『平成日本召喚』8


 <第1次メクレンブルク支援団>と<大協約第14軍団>の交戦は、相互にとって予期し得ない、だが軍事的には、ごく真っ当な形で発生していた。
 そう、偵察部隊同士の殴り合いとしてである。



 空を行くワイバーン・ロードの群れ。
 機影は3。
 それは大協約第14軍団に所属する航空部隊、トッカータ航空団第1411戦闘航空隊に所属する小隊であった。
 指揮官はヨハン・トッカータ男爵、まだ20代前半の若者だった。
 部隊の目的はメクレンブルク王国、王国の状況を把握する為――それが公式に提出されている報告書であったが、その内実は、若者達による“チョットした”冒険行であった。

 そんな馬鹿なものが通った理由は、ヨハンが、トッカータの名と男爵の称号を帯びる事からも判る通り、航空団指揮官の甥っ子であった為であった。
 ヨハンが伯父に、ワイバーン・ロードでメクレンブルク王国の王都上空を乱舞してみせて、トッカータ家の勇名を更に上げたいと言ったのだ。
 その本音の部分として、航空部隊はおろか対空や魔法部隊すらも居ないメクレンブルク王国であれば、多少の無茶をしても安全だと云う計算があった。
 そしてもう1つ。
 その偵察行の最中、田舎の街道沿いを小さな隊商を見つけたら、これを査察してやろうと、そして隊商内にめぼしいものが在れば略奪してやろうと考えていた。
 隊商に対する査察は、反大協約罪に問われている王国の領内にて無制限に認められている行為であった。
 目的は、禁制の“帝國の遺産”を所持していないかどうかと云うもの。
 ここで重要な事は、査察を受けて無罪と判定された隊商が、“帝國”消滅後の60年間に於いて一度として発生しなかったと云う事である。
 要するに査察とは、全くの略奪行為であったのだ。


 そして王都への偵察行。
 それ自体は穏便に終了していた。
 ヨハンは、メクレンブルク王国軍が何かの動きを見せたら、大協約への叛意ありとしてありったけの火球を王城辺りに打ち込む腹積もりだったのだが、拍子抜けする程に何も無かった。
 上空から見る限り王都も、その周辺の軍事施設にも動きは全く見られなかった。
 湾内には見慣れぬ船も少なからず停泊していたが、洋上なんかに興味は無く、重要なのは地上だけ。
 その地上の様子は、少し緑が多く感じられたがそれだけであった。
 人気など無かった――そう、まるで息を潜めているかのように。

 予想通りだったとは云え反応を、友好的や敵対的なものを含めて全く見せなかったメクレンブルク王国に、何と言うか拍子抜け、或いは落胆にも似たものを感じたヨハンは、それ故に帰りに隊商を襲う事を決心していた。
 少しでも暴力的なものを味わいたい、と。

「少し遊んでいかないか?」

 それは、マナの少なさから昔と比べて航続距離の落ちたワイバーン・ロードを休ませる為、休憩に降りた場所でヨハンが同行者に口にした言葉だった。
 ヨハン同様に特権階級出身であった2人は、僅かも逡巡する事無く同意していた。
 大手を振って襲える、こんな機会を見逃すのは勿体無い、と。
 誰も、止めるものは居なかった。
 否。
 逆に居れば罵られたであろう。
 臆病者、と。
 そして同時に、“帝國”を恐れるのか、と。

 かつての“帝國”に対する恐怖が、長い年月を経た事で余りにも幼稚な暴力行為へと変貌したのだった。

 そして帰路。
 メクレンブルク王国領の北方外周部の深い森、その隙間に刻まれた小さな街道にて彼らは得物を見つけたのだった。


 その音を最初に察知したのはダークエルフだった。
 遠くより響く小さな音。
 その響きにナニかを感じ、特務情報科三尉の身分で偵察隊に付けられていたダークエルフ、エドワルトは、人間よりも少しだけ長い耳を小刻みに動かして、音を正確に把握しようとした。
 そこへ再び音が、より大きく響く。
 そこで気が付いた。
 魔法でも無ければ、砲撃でもない事を。
 懐かしくも忌々しい音である事を。
 それは、エドワルトの故郷たる小さな隠れ里を滅ぼした、ワイバーン・ロードの対地火球攻撃の響きであったのだ。


