『進め!帝國輜重科、走竜隊』6


輜重科兵が予定の訓練期間の1週間を過ぎる頃には、駆け足で戦竜を走りまわせるところまで修練は進んでいた。

そうなれば其々の兵科にあった方針が考えられるのは理の当然であった。

輜重科はその任務の特性上、敵陣突破に必要な障害物競走張りの難路の疾駆よりも 狭い隘路、ぬかるみの道、勾配の激しい道、様々な悪条件下での重量物の運搬にこそ 重きを置いていた。それは今で言うなら野外での大型トラックの講習風景のようなものである。

「速く走るな!安全かつ慎重!その上で無駄を無くして時間を切り詰めろ!」
「荷を無碍に扱うな!一握りの弾丸、一握りの米!それが無数に集まって戦線を維持するんだぞ!」

これらが中山少尉の口癖になっていた。

竜も兵も毎日クタクタになるまで走りぬいた2週間であった。

もちろん、全てが順調だったわけではない。

特に問題だったのが、荷車の脆弱さであった。

初期訓練が終わり、レムリア郊外で建設中のレムリア王都航空基地建設現場への物資の搬送という、
近距離での訓練活動に従事した走竜隊は既存の輓馬用の荷車を使用したのだが、 積載量いっぱいにしても戦竜はまだまだ余裕を見せていたのだ。

戦竜の牽引力は帝國の大型トラックに匹敵する。
竜は確かに大食らいだが同じ量の餌を消費する馬数頭よりも一度に牽引できる量は多いのである。

帝國輓馬六頭掛かりで分解して運ぶ大口径の野砲ですら戦竜ならば2頭、壮年で力自慢の種なら1頭ですむかもしれないのだ。

当然野砲も6分割しなくてすむ為、行軍準備の短縮にもなる。
(もっとも微妙な調整が必要なので結局は分解整備が必要なのだが、それでもその回数は減らせるのだ。)

しかしそんな戦竜の足を引っ張るのが木製の荷馬車であった。

牽引力に比べ積載量が少なく、一度に運べる量が頭打ちになっているのだ。
一度に同じ量しか運べないのでは輓馬のほうが餌代が少なくてましだという保守派の意見すら飛び出るほどであった。

「大尉、どうしましょう?」

「なんとかするさ」

輸送訓練の帰路での中山の問いかけに、倉山はそう答えていたがその顔は厳しかった。
正直倉山も困っていたのだ。予想以上の戦竜の力強さと飼料の消費量は既存の装備では無駄が多すぎる。
では新装備を具申するか?
帝國の現状を考えると輜重科の、しかも現地部隊の一大尉からの具申などで新装備認可が下りるとは到底思えなかった。

『佐世保も協力してくれるだろうし、典礼参謀殿も口添えして頂けるだろうが…
 それでも個人の一意見として圧殺されかねないな。せめて組織として働きかける事が出来れば…』

この二週間で従属国仕様の二線級の種とはいえ戦竜のおよその限界がわかったのだ。
それは広大な版図に対し資源を行き渡らせきれない帝國にとって、『使える現地労働力』という点において問題ないどころかこれ以上の物はないといえるほどだ。

ここで問題なのは輜重科の体質であった。
もとより帝國軍内部で他の兵科よりも格下にみられる輜重科である。
当然そこに配備される人材もどちらかと言えば出世街道からの脱落組か、負傷によって回されて来た者が多い
そんな彼らにとって倉山一派の輜重科らしくない行動は、歓迎するよりも煙たく感じる者も多いという事を倉山は承知していた。


帰隊した倉山を出迎えたのは佐世保技術中佐だった。

「難しい顔をしてるな倉山大尉」

「少し思うところがありまして、中佐殿。お時間を拝借してもよろしいでしょうか?」

「良いとも、そこらを歩きながら話そう」

「有難うございます」

部下から離れ二人きりで裏庭まで歩いていくと佐世保が切り出した。
「で、なんだ?似つかわしくない顔しやがって」

「荷車の事さ」

「あぁ、やっぱりか。正直俺も戦竜の体力を見損なっていたな。まさか日産のトラックなみだとは思わなかったよ」

「既存の荷馬車の改造では戦竜の真価を出す事は出来ん。」

「戦竜にあつらえた物が欲しいという事か…出来ない訳ではないが、軍の正式採用となると組織としての見解が必要だな」

「輜重科全体は無理でもレムリア方面に派遣されてる部隊の総意は俺が何としてでもまとめてみせる。だが…」

「アレもコレも必要な軍に『輜重科』の一部からの意見で通す事は難しいと?」

「あぁ…」

「…倉山、この前の併合式典の際に西の貴族どもが戯言を吐いたという話は知ってるか?」

「? そりゃもちろん話くらいは聞いているが、それが?」

「西で一騒動ある可能性が高いという事だ。」

「そいつはどうかな、今の兵站の充実度じゃあ幾ら精強無比の帝國陸軍でも、進軍は難しいというか無理だ。」

「まぁ聞け。陸上戦力を動員するのは確かにキツイ、だが航空戦力だけならどうだ?」

「あのなぁ飛行機というのは飛竜と違って、野原で離着陸できるもんじゃないぞ。西まで何キロあると思っ…」

「そういうこった。幸い西の街道もあるしな急場の飛行場くらいつくれないわけでは無いだろう」

「…そこまでの資材運搬で戦竜の能力を他の兵科に見せ付けるか」

「そういう事だ。それにな王都航空基地のほうでエンジンとミッションがいかれたトラックが2台でてなぁ。
 どうもこいつは本国に送り返さんといかんという話でな。」

「…」

「それでだ、王都航空基地には本土ほどじゃないが、まぁそれなりの整備施設もあってな。
 おまけにここには技術屋としてはちっとは腕のある人間もいるんだなこれがw」

「おまえ…まさか?」

「その2台の車体を頂く。お前は例の試作戦竜を使えるようにしとけ。」


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