『帝國陸軍 戦車隊奮戦記』5


この地・・・フェンリアと呼ばれている・・・は非常に広大で、緩やかな起伏に富んだ草原である。
ムストラントと北方王国の国境があるこの草原には、両国とも国境線である大河の両岸に警備隊を置き、無用な争いが起きないよう備えていた。
通商路は、草原の西方を走る山脈を目印とした路が拓かれた。
豊かな土地を持つムストラントは、一次生産品・・・農産物など・・・を提供し、鉱物資源と技術に富む北方王国は美術品や工業製品、そして魔術の法をやりとりした。
北方は土地が痩せている。しかも山がちだ。しかしながら、露西亜の様に冬の間港が使えないわけではない。
その技術力を持って優れた航法が開発され、大陸を半周するほどの、大規模な航路も開拓された。
元々、ムストラント王国と北方魔道王国の関係は至って良好なものであったのだ。
しかし、この数年で、両国の関係は一気に冷え込んだ。
気候の急変によるムストラントの農産物の不作と、北方王国の生命線たる鉱脈の枯渇。
これらがいっぺんに襲ってきたのだ。これで困ったのが北方王国だった。
自己の生産品を売り、食物を得てきた王国に、他国からの食料が入りづらくなっていった。ムストラントには、北方王国の製品が入りづらくなっていた。
緊張は日に日に高まっていった。
そこに、日本が現れたのだ。



「ニホン軍が戦闘を開始したようです」

「うむ。既に魔術師から連絡が入っている」

戦車隊が戦闘を開始した一方で、聖堂騎士団も戦闘隊形で前進していた。
草原を横隊で進軍し、北方王国軍を包み込むようにして撃破する作戦だった。
中世的装備しか持たない騎士団は、その分身軽だった。補給品は食料や、幾ばくかの装備品のみだからだ。
日本軍は右翼から、騎士団は左翼から草原を北上し、国境線である大河を横断して侵攻する作戦だった。
左翼を一手に引き受けたヴォルフラムは、馬上でも慣れた手つきで地図を見ていた。この時代にしては高い精度で作られた(大まかながら等高線も入っている)それは、技術に勝る北方王国製だった。

「西方の交易路はしっかり警備されているな?」

「はい、空中騎士団が守りを固めています。」

「敵は翼竜を出してくるだろう、余所見をするとやられてしまうかも知れん。」

翼竜が住める環境を持たず、しかも翼竜の飼育法、調教法が確立されていないムストラントでは、専ら空中戦力では天馬が使われていた。
ヴォルフラムは、この空中騎士というものに今一懐疑的だった。暴動鎮圧、諸侯の反乱を討ち取る分には、地形の影響を受けず、戦場を鳥瞰できる空中騎士は便利なものであった。しかし、正規軍同士の戦闘となると、総合的な戦闘力では翼竜に軍配が上がる。
天馬は、低空機動でこそ翼竜に勝るが、速度と飛行高度においてはとても敵うものではなかった。天馬自体は攻撃方法を持たないため、攻撃力も低い。北方王国の保有する翼竜は、初期の単葉戦闘機並みの速度、複葉戦闘機並みの機動力を誇る。そして種類によっては火炎を吐くことが出来た。
日本軍に偵察隊を提供した空中騎士団の本隊は、構成員のほぼ全てが天馬乗りだ。此度の作戦では、五百余りの天馬が投入されている。翼竜の大部隊が攻勢をかければ、十分な支援を施さない限り大打撃を食らってしまうことは明白だった。

