『平成日本召喚』05


 メクレンブルク王国の港。
 それは国家規模に比較して巨大過ぎる。そう評してよい程の規模を誇っている。
 元々、石油及び米の輸出拠点として“帝國”が整備を行っていたのだから当然なのかもしれない。
 石油パイプラインや大型クレーン、貨物倉庫群など。
 だが、それらが完成する前に“帝國”はこの世界より消滅し、その帝國本領より持ち込まれた各種機材が失われて以降、この港は時折り訪れる商用帆船以外は小規模な漁船しか停泊した事は無かった。

 そこに再び、旭日旗を掲げた船舶が入港したのだ。
 それも、この世界では見たことも無いような巨艦の群れが。
 今まで、どんなフネがこの様な大きな港を使うのかと悩んでいた、帝國を直接知らぬもの達は、共に得心していた。
 あの巨艦たちの為にあるのか、と。
 町の住人達は期待と不安とが混ざり合った表情で、その船団を眺めていた。



 塔の上より、その船団を眺めているカナ女王。

「予定通りに入港か………相変わらずね、帝國海軍は」

 言葉には呆れにも似た響きがあった。
 条約の公表日に合わせて部隊を進駐させると云うのが日・メクレンブルク安全保障条約の補足条項に記載されて
いたのだが、まさかここまで律儀に到着させるとはと、カナ女王も思ってもいなかったのだ。

「それだけ石油に困ってたのかしらね?」

 問いかけに答えるのは老ダークエルフ。
 今回の平成日本とメクレンブルク王国の安全保障条約締結に伴って、駐メクレンブルク連絡武官として正式にカナ王女の傍らに立つ事となったエドリック大佐だった。
 其処には、初の海外進出を円滑に行う為の“会合”からの要請もあった。

 エドリックは笑いながら答える。

「かの国が出現して3ヶ月。彼らの備蓄はまだまだ余裕があるでしょうが、それでも安心は出来なかった――そういう事でしょうね」

 会合の一員として、平成日本の内情を知ってはいたがそれを欠片も見せずに言葉を連ねる。

「でしょうね。彼らの外交官が示した、輸出の要請希望量は呆れる程の量だったわ。帝國よりも彼らは遥かに浪費家なんでしょうね」

「浪費家、と云うよりも国の規模が違い過ぎました」

 首を左右にふって、呆れる様に呟く。

「まぁ、あの“帝國"よりも?」

 嘆息よりも窘める風の言葉。
 列強の全てを敵に回して尚、折れる事の無かった大国家、それが帝國だったのだ。
 それを遥かに上回ると聞いては、流石に鵜呑みには出来なかった。
 そんなカナ女王の反応に、エドリックは苦笑する。
 当然そう思うでしょうね、と。

「ですが事実です。“帝國”は首都こそ壮大ではありましたが、地方はそれ程でも無かったのですが、今の国は、東京こそ帝都に劣りますが地方の発展では比較になりません」

 自身が渡った平成日本の様を克明に伝えていくエドリック。
 そして最後に、本土とは違う。と付け加えた。
 その本土と云う言葉の響きは、をとても切なげであった。

 その事を礼儀正しく無視してカナ女王は、そう言えばと尋ねた。
 重要な資源地帯であるメクレンブルク王国を護る為の部隊は、どれ程のものが用意されているのかと。
 条約締結時には“適切な規模の部隊を”と云う曖昧な表現で合意されており、その点が疑問であったのだ。
 その事を深く追求しなかったのは、平成日本が原油と食料とを渇望している事はカナ王女も理解していた為、それをみすみす失う――失わせる様な規模の部隊を派遣はして来ないだろうとの判断があったのだ。

「リクジョウジエイタイの1個連隊です」

「1個連隊? では3000名に各種支援隊で5000名程度の部隊ですか」

 少し少ないのではと思い、それを自分で否定する。
 自身の若い頃、帝國が繰り広げていた戦争を思い出したのだ。
 精強を誇った帝国陸軍は倍程度の戦力差など用意にひっくり返していた事を。  だがそれはエドリックが否定する。

