『帝國陸軍 戦車隊奮戦記』6
「おおーい、大丈夫かぁ?」
返事は無い。
軽戦車のキューポラから乗り出して、上山は辺りを見回す。
程なくして、墜落した天馬乗りは見つかった。
皆殺しにされた先遣隊が踏みしだいた草原に、彼女は大の字で寝転がっていた。
傍らでは、翼を畳んだ天馬が心配そうにウロウロ歩き回っていた。
「水あるか?」
「温くてよければ。」
上山車の機銃手である宮平は、車内装備の水筒を手にとって、上山に渡した。そのまま砲塔を出て、倒れているラシェンのもとへ近づく。
「おい、おい、しっかりしろ」
抱き起こして、意識の有無を見る。
着地に失敗したのか、ラシェンは泥まみれだった。
「ん・・・」
「大丈夫か?」
「は・・・はい・・・」
案外しっかりしていたようで、ラシェンは自力で体を起こすことが出来た。
気分が悪いらしく、口を押さえている。顔は青ざめていた。
「うっ・・・」
押さえた口からうめきが漏れた。
「気分が悪いのか。どこか打ったのか?」
「・・・いえ・・・」
「ほら水だ。飲んで落ち着け。」
「んぐ・・・」
上山が差し出した水筒に手を添えて、少しだけ水を口に含む。
ひとまず落ち着いた、という顔をしてラシェンは息をついた。
「ご、ごめんなさい・・・」
「何言っとる、無事で何よりだ。」
別状ないようなので、背中に回した腕に力をこめて、立ち上がらせる。
「邪魔にならないように飛んでいたんですけど・・・初めてなんです、戦いは」
泥まみれの赤毛を俯かせて、ラシェンは言った。
上山はさほど驚かなかった。つまり彼女は中(あ)てられたのだ。
瞬く間に生み出される死に。戦の匂いに。
「若い娘だと思ったら・・・何でそんなのが最前線に」
上山は心底理不尽に思った。
「色々、事情があって・・・」
「・・・まあいい。さ、戻れるうちに戻れ。いずれまたおっぱじまるぞ」
「はい・・・」
少し頼りない足取りで、ラシェンは天馬の方へ近づく。天馬は自分から、ラシェンが乗りやすいように身をかがめ、跨ると、スクッと立ち上がった。
「飛べるか?」
「大丈夫です、今度は・・・」
幾多の羽が擦れる音がして、折りたたんであった純白の翼がひらかれる。
僅かな助走の後、天馬は夢のような情景を上山に残し、再び飛び立っていった。
「・・・不思議なもんだ」
「中隊長、連隊長が呼んでます。早くもどれってうるさいですよ」
軽戦車の操縦手ハッチから国坂が顔を出し、上山を呼んだ。
「ん、今行く。」
飛び去る天馬を見送っていた上山は我に返ると、戦車へ戻った。
一陣の風が、上山の肩をすり抜けていった。
所変わって西の街道では、空中騎士団の面々がヴォルフラムが手配した増援を待ちつつ、街道を警備していた。
「かったるい任務だよなあ、畜生・・・」
軽装備の騎士が、天馬から降りて言った。
空には幾らかの天馬が警戒飛行しているのみで、他の空中騎士は、天馬から降りて歩哨の真似事をやっていたが、大半は雑談で暇を潰していた。
「何で警備任務なんぞやらせるんだ。矢の雨襲う最前線を飛び、高い山も深い谷も飛び越え進撃する。これが空中騎士の本懐ではないのか!?」
「ヴォルフラムのせいだ。あいつは我々の実力を信じていない」
翼竜騎士になるには血の滲むような努力が必要だが、天馬乗りになるには生まれた時に決まる、ある種の適性が必要だった。そのため、天馬に乗れる人間自体が非常に少ない。ムストラントは何年かに一度王国全土に使いを出して適性を調べ、適性のある人間を王都に連れてきて、空中騎士としての教育を受けさせていた。
選ばれた、というエリート意識から、彼らのプライドは高い。
