『平成日本召喚』03
旧名シュベェリン王国が、名を変え、国土の多くを失いながらも存続できた理由は、2つあった。
1つは、侵略するにたる魅力が無かったからである。
石油にせよ米にせよ、列強諸国にとっては、さして重要なものでは無かったのだ。
更には、元々対“帝國”戦争によって国力を疲弊させていた列強にとって自国より遠い地へと戦力を展開させる余裕が失われていた事もあった。
そしてもう1つ、シュベェリン王国側の対応があった。
“帝國”の消滅に前後して、時の国王が自身の退位と、帝國の後ろ盾を受ける形で併合した周辺諸国を独立させたのだ。
それは即ち、列強諸国への恭順であった。
ダークエルフ族のスコットランド王国等が徹底抗戦を選択した事と、余りにも異なった選択であった。
誰もが愚かしいと認めた判断。
即座に王国は蹂躙されるだろうと想像していたが、当事者――特に新しい王位についたカナ・メクレンブルクには自信があった。
ダークエルフ族の支援によって列強諸国の実情、とてもメクレンブルクの様な辺境にまで兵力を展開させる余力が無い事と、列強諸国の派兵疲れ(経済的疲弊)と知っての判断であったのだから。
(尚、余談ではあるが“帝國”崩壊の混乱の最中、カナ女王はダークエルフ族との間に相互支援の約定を取り付けていた。
メクレンブルクは情報を。ダークエルフ族はスコットランド王国崩壊を見越した上でのダークエルフ族の庇護を。このダークエルフ族の情報収集能力によって、メクレンブルクは列強諸国との過酷な生存交渉を乗り越えられたのだ。
そしてダークエルフ族は、メクレンブルク王国が行った影よりながらも物心両面に渡って行われた支援によってスコットランド王国崩壊と共に訪れた民族消滅の危機を乗り越えたのだった)
正義を御旗にしている以上、恭順を示した国家を討つ事は出来ない。
何より討つだけの旨味も無いし、そもそも余力も無い。
これが、シュベェリンが列強諸国の暴力に晒されなかった理由であった。
さて、そのメクレンブルク王国。
その国家規模に相応しい、慎ましい内装の施されていた会議室にて喧々諤々の議論が行われていた。
現れた“帝國の継国”、平成日本に関してである。
「嘗ての帝國を継ぐ国が現れた。それは大変に結構です。ですが、現状、何故に我が国が最初に親帝國を宣言せねばならぬのですか!」
「左様。状況を見極める必要があります。再び先の帝國の如く消滅されては、今度こそ我が国は、潰されてしまいましょう」
「お言葉ですが外務大臣、これは好機ではあります。今、かの国は石油と食料に困窮しております。幸いに我が国はその両方に余裕があります。この機会に恩を売るべきです」
「その発想が危険だと言っている。帝國の言葉で言う“火中の栗”に過ぎる!」
「ですが法務大臣、ダークエルフ族からの情報では北東ガムルでは混乱した状況を収めようと、帝國の再進出を要請しようと云う動きが出ているそうですぞ。もしそうなれば、我が国など霞んでしまいましょう」
事実であった。
かつてはレムリアの名で列強の一角を占める国家のあった北東ガムル地方は、その帝國消滅の余波で国土は乱れ果て、又、列強諸国からの干渉等もあって、60年余りも時間が経過したにも関わらず、まとまった国家が成立出来ずにいた。
だがそれでも、経済規模はメクレンブルク王国よりも巨大なのだ。
如何に女王が帝國の血を継ぎ、彼らにとって重要な石油を産出するとは云え、安心できるものでは無かった。
それ故の不安。
「それこそ、北東ガムルの対帝國大協約の駐留軍が黙っておるまい。内務大臣、君は忘れ取るのか」
対帝國大協約。
それは帝國と云う強大な国家に対抗する為に、エルフ族の音頭によって時の列強諸国が作り上げた大軍事同盟であった。
目的は、その名の通り帝國の殲滅。
世界の理を乱す存在の抹消であった。
現在、帝國消滅から60年。
エルフは姿を消し、既に組織としては熱意や意義を失ってはいたが、列強諸国の利害調整の場として機能していた。
そしてもう1つ、帝國と縁の深い場所へと戦力を展開していた。
そう、このメクレンブルク王国のすぐ傍にも。
「それに、北の大国には大協約軍約1万が駐留しているのだぞ。我等が帝國に再び与したとも知れば攻めてくるだろう。
軍務大臣! 君は1万の大軍と正面から戦えると思うかね?」
「無理ですな。我が国の軍は動員を図っても2000は超えませぬ故に」
迷走する議論。
無論、日本への支援反対派でも、それは現時点でなだけであるのだ。
彼らは帝國消滅後の生まれではあったが、王国の随所に残っている帝國の遺産――現在のメクレンブルク王国では作ることの出来ない遺跡の群れから、彼らが強大な力を有していた事は理解していたのだから。
その力を得る事が出来れば、メクレンブルク王国は更なる前に、或いは帝國消滅前の国力を取り戻す事すらも夢では無いのだから。
それはメクレンブルク王国の人間の多くが持つ、悲願であった。
だからこそ、議論は白熱し、混迷しているのだ。
「どう読みます、大佐?」
それまで議論に参加していなかった老女王は、自分の後ろに立っていたダークエルフに尋ねた。
自身の腹は決まっていたのだ。
只それを口にするには、もう少しだけ議論を行うべきだろうと思い、積極的に口を開かなかったのだ。
その腹を知るが故に、老ダークエルフの表情には余裕があった。
ダークエルフ族の重鎮にして対平成日本交渉役、そして何よりも“会合”参加者であったのだから。
「確かに臣の方々が心配される様に大条約軍は強大ですが、恐らくは大丈夫かと」
「自信がありますね?」
「自身がありますね」
「はい。帝國とは似ても似つかぬ装備も多いでしたが、彼らは精強でありました」
「あの帝國の鉄竜よりも巨大な鉄竜。そうぞうも出来ませんね………そう言えば彼らも帝國軍では無かったのよね?」
「はい。天皇陛下を頂いてはおりますが、帝國の名は降ろしております故に」
「軍の名前は?」
「ジエイタイです」