘯いていた。
「だがあまりやり過ぎると国民が加熱し過ぎるぞ?」
「なになに。その為に連中を飼うんだ。彼らにはコレからタップリと働いて貰うさ」
マスコミ上がりの視線の先には特定のマスコミのリストがあった。
それは旧世界に於いて、幻想的な平和主義に染まり、“友好”と云う言葉を信仰してしまったが為に、日本の利益よりも他国の権益を優先してしまっていた連中のリストであった。
会合は、このリストから選別した相手に、幾つものダミー組織を通じて“日本の将来を憂う政府官僚の良心派からの支援”として、ある程度の情報と資金とを提供するつもりであった。
日本の世論が暴走しないように。
そして世論の暴走に政府が乗ってしまわぬ様に。
会合の参加者達は、日露や太平洋戦争の出来事を対岸の火事とは見ていなかった。
「しかしこれで戦争が決定しましたな。続発部隊の方はどうなってますかな」
「既に第2次船団は日本を発っています。戦車や自走砲を中心とした重装備ですんで、船腹の方が厳しかったですが、民間資本の協力で、まぁ何とか」
「船腹不足も深刻ですからな。大型船舶の大半が、外国籍だったからか来ておりませんからな」
「お陰で、造船業界には仕事を回せる――そう思おうと思っておりますよ」
「鉄があれば、ですな」
「バレンバンの次は、ピルバラとの交渉が待っておりますから。外務省でも期待している向きが多いらしいですぞ、今回の事は」
「では彼らも?」
「ええ。大協約の横暴には悩まされていた様で」
「………このまま、この世界の各地へ部隊を派遣するっと云う事にはなって欲しくないものですな」
それは偽らざる、会合参加者達の思いだった。
日本の夜が、ゆっくりとふけてゆく。