『帝國陸軍 戦車隊奮戦記』7


幾つかの小競り合いの後、第四連隊は燃料補給のために一旦後退し、被害の確認や整備の庶務を行っていた。
既に三中隊は補給を完了し前線に戻っていたが、上山の中隊は未だ後方だった。
停めた戦車の砲塔を取り外し、履帯をばらけさせ、順次整備していく。中隊長の上山も、戦車帽を整備帽に被り変えて整備に加わっていた。
九五式軽戦車は、装甲厚が貧弱な代わりに軽い。かのタイガー戦車は専用のクレーンが無ければ砲塔を吊り上げることが出来ないが、この軽戦車は、材木を組み合わせた簡易クレーンで吊り上げることが出来る。
この簡便性と整備性の高さが強みだった。

「おい上山」

「あ、連隊長殿」

「整備の方はどうだ、はかどっとるか?」

「損傷は皆無ですが、何しろ撃ちまくりましたからねえ・・・」

戦車はデリケートなもの。
発砲の衝撃でも各部に少しずつ無理が生じてしまうのだ。

「ところで、我々は何キロ前進しました?」

「60キロというところだな。この横隊の中で突出している格好だ」

「他の連中はどうしたんでしょう」

「どうやら、主戦線は左翼のようだな。あっちからは砲声も聞こえる。爆発もひっきりなしだ」

そう言う間にも、ドゥン、ドゥンと低い遠鳴りが聞こえた。

「我々がやりあった連中は、足止め程度の部隊、というわけですか」

「そうだな」


玉田は言葉を切って、制帽の上から頭を掻いた。
一点突破、広い戦線に一箇所の穴を開け、押し通る戦術は、常に包囲される危険と隣りあわせだ。
それを防止するための保険をかけていてもおかしくは無い。

「これから、如何に動きます?」

「支隊からは、既に攻撃の自由をいただいている」

「と、なると・・・」

「そうだ、敵主力の後方に回り込むぞ。我が機甲部隊の真髄を見せてやる。」

「・・・と言いましても、速駆けには燃料弾薬の問題が・・・それに、歩兵はどうします?」

「・・・」

玉田は「燃料が続く限り、前進せよ」を是とする将校である。補給など、正面戦闘以外のことにはかなり無頓着で、連隊付きの将校にもよくたしなめられている。
玉田に限ったことではなく、前線将校の補給への認識も陸軍の輜重輸卒も総じていい加減で、ノモンハンでも、支那事変でも、補給の貧弱さが悲劇を生んだことが多々あったが、改善されてはいない。
二、三回咳払いして言葉を捜す時間を作ってから、玉田は続けた。

「あー・・・補給は日が暮れるまでにもう一回来る。連隊弾列にも余裕がある。大丈夫だろう」

あえて歩兵のことには触れなかった。

「機動戦となれば、随伴歩兵は必要ない・・・そういうことにしときますか」

半ば呆れて、上山はぼやいた。しかし、それでもいいと思った。
戦車の損耗は、今のところゼロ。戦車を撃破する兵器に遭遇していない、という状況が、上山を僅かに慢心させてもいた。戦車を破壊しうる兵器がなければ、正に戦車隊は無敵艦隊なのだ。


「中隊車両の整備、終わりました。」

副中隊長が会話に割り込んだ。

「あ、そう。じゃ行くか」

「正式な命令は追って伝える。早くもどれ」

敬礼をして、上山は整備帽を脱いだ。
慣れた仕草で戦車に戻り、上部ハッチに脚を掛けてふと、空を見上げた。
最初の銃弾が放たれたのが昼前。
前線のほうへ向かう天馬と、傾いた太陽が目に写った。
 
 
 
上山達が聞いた遠鳴りの砲声は、北方王国軍の攻撃隊を止めるための防御射撃だった。

「まさか、これほどとはな・・・」

もうもうとした爆煙の中、一人の男が呟いた。彼は北方王国の前線指揮官で、左翼方面の攻撃を担当していた。
重装部隊での一点突破により、ムストラント騎士団の前方部隊を潰走させることに成功し、再び攻撃を開始しようとしたその時。不気味な風切り音がして、周囲の地面が弾け飛んだ。
翼竜騎士団の爆弾とは比較にならない規模の炸裂。助かったのは本当に運がよかっただけに過ぎない。
周りを見れば死屍累々。攻城兵器以外の武器を受け付けなかったゴーレムすら、幾らか吹き飛んでいた。