「荒田隊長、隊の南方で破裂音、複数です。恐らくはワイバーン・ロードの火球攻撃です」

 不確定性を大量に含んだ報告に、第5偵察隊の指揮官である荒田一尉は小さく唸った。  そして手に持っていた携帯端末を数度、指先で叩く。

「距離はどれ位だ?」

 情報は曖昧ではあったが、それを頭から否定しようとはしない。
 エドワルトが第5偵察隊へ編入されたのは、隊がこの地へと渡ってきてからであった為、付き合いは短かったが、その短い時間で荒田はエドワルトの持つ鋭敏な感覚を認めるようになっていた。
 エドワルトがあると言えば、何かがある。
 その程度には信用していた。

「5kmは離れていません」

 その言葉に、荒田は携帯端末を確認する。
 其処には、3時間ほど前にメクレンブルク王都の上空にてワイバーン・ロードを確認した事が表示されていた。
 そして、北部に展開中の各偵察隊には、発見され攻撃を受けぬ様に注意せよとも。
 更には速度や高度などの、メクレンブルク派遣隊群で収集した情報までもが添付されている。
 RMA化された部隊の強み、携帯端末には<第1次メクレンブルク支援団>に所属する全ての部隊が収集した情報が、そこにあった。

「王城に来てた連中だな。だが何を襲っているんだ?」

 携帯端末には、何処かの部隊が交戦しているなんて情報は一切載っていなかった。
 そもそもこの街道辺りは国境まで、この第5偵察隊が受け持っているのだ。
 他の部隊が襲われる筈もなかった。
 王城に攻撃もしなかった事から相手は偵察部隊だろうに何をしているのかと、そんな荒田の疑問に答えたのは、第5偵察隊に案内役として随伴していた、メクレンブルク王国軍の竜騎士であった。
 まだ若い竜騎士は、恐らくは査察です、と言い、それから浅黒い顔を赤く染めて、大協約に認められている略奪行為であると続けた。

「申し訳ないがアラタイチイ、我々を現場へと行かせてはもらえぬだろうか。我等が陛下より直々に、あなた方が、容易に剣を抜けぬのは聞いている。だから我々だけで良い。行かさせてくれ!」

 それは正に防人の言葉だった。
 その歯を喰いしばる様な竜騎士の言葉に、荒田は是非を言わぬままに携帯端末を操って1つの事を確認すると、小さく頷いた。
 いえ。我々も行きましょう、と。
 荒田が確認したのは、ROE(交戦規則)だった。
 液晶画面にはまだ、「部隊及び随伴王国軍の自衛以外の目的での交戦を一切禁止する」と書かれたままだった。

 それは、交戦その他、何かがあれば荒田が責任を被る可能性が高い事を意味していた。
 だがそれを荒田は飲み込む。
 この国を護る為に派遣されて来たのだ。
 その目的の一部には、この若い竜騎士達と共にある事も含まれる――そう判断していた。


 メクレンブルクに存在する竜は、“帝國”の遺産だった。
 嘘か誠か、時の騎士団長が帝國軍の将官から「戦車か竜、そのどちらかを供与しましょうか」と尋ねられた時、に、「竜!」と即答したのが始まりだったと言い伝えられている。

 竜の血筋を辿ればレムリア王国製の戦竜へと辿り着く。
 当時の列強が一角を占めていたレムリア王国に原点を持つだけあって、メクレンブルク王国の竜は持久力と防御力は一流の水準にへ達していたが、火力たるブレスに関しては問題を抱えていた。
 威力が標準的な竜の7割にも達していなかったのだ。
 否、威力のみならず、射程や連射性能に於いても劣っていたのだ。
 大協約によって所持が禁止されないだけはある。
 そんな竜であった。

 だがそれでも、乗り手にとっては竜である事に変わり無かった。
 特にそれが卵の頃から面倒を見てきたともなれば、竜への思いいれはひとしおであった。
 誰もが自分の竜こそが一番であると思っていた。


 街道を疾駆する4頭の戦竜。
 余り整備されているとは言い難い道ではあったが、竜は快調に駆けていた。
 隊の最後尾を走る若い竜騎士、シロー・アイヒベルガーはチラリと後を見た。
 そこには轟音を立てて続いてくる鉄竜――どうやら伝説の97式中戦車とは別の存在らしい、89式装甲戦闘車の姿があった。
 89式装甲戦闘車だけでは無い。
 軽装甲機動車や偵察用オートバイも居た。