「交易路はニホン軍の重要な補給路でもある。防備は厚くしておかんとな」

「・・・」

副官ソンメンは、面白くなさそうな顔でヴォルフラムに付き添っていた。

「ところでソンメン。」

「何でございましょう」

「・・・この進撃計画だが、何故上層部はニホン軍に左翼を任せなかったのだろう」

ソンメンの眉が、ピクリと動いた。

「・・・?」

「さ、さぁ、私には皆目検討が。」

慌てて取り繕い、そ知らぬ顔を装っていた。
ヴォルフラムが、国軍上層部より賜った命令は以下のようなものであった。
「交易路沿いに戦力を配置し、ニホン軍に右翼を担当させ、空中騎士団と共に進撃せよ」・・・
日本軍が操る鉄の車や、火を吹く大筒をには、膨大な消耗品が必要であることをヴォルフラムは知っていた。
フェンリア草原最大の道路である交易路は、彼らにとって、補給の面でとても重要なものだ、ということも。
しかし、ムストラント王国上層部(ムストラントは、各大臣の補佐のもと国王が直接政務を行う)は、日本軍に、補給路から離れた右翼での戦闘を要請した。そこまでは、異世界軍への無知からでた立案、としてもよいだろう。
しかし問題なのは、日本軍が余りにもあっさりと、こちらの作戦計画を呑んだことだった。

『・・・怪しいといえば怪しいが、所詮一将の分を越えた詮索か』

「だ、団長殿!」

ローブを纏った一人の魔術師が、慌てた様子でヴォルフラムに駆け寄ってきた。
騎士団付の魔術師には、大まかに分けて二種類の人間がいた。攻勢の魔術を修めた魔術師と、会話や遠見の魔術を使う魔術師である。後者は各部隊に二、三人いて、他部隊との通信等を担っていた。

「どうした?」

「先遣隊が敵部隊を捕捉しました、・・・かなりの大部隊だそうです・・・」

まだ年若いその魔術師は、少しばかりの疲労が顔に現れていた。
会話の魔術は神経を使う。

「よし、遂にこの時が来たな」

ヴォルフラムは至って落ち着いていた。

「我が部隊は西山脈沿いに左翼を打通し、右翼と連携しつつ国境を越える!」

「行くぞ!」と声が上がり、移動が始まる。
そして、彼らも戦いの渦中へと向かっていった。



北方王国騎士団の主力は地上部隊ではなく、あくまで翼竜である。ムストラントにおいて空中騎士団はあくまでも騎士団の下部組織であるが、こちらは騎士団と、翼竜を主力とする翼竜騎士団は鼎立しており、場合によっては翼竜騎士団が地上部隊を指揮することも出来た。
卓越した技術とノウハウで、食料不足の折にも兵力を減衰させずに済んだ翼竜騎士団であるが、それでもムストラントの大兵力に立ち向かうには、それなりの策を弄せねばならなかった。
国境を突破し、南進を続ける北方騎士団の団長、ホルツ将軍がふと上を見上げると、自軍の翼竜が着陸姿勢に入ったところだった。
ドスっと着陸した場所は、ホルツの真横だった。さっと急降下から、直前でふわりと浮き上がり、緩やかに着地するその操作の見事さに、翼竜騎士団の精強ぶりが伺えた。

「異世界軍は、ムストラントについたようですね」

翼竜に乗っていたのは、重装の鎧を纏った男だった。特徴的な、羽飾りのついた兜を被り、鎧の色は余すところ無く、見事な群青だった。脱落防止にロープのついた長い斧槍を携えたこの男が、翼竜騎士団長のヴァンクである。

「ふむ、左翼の先遣隊が壊滅状態にあるようだ・・・対策を講ぜねばな」

まだ年若く、血気盛んなヴァンクが、この様な飛行をするのは日常茶飯事だったので、ホルツはもう慣れていた。

「異世界軍の火力は非常に高いです。三百の先遣隊が、何も出来ないうちにやられました。」

「空から見てたのかね」

「はい。」

「・・・重装の本隊で一気に片をつけるべきか。いたずらに軽歩兵を投入すべきではないな」

「敵地上部隊は強力ですが、前線に楽々侵入できる位、空中戦力はお粗末です。奴ら、羽の生えた馬しか持っていませんからね」

「ならば、空中攻撃で打撃を与え、一気に押し切ろう。期待しているぞ。」

「はい!」

巨大な翼を広げ、ヴァンクは飛び立っていった。それを見送りながら、ホルツは再び作戦を練り始めた。

『左翼には火力の高い地上部隊、右翼は騎士団・・・交易路をまず確保して後方を遮断し、重装部隊で浸透して殲滅を図ろう・・・』

作戦のシナリオが、だんだんと浮かんできた。

『ムストラントめ、異世界軍め・・・眼に物見せてくれる!』

翼竜が、風を切って飛んでいく。
この広大な草原を、仇敵の墓標とするために。


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