『進め!帝國輜重科、走竜隊』5


食事の後、簡単な自己紹介をすませると一行はノーラン戦竜舎に向かった。

今回馬上に居るのは倉山と佐世保の二名で西山は他の科員と徒歩での行軍である。

先日、通った道をたどり大門の前に着くと、待っていた老年の職員らしき者が迎えた。
「ようこそ、おいで下さいました。わたくし、ノーラン戦竜舎教導員のベンギルと申します。
倉山大尉様ですね、客間にご案内させて頂きます。」

「ご苦労、それとベンギル教導員、こちらは陸軍技術研究所の佐世保技術中佐殿だ。
 今回の件に関して技術的な問題解決の為に来て頂いている。失礼の無いようにな」
「ははっ!」
佐世保に頭を下げて挨拶する教導員を横目に倉山は部下に指示を出していた。
「西山少尉は、科員を連れて準備運動、その後はベンギル教導員と共に
隊員に施設を説明しておけ。」
「はい!了解しました!」

「案内した後は、手間をかけるが頼むぞベンギル教導員」
「承りました。ではこちらに」
平屋の事務所に倉山たち一行を案内し、ノーランが出迎えると
ベンギルは西山に語りかけた。

「では行きましょうか、西山少尉様」
道すがら厠や水飲み場等を案内され、運動場につく。
「よし!お前たち国民体操2番までを2回行うように!」
「「「はっ!」」」
西山の前に並んだ帝國兵が揃って手を振ったり、跳ねたり、体を屈曲するのをベンギルは珍らしいものを見るように見ていた。
(帝國はこんなところまで兵に指示しているのか)
ベンギルの常識では準備運動といえば各々が適当に走ったり体をひねったり、
あくまで個人の経験を基にした雑多な運動であった。
 だが帝國はそろって同じ運動をする事により全員にムラをなくそうとしている。
戦竜の調教手として、長い間生き物の運動というモノに、従事してきたベンギルにはその思想に
奇異なものを感じる共に、均等に同じ運動を行う事で異常のある個体なら、
この段階で発見できるのではないか?等と考えていた。

そんな事を考えている内に体操が終わるとベンギルは西山に声をかけた。
「少尉様、まず実際に戦竜を見ていただこうかと思いますが宜しいでしょうか?」
「頼みます、ベンギル殿」
「では此方でお待ち下さい。練習用の戦竜を連れてきますので」
ほどなくベンギルが一頭の四脚型戦竜を連れて来た。

練習用という事か気性の大人しい戦竜なのだろう。
見知らぬ人間を前にしても警戒せず、のんびりとこちらを見ている。
だが、やはり間近で見ると
「でかいな…」
 兵の一人が我知らずという風に呟く。
「練習用という事で従属国の主力戦竜ですが、平均的な大きさは大地から肩までの高さが、
1.7m 尾を含まない胴体部分の長さは2.5m 頭頸部も含めれば4.0m近くになります。」
「上野の象とはやはり印象が違うな」
「みろよ凄い皮膚だ。まるで生きている岩だ。」
「脚の太さも凄いな、こいつが突進してくる前に立ち塞がるには結構肝がいるぜ」

「よーし、見学はすんだな。次は座学だ!ベンギル殿お願いします。」
こうして竜を前に車座になり、ベンギルの語る基本的な諸注意の講座が開かれた。
皆一言も聞き漏らすまいと熱心に聴いている。
それもそうだろう。目の前の実物の竜が暴れださない為の諸注意なのだから

「基本的な講義は以上です。次に実技に入りますが、準備がありますので
しばらくお待ち下さい。」
「よし、全員小休止!体を解しつつ体を休めろ」

小休止の間にノーランとの事務処理もすんだのか倉山が現れた。
「調子はどうだ、西山少尉?」
「座学が済み、これから本番であります。」
「丁度いい時に来たわけか」
「佐世保中佐殿は別務でしょうか?」
「あぁ協会派遣の魔術師と話し込んでおられる。
 技術者同士の話だからな、俺はお前たちの腕前を見に来たわけだ。」
そこまでいうと倉山は顔を近づけ
「ぶっちゃけ、どうだ?皆の様子は」
「はじめて見る戦竜という事で、いささか緊張しているようです。
 しかし、怯んでいる様子はありません。
 こちらの人間が乗りこなせるモノ、俺たちに出来ない訳無いという感じです」
「そうか、まぁ初日で初体験だ。気負いすぎて怪我人をだすなよ。」
「はっ、了解しております。」

「大尉様、少尉様、用意が出来ました。」
鞍をつけた戦竜と人数分の簡易な革の鎧兜が並べられている。
「鎧兜?」
「はい、戦場では甲冑を着ますのでその不自由さに慣れて頂くためと、怪我防止の為着けていただく事になっています。」
「うむ、不自由さになれていれば軽装時でも問題ないな。その逆よりは良い」
「ご理解いただき有難うございます。」

実際竜に乗ってみると意外なほど馬の騎乗感覚に似ている事が判明した。
最初は竜の巨体ゆえに手綱を強く引きがちだったが、
竜が嫌がる為、すぐにそのような傾向はなくなりグラウンドを引き手無しに
歩いて周回させる程度は直ぐに出来るようになった。

「初日なら良好というべきだな。」
倉山が言うと
「帝國では馬を騎乗されているとか。その扱いに似たところが多いと言われているので、
皆様方さほど違和感なく騎乗されているようです。」
グラウンドから戻ってきたベンギルが応えた。

これなら明日からは西山だけでの監督でも良さそうだな。
そう考えつつ倉山は、腹に響くような音を立てる竜の歩行を眺めていた。


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