『平成日本召喚』07


 メクレンブルク王国へと上陸した第1独立装甲連隊。
 正確にはその先遣部隊であり部隊の全てではなかった。
 如何におおすみ型輸送艦の3隻全てを投入したとは云え、団に準じる規模の、それも完全に機甲化された増強連隊を一度に輸送できる訳では無かったのだから。
 特に重装備では、持ってこれないものの方が多かった。
 これが、米シー・ベーシング構想に並ぶ形で22年度予算で発注された高速輸送艦――基準排水量20000tの船体に、航空機とLCACの運用能力を持つ事必要性から空母にも似た外観を採用した、ロールオンロールオフコンテナ貨物船が就役していれば話は違ったのだが、今はまだ艤装中であり進水すらもしていない現状では無意味な想定だった。

 その輸送上の限界から連隊に所属する戦車部隊は、1個小隊分の戦車しかメクレンブルクの地を踏めていなかった。
 その1個小隊分の90式戦車が、王都郊外に仮設された自衛隊メクレンブルク駐屯地にて整備を受けていた。
 採用されてから20年を超える月日が流れ、運用経験を元にした様々な小改造を受け、又、その乗り手達が性能の全てを把握しきった90式戦車ではあったが、F世界と云う設計時には想定される筈も無い環境に投入された事から、
砲やFCS、エンジン等に様々な微調整を受ける必要があったのだった。
 日に幾度も実弾を射撃して情報を蓄積し、又、足回りやエンジンなどの整備・調査を何度も繰返す事で、不調を出来る限り早期に発見し、対応出来る様に務めているのだった。

 尤も、それはが判らぬ人間からすれば故障を繰返している様にしか見えない状勢であった。


「やる気あるんですかね、自衛隊の連中」

 そんな台詞を不満気に漏らしたのは、プレスの腕章を下げた私服の、何処か神経質そうな男性であった。
 その声に、カメラを首から下げた初老の男性が笑う。
 知らんのだな、と。

「戦車なんざ一日使えば要整備でデリケートなんだ。特に、あのバレンバン地方みたいな砂漠地帯で使うとな」

「ですがイラク戦争で米軍は――」

「米軍と自衛隊は違うよ。連中は年から年中、他所の土地で喧嘩をしてたが、自衛隊はそんな事は考えて無かったからな」

「それを考えるのが自衛隊ですよっ! 税金の無駄遣いです」

「多分、考えてたら叩かれてたろ。海外派兵を前提にしてる。侵略戦争の準備だってな」

 そこまで言ってから初老の男は、神経質そうな男が首から下げている身分証の所属報道社名を確認して続ける。
 多分、アンタの先輩方が金切り声を上げていただろうなと。


 彼らは無論、報道に関わる民間人であった。
 彼らは国民の知る権利と報道の自由とを盾にし、自分等のメクレンブルク王国行きを政府に強硬に主張したのだ。
 それを政府が認めたのは、会合の助言があっての事だった。
 マスコミと云う第3者を通して、ある程度は客観的な情報を提供した方が国民のガス抜きになると判断しての事だった。
 但し報道内容は自衛隊に関するもののみとし、マスコミが独自に自衛隊駐屯地を出る事も、そして政府に無断でメクレンブルク王国と接触する事も全面禁止としていた。
 これには報道の自由を妨げるものだと酷い勢いで反発する連中が多かったが、特に強硬に反発していたリベラル系の某大手新聞社に対し、その理由――以前に彼らが行っていた強引過ぎる取材やら歪曲と願望に基づいた報道、或いは捏造報道の数々を口にし、最後に『異世界に来た事に浮かれ、その様な事を繰返されては困る』と告げた事で、 事実上解決していた。
 諦めきれ無いごく一部の人間が、そのオフレコの要請と云う名の強制に関する詳細をネット上で公開したが、逆にネット上に於いて袋叩きに合う有様であった。
 曰く、『馬鹿マスコミ、オフレコを公開している時点でモラルの低さを露呈している!!1!!111!o( ̄皿 ̄)o 』だの、
『自業自得だマヌケ。とっとと元世界の祖国へ帰れチョン○ル新聞』等と罵られていた。