「左翼から敵部隊です!」

伝令の兵士が叫ぶ。濛々とした煙の向こうから、何かが迫る気配がした。
押し寄せる敵の波を前にして、男は腰に帯びた、中々の拵えがなされた剣を抜いた。一振り敵部隊に向けると、長い刀身がぎらりと光った。

「魔道士、歩兵!とっとと配置に着け!!」


豪胆な声で士気を鼓舞する。煙の中から一人、また一人と立ち上がり、陣形を組みだす。

「ゴーレムは前進しろ!お前らだけでも突破するんだ!!」

ゴーレムは半自動の、岩塊を人型にくみ上げた様な外見の魔道兵器である。
魔力によって動くので数を揃えるのは困難だがそこは魔道王国。約百体ほどのゴーレムを揃えていた。邪魔するものを蹂躙してひたすら進む、侵攻突破の要として、この部隊には三十体が投入されていた。

「なんとしても押し戻せ!」

煙が晴れて、現れたのは不気味に煙を吐きながら進む、鉄の車だった。
丁度左斜め横を突かれた形である。ゴーレムは、その反対へと前進を始めた。途端、それらのうちの数体が、轟音と共に砕け、火を吹いた。

「な、にぃ!?」

鉄の車・・・八九式中戦車と、九七式中戦車の発砲だった。
57mm榴弾の集中射撃。無線を使用しないが、しかし統制の取れた小隊集中射は、陸軍戦車隊の猛特訓の賜物だった。
その矛先は、次は歩兵の陣へと向いた。
前進しながら僅かに速度を緩め、射撃。行進間射撃も、各人の連携によって可能となっていた。本能的に体を屈ませた者は生き残ったが、棒立ちの者は吹き飛ばされ、重機で薙ぎ倒された。
生き残りの魔道士が陣を組む。
対ゴーレム用の、飛び切り強力な炎の魔法だ。三人で詠唱を行い、三人分の魔力で組む魔法は、上手くすれば北方王国のゴーレムと同規模の敵もぶち砕く。
爆炎に隠れ、詠唱陣は戦車隊からは見えなかった。暫くして詠唱は終わり、人間の頭ほどの大きさになった火球は突貫してきた八九式中戦車の一台に吸い込まれるように飛んでいった。
丁度前方機銃に命中した火球は車内に入り込み、乗員を嘗め尽くし、爆圧で吹き飛ばしてしまった。

「やったぞ!やれ、もっとやれ!!」

僚車がやられた戦車隊は、僅かにたじろいだ。


対戦車装備など保有していないと思っていた北方王国軍に、戦車を撃破されてしまったのだ。
僅かな動揺の間に、他の魔道士も次々魔法を放った。さらに二台の戦車が吹き飛ぶ。 しかし、いかんせん数の差があった。気を取り直した戦車隊は集中射を加え、詠唱中の魔道士を薙ぎ払う。

「うあ!」

煽りを食らった男も倒れこんだ。手から離れた剣は草原に突き刺さり、最後の光を放っていた。
明滅する視界の端に、丘の向こうへ消えていく数体のゴーレムが写った。阻止射撃から逃れることが出来たのだ。

「ははは・・・やったぜ・・・」

騎士団を突破すれば、ゴーレムは街道を押さえることができる。
目の前が真っ暗になる瞬間、男は満足していた。騎士団の援護を要請された戦車第三連隊は男と、その部下達の死体を踏み潰し、更なる蹂躙を試みた。

「しかし・・・戦車を撃破出来る装備を有していたのか・・・」

九七式中戦車のハッチから、一人の男が顔を覗かせ、辺りの惨状を見送った。連隊長の相模少佐だ。
連隊長の吉丸大佐は、ノモンハンで戦死していた。現在連隊の指揮を執るのは、最先任の彼である。

「まだまだ突っ込め!前進しろ!!」

エンジン音をバックに、連隊付きの天馬が後方の砲兵連隊に状況を知らせるために飛んでいった。


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