『無題』2


帝國が消失し、その際の激戦で世界が荒廃してしまってから早60年。
生き残った列強各国は、帝國が残した科学技術の内のいくつか(蒸気機関とか)を習得し、
わりと復興していた。
そんな中、帝國本土のあった場所に、新たな日本が出現する。
対米戦争に敗北し、以後60年間アメリカの庇護の下で平和を享受していた“正史”日本国である。
海外との連絡が全て不可。
衛星も一切反応がない。
実際に船や航空機を出してみても、朝鮮半島も中国大陸もない。何もない。
異世界に放り込まれたことを知らない彼らは混乱の極みを経験していた。

その状況下、かつての日本海上を警戒していた護衛艦みょうこうは、北西方向から日本に近づいてくる
一隻の不審船を捉える。

「右舷75度、不審船を目視で確認」
「不審船はどのような形状か」
「……帆が張られたマストを二本確認、帆船のようで……いえ! マスト後方に大型の煙突を確認。
その船型は、まるで……」
「まるで、何だ。報告は正確にせよ」
「は。その、あえて似ているものを挙げるとするなら……いわゆる“黒船”に近いかと」
「……。その“黒船”の所属がわかるような旗、あるいはマーキングのようなものは見えるか」
「船体にそれらしきものなし。旗も確認できず……あ! 今メーンマストに旗が掲げられました!」

「日の丸! 不審船のマストに掲げられているのは、日の丸です!!」

「……どういうことだ」

※調査船上では、国旗掲揚と共に船長以下全員整列で君が代を熱唱中。

その後、なんだかんだで接舷。
拡声器で船名と所属、目的を尋ねられた調査船一行は初めて聞くネイティブの日本語に感動し、
本日二度目の万歳三唱。
だが、どう見ても日本人でない一行が日本語で「大日本帝国万歳」「天皇陛下万歳」を絶叫する姿に、
みょうこう乗組員達は「何なんだこいつら?」と困惑する。

さらに、その後の一行とみょうこう艦長の接見では両者の話が見事なまでに噛み合わず ますます不審がられてしまう。

一行が持ってきていた写真や、日本語で書かれた書物などを提供し、紆余曲折を経てようやく両者ともに
「平行世界の、帝國とは異なる日本なのか。でも、日本には変わりないから良いか」
「戦前の日本に世話になったと言っているが、我々とは違った世界の日本なんだろう(無理矢理納得)。
 なるべく早く彼らの“組織”とやらと接触して、詳しく調査を行う必要がある」
と状況を理解し、調査船はみょうこうと共にいったん日本本土へ。

調査隊転じて使節団となった一行は写真や本、伝承で知る日本とのあまりのギャップに困惑しつつも
政府関係者と接触、世界の現状を訴えて速やかなる世界進出を提言する。
しかし当然ながら政府はなかなか動こうとしない。
ダークエルフの長老らも本土に招聘されて情報提供と強力を申し出るも、かつての帝國とあまりに違う日本人達に、
不満を募らせていく。
それでも備蓄の石油は減る、食糧は絶対的に足りない。
何もしない結果は、誰の目にも明らかだ。
政府はようやく、日本国民生存とダークエルフら抑圧されている民衆の保護を名目に、まず自衛隊の大陸派遣を決定する。

上陸前、「旧日本軍の支配地域」と聞いて「反日教育」というキーワードが頭をよぎったものの、派遣部隊は予想に反して行く先々で
こっちが引くほどの大歓迎を受ける。
思い出は美化されていくもの、と言うが、60年間語り継がれる内に、かつて自分達を救った「帝國」と「日本人」の存在は、
伝承とか民話とかのレベルを超越し、ほとんど「伝説」の領域にまで達していたのだ。 その日本人が実際に現れ、そして
「勤勉で真面目、いかなる種族とも分け隔てなく接する。慈悲深き彼らの中に、
略奪と言う野蛮な行為に手を染める者などあろうはずがない」
という伝承そのままの態度を見せたのだから、無理からぬ話である。
自衛隊員だけでなく、同行した民間人にも、教科書や報道で植え付けられた「極悪非道の日本軍」などというイメージを持つ者は
もはやいなかった。
……新しい村や町に進出すると必ず「大日本帝国万歳」という横断幕が掲げられていて、その度に一から説明しなければならないのが
彼らの悩みの種ではあったが。
そして時を経ずして日本復活は全世界に知れ渡り、獣人とダークエルフ、かつての邦国の人間が続々と進出地域に集ってくるようになる。
当然、彼らも帝國と日本国の違いなど判るはずもない。
だが自衛隊員がいくら「自分達は帝國人じゃない」といっても、彼らはお構いなしだった。
そんなこと、どうでも良かったからである。
戦闘らしい戦闘もなく、開墾や飛行場設営、道路整備といった地味な作業ばかりの毎日ではあるが、国内で色々言われていた
今までとは違う、キツイが働き甲斐のある生活に、隊員達はある種の充実を感じるようになっていった。
だが、平穏な日々は長くは続かない。
帝國じゃないといっても聞かないのは、列強も同じだった。

帝國の復活を認めない列強は日本側の交渉に応じず、列強の侵攻開始をもって日本は自衛権を発動。
ついに戦闘が始まった。
日本側は当初こそ圧倒的な「次元が違う」技術差と戦術で優位に立つが、補給が続かず、なかなか攻めきることが出来ない。
逆に、日本との戦い=聖戦と幼少時から教え込まれているF世界住民の命を顧みない戦術は、
日本側にじわりじわりとダメージを与え、自衛隊員に大量の銭湯恐怖症患者を出させるほどだった。
戦場は、徐々に泥沼の様相を呈するようになる。