 魔王の軍勢と居るみたいだ。

 その立てる音に怯える竜を宥めながら操りつつ、シローはそんな事を考えていた。  シローは先祖代々メクレンブルク王国に仕える武門の出であった。
 にも関わらず、帝國風の名を持つ理由は、アイヒベルガー家の家訓にあった。
 60年以上も前のご先祖が、叛乱によって滅亡の危機に陥っていたシュベェリン王国を“帝國”が救った事への感謝の意を表する為に、一族の長子へと帝國風の名前を付ける事を決めたのだ。
 そんな自分の名と縁がある連中なのだ。
 魔王みたいだなんて失礼だと、頭を振って、そんな考えを押し出した。

 シローは、先頭を行く小隊の隊長が手を挙げて停止令を出したのを確認した。
 急制動。
 止まった時に思い出した。この先、少しばかり行った所は森がかなり開けた場所であった事を。
 そして、鼻腔へと焼け焦げた匂いが届いていた事にも。


 ゆっくりと、音を立てぬように前進。
 自衛隊も隊長さんが、供に1人だけ連れて89式装甲戦闘車やその他の車輌を置いて、続いてくる。
 焦る気持ちを抑えて進む。
 そしてシローは見た。
 少しだけ広がった街道、その一杯に広がった暴力の痕を。
 死体。
 死体。
 死体。
 数多い、焼け焦げた真っ黒な死体。
 そして燃え上がった馬車の群れ。
 否、痕では無い。
 過去形では無い。
 今だ戦っている人間が居た。
 舞い降りた3頭のワイバーン・ロードと真正面から対峙している、剣を持った黒い大男。
 その背に半壊した馬車を隠すように、護るように仁王立ちをして戦っていた。
 何故、動かないのかは問うまでも無い。
 シローの目は、馬車の中に居る人影を見たから。

 対してワイバーン・ロードは3方から囲んで、戯れる様に弄るように戦っている。
 そして、その背に跨った乗り手たちは愉しそうに顔を歪めていた。
 大男がワイバーン・ロードの攻撃を避け損ねて血を撒き散らすたびに、手を叩いて喜んでいた。
 正に理不尽。
 だからシローは切れた。

「行きます!」

 ただそれだけを言うと、誰かが止める前に自らの竜に突進を命じていた。


 疾駆するシローの竜。
 だが一直線にでは無い。
 広がった街道を存分に利用する様に斜めへと。
 そして走りながらブレスを連射させる。
 連射する為に出力が下がってしまったブレスに、ワイバーン・ロードの防御力を打ち破る力は無い。
 派手に火の粉が飛び散るがそれだけ。
 だが、敵の注意を曳き付ける事には成功する。
 それまで、大男の相手一辺倒だった3頭のワイバーン・ロードの2頭が迎撃に、首を振り返る。
 口を大きく開く。
 ブレス。
 シローの竜とは比較にならない大きさの火球が、連続して打ち込まれてくる。
 シローは竜を小刻みにジグザグに走らせて、狙いを絞らせない。
 無論、その為にシローの竜はブレスを吐けなくなるのだが、それを補う手がシローには、メクレンブルク王国の竜騎士にはあった。
 弓である。
 それはブレスの威力不足を補う為に生み出された技だった。
 銃で無い理由は、再装填が難しいから。
 初手しか放てない銃では、継続的な制圧が出来ないからだ。
 メクレンブルク王国は本気で、竜による弓戦術を考えていた。
 その威力が今、実戦で証明される。

 慣れた仕草で鞍の後に固定していた弓を引き出したシローは、流れるような動作で矢筒から矢を取り番えると、全力疾走の竜の揺れをものともせず、ひょうっと放った。
 矢は狙い過たず、シローに背を向けて大男と対峙していたワイバーン・ロードへ突き刺さる。

絶叫

 無茶苦茶に暴れ始めるワイバーン・ロード。

 だが、シローが優勢に戦えたのはここまでだった。
 ワイバーン・ロード2頭が、シロー目掛けて無茶苦茶にブレスを吐き出したのだ。
 周りの状況も、大男の事も放って。
 それは脅威が、シローの竜しか無いとの誤断では無かった。
 只単に、頭に血を昇らせただけだったのだ。
 数射目で吹き飛ばされるシロー。

