『平成日本召喚』02


 平成日本とダークエルフ族との間に結ばれた協力関係、それが同盟関係であると政府が公言するまでに要した時間は極限られたものであった。
 条約成立から2ヵ月後の日本国内の世論動向と、国民投票による結果によってである。

 世論に関しては言うまでも無いだろう。
 様々な媒体を通して、その悲しむべき境遇と、同盟を結ぶ事による利点が盛んに宣伝されたのだから容易であった。
 又、その秀麗な容姿も手伝って、若い世代を中心に同盟と支援とを認めていた。

 そして国民投票。
 その投票は是非の1つをもって争われた。
 「日本国生存の為、日本国憲法の一部の凍結」である。
 具体的には、戦争放棄と集団的自衛権に関わる問題で、である。
 それは平成20年代初頭に成立し、だが様々な問題から一度として行われなかった「憲法関連に於ける国民投票法」によってであった。
 投票率92%と云う近年まれに見る投票の結果は是、であった。

 政界の一部のみならず、マスコミや法曹、或いは教育と云った分野に息づいていた左翼的思想者達は狂信的、或いは伝統芸能的に憲法第9条の固守と、話し合いによる解決を叫んでいたが、日本政府が平成日本の置かれた状況を、先の対外外交団が大量の死傷者すらも出したと云う現実を公開しては、民意の支持を受ける事など到底無理な話であった。

 尚、余談ではあるが、この情報開示をもって、投票の動向をコントロールする為に恣意的に情報を利用したと政府を非難した某ワイドショーのコメンテーターが、逆に視聴者から非難を浴びる一幕もあった。
 投票結果と、この小さな事件の意味するものは、日本の民意の健全さであった。
 理想よりも現実を、生活を、と云う。



 異世界転移より半年余りで、些か積極的とは云い難いものの世界へと歩み出す事を決意した平成日本は、その進出を行う上で効率的に物事を推し進めていく為に、政府関係者並びに民間有識者、そしてダークエルフ族などの様々な人材をかき集めて、長期的な平成日本の指針を立てる為、秘密裏にシンクタンクを立ち上げていた。
 名は、無い。
 名が在ればこそ、秘密は漏洩されるとの判断から、意図的に決められなかったのだ。
 只々只管に、平成日本とダークエルフ族の生存を追求する組織。
 その関係者は、“会合”とだけ呼称していた。
 大規模では、無い。
 参加する人数が増えれば判断の速度は遅くなり、又、秘密の漏洩の可能性も高まるからである。

 それは民主主義を否定するが如き判断であった。
 民主主義日本の自殺では無いのか、そう指摘する声も会合の一部にはあったが、多くの参加者はこう反論した。

「確かに民主主義は最良だ、かの英国の偉大なる宰相ウィンストン・チャーチルの言葉を借りるまでも無く、非効率ではあっても最良だ。
 だが、そのチャーチルを生んだ英国は、戦時に於いては挙国一致の内閣を組閣するでは無いか」

 今は戦時では無いかもしれないが、決して平時では無いのだ。
 そう言い放った出席者に、茶目っ気のある人間が唇の端から笑いを零しながら尋ねた。
 なら今は何なのか、と。

「非常時さ」




 かくして始まった平成日本が生残る為の世界への進出。その最初の第一歩は、“帝國”の下腹部とも言われた資源地帯にして穀倉地帯、メクレンブルク。
 “帝國”健在なりし頃にはシュベェリンと呼称していた王国であった。


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