そして、彼らが息巻いている理由は、もう一つあった。
翼竜との戦闘経験が無い、ということである。
情報としては知っていても、彼らのプライドと実戦経験が、その情報に色眼鏡をかけさせてしまっていた。
「この前の内乱の時も、一番槍を取ったのは我々ではないか。山賊狩りも、我々の力がなければ大被害が出ていたはずだ」
「偵察隊に回された連中が羨ましいな、最前線を飛べるんだから」
「ニホン軍に出向した人も居るらしいわね」
話の輪の中には、男と同じような鎧を纏った女性も居た。
適性のある人間を無造作に引っこ抜いてきたので、人員構成は男女混合だった。
「そいつは不幸だな。何されるか判ったもんじゃない」
「・・・ん?」
一人の騎士がふと山のほうに目を向けた。
「どうした?」
「いや、何か光ったような・・・」
それに呼応するように、上空警戒の天馬が急降下してきた。
「て、敵だぞ、翼竜だ!」
「何!?」
警戒していた騎士の一声に、慌てて彼らは離陸準備を始めるが、遅かった。
街道に沿って連なる山脈を這うようにして、翼竜騎士の一団はこの比較的後方の街道に現れたのだ。
応戦に出た上空警戒を斧槍の一振りで蹴散らし、地上の天馬を狙う。その編隊のうちの幾らかは、脚に大きな球状の物体を抱えている。玉からは紐が伸びており、騎手がそれを掴んでいた。
「放て!」
編隊長の合図と共に、玉は翼竜の脚を離れて地上へと落ちていく。騎手が掴んだままの紐が切れると、玉は僅かな火を吹き、暫く落下した後丁度地面すれすれで炸裂した。
玉は、炸薬百数十キロを詰めた爆弾だった。導火線着火方式で、黒色火薬を使った旧式なものだったが、地上の騎士たちを吹き飛ばすには十分だった。
「うわぁっ!?」
「ぎああっ!」
数十騎の翼竜は、十個程の爆弾を投下し、旋回を始めた。
統制の取れた、見事な機動だった。
「な、なんて速さだ・・・」
「早く離陸しろ、急げ!!」
生き残った騎士は、翼竜が旋回している間にそれぞれの天馬に飛び乗り、なんとか離陸した。
「対空増援が来るまで時間を稼げ!!」
「また来るぞ!」
「応戦しろ!!」
優速の翼竜を前に、逃げるという選択肢は残されていない。
先制された空中騎士の、絶望的な防御戦が始まった。
「団長、西街道の空中騎士団が・・・」
この作戦初の、嫌なニュースが聖堂騎士団本陣に飛び込んだ。
「増援が間に合わなかったか・・・」
これをある程度見越していたヴォルフラムは、唇をかんで悔しさを堪える。
翼竜の能力を過小評価していた。
対峙する敵は予想を越して強力なのだ。
「だ、団長殿!」
「今度は何だ?」
「・・・先遣隊と連絡が取れません。空中偵察によれば、大規模な重装部隊に駆逐されたそうです」
この世界での重装部隊とは、上山たちが戦った大豚や魔力を注がれたゴーレムなどを主力とした、耐久力の高い部隊のことだ。
特にゴーレムなどは、破壊するには攻城兵器を要するほどの耐久力を誇る。
「敵はこちらに全力を傾けているな」
前線に出した部隊が早々にやられてしまった。
敵は一気に片をつけようとしている、とヴォルフラムは読んだ。
「団長殿、こちらも全力を持って突破すべきです。」
傍に陣取っていたソンメンが、ずいっと歩み出て進言した。
「我が騎士団の重装備は未だ後方だ」
地図を握る手に、汗が滲む。
「万全でない部隊で、空中での優位を確保した敵とは戦えん・・・」
「しかし、団長殿!」
「部隊を退げ、支援を仰ごう」
「どこに支援を要請するのです?」
「決まっているだろう」
当然、といった顔で、ヴォルフラムは続けた。
「ニホン軍だ。」