 歓声を上げるヨハン達。
 だがソレが、致命となった。
 更に3頭の竜と、彼らが大協約では見た事も無いような鉄塊、89式装甲戦闘車が森を突き破って出てきたのだ。

 後は述べるまでも無いだろう。
 1頭は戦竜3頭にかみ殺され、1頭は89式装甲戦闘車の35o砲によって粉砕された。  そして最後の1頭。
 ヨハンの騎は、他の2頭が犠牲になっている間に空中へと逃げる事に成功した所へ、89式装甲戦闘車から降車した自衛官の担いでいた91式携帯地対空誘導弾によって撃墜されたのだった。


 シローが目を覚ましたとき、最初に見たのはホットした表情のダークエルフ――エドワルトだった。
 背中の柔らかさから、自分が毛布の上に寝かされていた事に気付いた。

「気が付いたか無謀な頑丈者め。治癒魔法が効き辛くて梃子摺ったぞ」

 言葉こそ乱暴だったが、表情には安堵の色があった。
 ダメージによる意識の混濁か、何故に自分がこんな所に居るのか判らず、シローは顔を顰める。

「おっと、無茶はするなよ? 粗方の火傷は癒したが、1歩間違うと死ぬような状況だったんだぞ」

 その言葉でシローは、自分の状況を自覚する。
 ワイバーン・ロードのブレスで吹き飛ばされたと云う事を。

「竜、俺の戦竜はどうなった」

 慌てて跳ね起きよとするシローを慌てて抑えるエドワルト。
 だが抑えるまでも無かった、体が少し起きた所で、全身に走る激痛に、シローの身体は動かなくなったのだ。

「安静にしてろと言ったろうが。馬鹿が、他人の話しを聞け。それと、竜の心配をするのも良いがアレは軽症との事だ。
だから先ずはこの娘を優先させろ?」

「娘?」

 痛みからゆっくりとした動作で首を動かしたシローは、エドワルトの脇に、綺麗な銀糸の様な髪をした少女が立っているのに漸く気付いた。
 少女は、シローの視線に気付くと、丁寧な仕草で膝を折った。

「有難う御座います騎士様。私の父を助けようとして下さって。父は喜んでいました。騎士はまだ廃れていなかった、と」

「父? ああ。あの大男の方か。ご無事か?」

「いえ残念ながら」

 少女の父親が黒く見えたのは、少女を護る為に幾度もブレスを浴びてしまっていたのが原因だったのだ。
 ワイバーン・ロードを蹴散らした後、自衛官やエドワルトが治癒を行おうとした時には、既に虫の息で、手の施しようも無い状態であったのだ。
 その苦しい息の下、父親は娘に伝言を頼む。
 自分を助けようとしたシローの勇気への感謝の気持ちと、そして、お陰で娘を護れた事への喜びの気持ちとを。
 そして言い終えた父親は、娘の頭を一撫ですると、そっと息をひきとったのだった。
 だから少女は悲しみを抑え、シローへの治癒が終るまで、エドワルトの脇にそっと待っていたのだ。

 尚、全くの余談ではあるのだが、これが後のメクレンブルク王国の重鎮、武家アイヒベルガー家中興の祖として知られたシローとその妻、イルゼリートの出会いであった。



 運命な出会いをしていた2人からやや離れた場所で、荒田はゆっくりとした仕草で煙草を吸っていた。

「宜しいのですかな、アラタイチイ?」

 そう問い掛けてきたのは、竜騎士の隊長だった。
 銀色の鎧に、返り血で模様が刻まれていた。
 ワイバーン・ロードのものと、その乗り手のものだ。

「我々は、まぁ自衛権の延長――そう考えていますよ。偶発的戦闘で、被害なしに情報も収集できた訳ですからね。
問題はあなた方では?」

「我々の方こそ問題はありませんよ。査察をされると云う事自体が、我が国の状況を意味しておりますので。
選択の余地は無く、後は如何に名誉ある戦いをし、死ぬか。ただそれだけです」

 其処には、寸毫たりとも怯える風は無かった。


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