  さてそんなマスコミから離れた天幕にて、自衛隊の幹部達は戦闘の下準備を進めていた。
 具体的には王都周辺からバレンバン地方、そしてフォアポンメル王国との街道に関する情報収集であった。
 どの様な迎撃戦闘を為すにせよ、地図が無ければ話にならないのだから。
 この地方の情報に関してはメクレンブルク王国やダークエルフ達が“帝國”が収集したものを含めて全ての情報を上げてはいたが、自衛隊はそれらを鵜呑みにする事無く、1つずつ確認していた。
 偵察隊を大量に派遣して地積の状態を確認し又、戦闘に有利な地形や、90式戦車などの重量機材が機動出来るかどうかの確認も行う。
 何とも地味で、だが重要な事だった。

 陸上自衛隊では偵察隊のみならず特殊作戦群までも動員して情報収集を行っており、又、航空自衛隊によるUAV部隊は海上自衛隊の艦船で運用されており、果ては国土地理院までもが動員されていた。
 正に統合運用、その実例であった。

 本日分の情報交換が終って、一服と相成った一同。
 リラックスとまでは行かないが、雰囲気は若干弛んでいた。
 尚、RMA化の推し進められた第11普通科連隊を中心になった<第1次メクレンブルク支援団>は、高度なネットワーク化が実現していた部隊であり、この様に顔を付き合わせる必要は余り無いのだったが、実際に顔をつき合わせて会議をせねば気分が盛り上がらないと云う何とも言い難い理由で、この駐屯地へと集まっていたのだった。
 その顔を付き合わせる場所が情報端末のそろった旗艦のあまぎDDHでは無い理由が、偶には上陸したいと云う辺りも含めて考えれば、何とも人間的だと言うべきなのかもしれない。

 さて、インスタントコーヒー片手に談笑する陸自や海自や空自などの、支援団幕僚の面々。
 その会話の中心となるのは、なんと言っても第2次船団に関するものだった。
 民間客船をチャーターしていたお陰で普通科の頭数と装備だけは揃ってはいたが、それだけでは態々陸上自衛隊の虎の子と言って良い第11普通科連隊を送り届けた意味が無い。
 戦車や装甲戦闘車、或いは自走榴弾砲などが出来る限り早期に定数を揃えたいと云うのが本音だった。


「今のままでは装甲部隊とは言い難いですな。IFVにTKはまぁ良いとして榴砲(自走榴弾砲)が中隊定数も揃っていないのはタマランですよ」

「仕方が無いでしょうが。FH70に混じって99式自走榴なんて重量級の化物を給弾車込みで1個小隊も持ち込んでいるんですから。それとも装備が在っても弾無しの方が良かったですか?」

「そっちも困る」

「でしょう? まぁ多少は規模が乏しいですが、その分、思いっきりぶっ放せます。まぁ2週間もすれば届く筈ですし、今度はRO-RO船も使うって話ですんで、まぁ大丈夫ですよ」

「おっ、港湾設備の確認が終ったんですか」

「ええ。“帝國”とやらは余程に金満だったらしく施設科の連中の話だと、浚渫は十分。岸壁は呆れる程に鉄筋が仕込まれているそうですから」

「無いのはクレーンだけか」

「ソッチのほうは、国内企業に発注するって事で。石油パイプラインの再構築調査チームと一緒に、港湾整備の方にも来てもらうそうですから」

「ん。早急に頼みたいな。補給が十分に成されなければ、この国は護れないからな」

 幹部自衛官達は本気でメクレンブルク王国の防衛する気になっていた。
 それまでは実戦を経験するであろう事への興奮などと共に、祖国では無い場所で戦う事に割り切れないものを抱いていたのだが、実際にメクレンブルク王国へと来て以降、それは変わっていた。
 俺たちの努力で護れるなら護ってやろうじゃないか、と。
 住民達の歓迎もあった。
 老人達から“帝国陸軍万歳”等と連呼されたのにはまいったが、それでも嫌な気分はしなかった。
 だがそれ以上に決定的だったのはカナ女王との謁見であった。

『ようこそメクレンブルク王国へ、“帝國”を継ぐ方々よ』

 まるで御伽噺の登場人物になった気分やね。
 謁見後に福田一佐が参謀長に漏らした言葉が、自衛官達の雰囲気を表していた。
 ならば御伽噺の住人らしく、1つ高潔な騎士らしく振舞おうじゃないか、と。


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