「ジエイタイの連隊は1200名が基本だそうです。で、今回のは増強連隊としてですんで、2000名程度だそうです」

 彼我兵力差1対5。
 その余りに数値にカナ女王は思わず、勝つ気はあるのかしらと漏らしていた。


 派遣先の最高指導者から、その規模故に懐疑の念を向けられている陸上自衛隊第1独立装甲連隊ではあったが、彼らには彼らの言い分があった。
 運べないじゃないか、と。

 メクレンブルク王国の港湾施設はかなり大規模なものではあったが、とは云えクレーン等の設備は台座を残して存在しておらず、深さも浚渫工事がどれ程行われていたのか判らなかった為、長距離航海を行える様な大型のLOLO船を輸送に投入出来ず、自前で揚陸できる艦――海岸からすら揚陸出来るLCACを搭載するおおすみ型輸送艦が中心とならざる得なかったのだ。
 故に、この装甲化された増強1個連隊と云う数すらも、実はかなりギリギリの数字だったのだ。


「あれが異世界の地か。余り代わり映えはせんもんだね」

 飄々とした雰囲気でそう呟いたのは、その第1独立装甲連隊の指揮官、福田1佐であった。
 学者の様な風貌で、その顔立ちを裏切らず表情には好奇心が溢れていた。
 場所は、今回のメクレンブルク派遣部隊を輸送した自衛艦隊の旗艦、ヘリ搭載護衛艦あまぎのブリッジにてだった。
 16DDHとして計画建造されたあまぎ型護衛艦は、その能力の特徴として、ヘリ搭載能力よりも情報管制能力に秀でている事が上げられるフネだった。
 それが今回は、姉妹艦のあかぎとの2隻ともが参加している。
 又、防空艦としてDDGあたごとDDGあしかがとが参加しており、他にも期待の新鋭、汎用DDゆきかぜ型が2隻も参加している辺り、日本政府が今回のメクレンブルクを如何に重視しているのかを如実に物語っていた。

「あの地は元々、帝國が開発していた様なものですから、日本から見て違和感が無いのは当然かと」

 独り言に答えたのは陸上自衛隊の冬期常装を着込んだ二尉であった。
 否、日本人では無い。
 ダークエルフの若者だった。
 平成日本の人間には初の地故に混乱を招かぬようにとの配慮で配置された、即製の自衛官であった。
 士官としてでは無く、アドバイザーとしての任官。
 故に職種徽章は特務情報科と云う、新設されたものが襟に付けられていた。

「うん、そこら辺の事情は報告から聞いているけどねライル二尉………如何に主導したのが日本人だっても、建築物はその地方の特性が出てくるものなんだよ。だからまぁ期待していたんだけどね」

 なんと言うか、表情以上に学者的な風に言う福田。
 中隊長時代の渾名が“センセイ”と云う辺り、どうにも何かの筋金が入っているのかもしれない。
 ライルは学生時代の、指揮官というよりも教師に相対した時の様な気分を味わっていた。
 その時、きびきびとした動作で、海上自衛官が2人の元へと駆け寄ってきた。

「福田一佐! 艦隊司令官の野洲崎海将補よりです」

 示された有線通信機の向うで今回の統合部隊、<第1次メクレンブルク支援>

 内陸地の詳細な地形情報を得る為、UAVを飛ばすのでCICに降りてこられてはどうですかとの話であった。
 福田と野州崎は防衛大学校時代の同級生であり、気心の知れた仲でもあった為、その意図を福田は誤解しない。
 とっとと来て仕事をしろと、そう言う意味だった。

「物見遊山の気分は終わりですね」

 ふと視線を異世界から現実――あまぎの甲板を見る。
 そこでは偵察に出すイーグルアイUAVの発進準備と並んで、OH-1及びAH-64の整備が行われていた。
 紛れも無い戦争準備。
 自分の成すべき事を確認した福田は、制帽を被り直し、それから背筋を伸ばして歩き出した。


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