『平成日本召喚』01
「まさか本当にこんな日が来るなんてね」
窓辺に立って外を眺めていた老女は、呆れたように呟いた。
「そうですな」
彼女の後ろに控えていた、此方もかなり年老いた男性が椅子に座ったまま相槌を打つ。
「まさか再びあの旗を拝めるとは思いませんでしたよ」
「あら、貴女方にとっては悲願であったのでは無くて?」
「確かに悲願ではありました。ですが私は・・・・・ええ、諦めておりました」
「あらあら。古強者のダークエルフともあろうものが」
老人はダークエルフだった。
この世界で嫌われ、憎まれ、如何に傷つけようとも罪に問われる事など無い種族。
その老ダークエルフに老女は、まるで古くからの友人の様に遇する。
老女は、その衣装から見てもかなりの身分と見受けられるにも関わらずである。
「いい加減、何処かに隠居すべきです。でなければ若い者が育たない」
「あの大戦を生き延び、あの国を直接知っている数少ない人材がそうそうお役御免になるわけ無いじゃない、ねぇエドリック大佐?」
「それは貴女もかと、カナ陛下」
愉しそうに笑う二人。
その窓から望む港には、朝日にも似た国籍旗を掲げた巨船の姿があった。
剣と魔法なファンタジー世界へと転移して来てしまった平成日本。
その半月は誠に混迷そのもの、混乱の坩堝こそが相応しい状況であった。
世界経済に組み込まれ、その一部として動く事で国家を運営していたのが、その世界から切り離されてしまったのだ。
右も左も判らぬままに、異世界。
しかも魔法付き。
混乱するのも当然であった。
経済と物流は麻痺状態に陥り、治安は乱れつつあった。
先の見えない混迷。
空転する国会。
食料も燃料もドンドン目減りしていく状況。
平成日本の国家システムはたった半月の輸入途絶程度で破壊される程に脆弱では無かったが、先の見えないと言う事が
不安と不穏とを醸成させていたのだ。
有識者の間では、食料の不足からの内戦の勃発すらも危惧される状況。
そんな平成日本の窮地を救ったのは、嘗ての帝國と同様の存在――ダークエルフであった。
平成日本とダークエルフの交渉は簡単なものでは無かった。
それぞれの行動ルーチンが違い過ぎたのだ。
民主主義と平和主義とに染まり過ぎた平成日本と、力を前提とした帝国主義の世界を生きるダークエルフなのだ。
簡単に纏まる方が嘘であった。
だがそれでも最後は交渉が締結された。
それは、それぞれが後が無いと言う現実、存亡の危機故にであった。
平成日本は、資源不足から経済が麻痺状態へと陥りつつあったと云う事と、そして何よりも、ダークエルフとの交渉と
平行して派遣していた周辺への調査・外交団が、反日の国家による手酷い扱い対応を受けた事が原因にあった。
当初、日本の外交団は謝罪と賠償、そして技術協力を行うだけで何とかなるのでは無いかと思っていた。
曰く、話せば判る。
それは誠に幻想であった。
良くても、話にならぬ程の膨大な賠償請求と無償技術転移。
酷い対応では、上陸した外交団全員の惨殺が行われていたのだ。
日本が、平和主義の幻想から目覚めるのも当然であった。
対してダークエルフ。
此方は度重なる民族浄化によって種としての存続すらも危ぶまれる状況へと陥りつつあったのだ。
平成日本を売ると言う極端な選択肢もあったが、それでダークエルフ族の置かれた状況が好転するという目処は無いのだ。
口でどう言おうがどう思おうが、選択の余地など全く無かったのだから。
その交渉締結後、時の日本宰相は交渉の経緯と今後の日本国の方針を国民に対して包み隠さず提示した。
時に平成27年の事であった。