『平成日本召喚』06
メクレンブルク王国に不穏な動きあり。
その一報が対帝國大協約参加諸国の間を駆け巡った時、多くの国では何を馬鹿なと信じぬ向きが多かった。
当然であろう。
メクレンブルク王国はガムル大陸でも辺境に位置する小国だったのだから。
経済的にも取るに足らず、かつて“帝國”と親しい間柄だった事もある程度の国。只それだけの国が、何を血迷って。と云う訳である。
実際、情報を検証した所、列強と昵懇の行商人が深夜のメクレンブルクの港で見たことも無い船が泊まっているのを見た。
そんな情報であったのだ。
それが報告された理由は、“帝國”との繋がりの深かった要監視国にて動き在れば知らせよ。さすれば報奨を与えん――“帝國”消滅後直ぐの頃に成立した、この通報制度によるものだった。
故に、列強諸国では誰も真剣に受け止める者は居なかった。
それよりも自国の繁栄と、勢力圏の拡大こそが重要であったのだから。
だがそれを無視しない連中も居た。
大協約第14軍団である。
メクレンブルク王国の北方に位置するフォアポンメルン王国に駐留していた部隊であった。
大協約、列強の尖兵として、この地方の諸国家から莫大な予算を巻き上げていたこの部隊は、60年前の大戦で大活躍した事で有力な、第3“鉄血”鉄竜騎士団を中心に、2個の歩兵連隊と1個の砲兵連隊を擁し、更には航空部隊――ワイバーンとワイバーン・ロードと云った一般的な部隊のみならず最近実用化された新しい航空戦力である飛行機までも装備した部隊であった。
彼らが臨戦態勢を整えた理由は、その忠義や責任感などからでは無かった。
メクレンブルクが大協約へと背こうとしている事を確信していたからでも無かった。
それどころかこの一報を、誤報の類であると確信していた。
にも関わらず大協約第14軍団がメクレンブルク王国への出兵準備を行う理由は、1万からの圧倒的な軍事力でメクレンブルク王国を制圧し、その国土を思う存分に弄ぼうとしていたのだ。
正に非道。
だがそれを大協約は許すのだ。
相手が“帝國”に与した事のあった国が、不穏な挙動をした時は何を行っても良い。
只、考慮すべき事もある。
その余りにも乱暴なソレは、“帝國”に対する恐怖の裏返しでもあったのだから。
フォアポンメル王国の首都、その近郊に位置する錬兵所にて大急ぎで進められている大協約第14軍団の出兵準備。
その喧騒を聞きながら、大協約第141歩兵連隊の連隊長は髭の手入れをしている。
壮年の男性ではあったが、日頃の不摂生が祟ってか、腹がでっぷりと出ていた。
叩音
堅い木の響きに、ぞんざいな態度で入出を認める連隊長。
視線は鏡を見続けていた。
「失礼します」
入ってきたのは連隊長の副官だった。
若さの残る表情を常以上に弛めながら報告を行う。
手には布に包まれた、棒の様なものがある。
「連隊長殿。第141連隊の装備、火器の新しい分が本領から届きました」
「おお良いタイミングだな。先に要請した分か?」
「はい。油紙に包まれてピカピカです。それも予備分まで含んで一丁たりとも欠ける事無く無事に届きました」
「媚薬を嗅がせた甲斐があったな」
「はい。輸送してきた連中も馬鹿みたいに愛想が良かったそうです。使うときが愉しみです」
「ワシもだ。だがまさか匪賊討伐では無く、大協約への叛徒を蹂躙するのに使う事になるとは思わなかったがな」
連隊長の執務机に広げられた布から出てきたのは、若干銃身が長いものの紛れも無い小銃――先込め式の、
マスケット銃であった。
点火機構に火の魔力が込められた小さな魔石を使っている事や、その銃架へ軽量化や硬化の魔法が掛けられている事から、魔道銃、或いは魔道銃鑓とも称されている装備だった。
最初は銃として使い、射撃後は槍として突撃する。
旧来の戦術に“帝國”からの影響を加味して開発された装備、それが現在の列強諸国の歩兵部隊が主武装であった。
そしてこの連隊に届けられた銃は、その最新型。
有効殺傷距離が200mに達しようとかと云う代物であった。
「ご苦労。悪くは無いな」
連隊長は、自身の新しいもの好きの性格から私財を投じて持ってこさせた最新鋭の銃鑓に満足そうに笑っていた。
「匪賊討伐以来久方ぶりの実戦だ。そこで2連隊(第142歩兵連隊)の連中を吃驚とさせてやろうじゃ無いか」
「はっ、配る手筈は整えております」
「有無。くれぐれも2連隊にはバレぬ様に、な?」
新装備を使って一気に敵を蹂躙して、栄耀栄華を思うがままに――そんな極彩色の未来を夢見ていた。
そう、彼らは既に勝った気で居た。