――そんな中。

とある月の明るい夜、宮中の一角で、御歳14歳になられた秋篠宮親王殿下の御子息が、どこからか聞こえてくる「奇妙な声」に
耳を傾けていた。
その「声」曰く、
「この世界に日本をつれてきたのはある邪悪な魔神である。その魔人を倒せば日本はもとの世界に戻れる。
そして、その魔人を倒せるのは天照大神の力を正統に受け継ぐ男子、つまり殿下をおいてほかにはいない」
と。

その声の主は、日本から遠く離れた小さな国で、昏々と眠り続ける一人の男だった。

我らが辻ーんである。

煎餅魔神の影響で不老不死となった辻ーんはその魔力を次第にコントロールできるようになり、
ある日思い立った彼はその全エネルギーを集約して究極召喚魔法を発動させた。
日本国を召喚したのは、何を隠そう辻ーんその人だったのである!
さしもの辻ーんも強力すぎる魔法の発動で昏睡状態になり、その魂だけが千里を超えて日本へと帰還した。
だが、アメリカに敗れた日本、戦いを知らず、平和を享受してきた日本人の姿に辻ーんは絶望する。
この国は日本であって日本帝國でない……。
戦いを望まぬお優しい陛下と陛下の民を戦乱の世界に連れて来た小官は大逆人である。
罰を受けねばならぬ。
そして、一刻も早くこの日本を元の世界へ戻さねば……!

今回の召喚魔法はマナを使わず、煎餅魔神の存在を媒介にして魔界から取り出した魔気をエネルギー源としている。
それは今現在も継続中である。
つまり、魔法を使った小官の身体が消滅すれば、日本をこちら側へ引っ張っている力も消滅し、
自動的に日本は元の世界へと戻る。
簡単な話だ。小官が死ねばよい。
だがそれが出来る者は……
一人居られる!
こちらから出向くことはもはや不可能、不敬ではあるが、御身に来て頂いた上で草薙の剣で小官を突いてもらわねば……。
ならば、小官が梅雨払いをつとめよう。魂だけとはいえ、それなりの力はある。

辻ーん早速国から側近の獣人とダークエルフ、それにドラゴンを護衛に遣し、自らは殿下の説得にかかる。
……自分がその魔神だとは告げず。

男と生まれて、獣人とダークエルフ、おまけにドラゴンを仲間に、ファンタジー世界で大魔王を倒せと頼まれて断る法はない。
殿下は迷うこともなく、目を輝かせて、辻ーんが拍子抜けするくらい簡単に応じた。
かくして殿下の冒険が始まった!


――以下大幅略で最終局面。


「無理だよ……出来るわけないよ……魔神が辻ーんだったなんて、こんなの……酷すぎるよ……!」
「小官は大罪を犯したのです、殿下。そしてこの小官を罰することのできる人間は、殿下。貴方のみ……」
「そんな……!」
「殿下が小官に草薙の剣を振り下ろせば、全てが終わるのです。日本は元の世界に戻り、殿下の臣民もまた平和な生活に戻れるのです。
それにご安心を。この小官が消えてなくなるわけではございません。肉体は滅ぶとも、精神は永遠でございます」
「じゃあ、ダークエルフや獣人のみんなはどうなるの?」
「彼らはこの世界の住人……日本が消えれば、また以前のように流浪の民となるでしょう」
「……そんなの、もっと嫌だ!  ずっと一緒に旅をしてきた、シンディやガリルや……旅の途中で出会ったダークエルフの人たち……
みんな、見捨てるってことじゃないか!」
「畏れながら殿下、我らのことはどうかお気になさらずに」
「左様。殿下のお心遣い……それだけで我ら数万の同胞が救われましょう」
「どうしてみんなそんな悲しいこと言うんだよ……! 仲間じゃないか、僕達は……!」
「殿下……」
「……辻ーん、日本が好きだといってくれる人たち、日本がないと生きていけない人たちを、みんな置き去りにして……
僕達だけ逃げろって言うの? この僕に、そんな酷いことをしろって言うの?」

「答えてよ、辻ーん!!!」  

「……」
「……本当に、他に方法は何もないの?」
「その者が……」
「?」
「小官が消滅するとき、この世界にとどまりたいと願っていれば、その者はこの世界にとどまることができます」
「本当に?」
「本当です殿下。元の世界との“縁”を絶つかどうかは、その者の心次第なのです」
「建物や船や道具なんかは?」
「所有者がとどまりたいと願えば、その所有物も同様です。……さすがに日本列島そのものは確実に消え去りますが……」

「……よし、わかった! それだけ聞けば十分!」
「殿下、何処へ!?」
「日本に戻る。戻って、このことをみんなに知らせて、残りたい人と帰りたい人を分ける。残りたい人は大陸に、
帰りたい人は日本にいてもらう。そして準備が終わったら、もう一度ここへ来て……全てを終わらせる」
「殿下……」

「それから、僕は残るよ、辻ーん。お姉さまやお父様……お母様は反対するだろうけどね。この世界の、日本を好きでいてくれる人たちは
みんな曾お爺様のことを尊敬してるみたいだった。天皇制がどうとか難しいことはわかんないけどさ。
……多分、僕が残ってれば、国の形が違っても、住んでる人たちはちょっとは安心できると思うんだ」

「……感服いたしました、殿下。その暁にはこの辻ーん、全身はなくとも、全霊でお遣え奉ります」
「うん、ありがと。 じゃあ……行こうか!」


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