『進め!帝國輜重科、走竜隊』2


総督府から倉庫街の執務室へ戻ると、部下の西山少尉が書類整理をしていた。
「大尉!どこに行かれてたんです?決済の書類が溜まって…」
「後だ!」
「たいへ…へ?」
「今から王都西の戦竜舎へ向かう、お前もついて来い!」
「あの計画通ったんですか!? あ、で、でも書類は?」
 喜色を浮かべるもすぐに心配げにかわる西山少尉
 責任感がつよい事務屋という風貌そのままだった。
「田村が非番だったな、花札のツケをチャラにしてやるから片付けろと言っておけ。  …早くしろ!」
「は、はい! でもどちらの戦竜舎を?」
「以前から次世代用の戦竜を計画していると言われていたノーラン戦竜舎だ!」

(ここが戦竜舎か)
威圧するような巨大な門、のしかかるような石塀、無骨で単純なつくりのそれは
ここに居るモノの力に対抗する為のものなのだろう。

「開門ねがおーう!自分は帝國陸軍大尉倉山である!!開門ねがおーう!」
門の向こう側でドタバタと言う音がしてしばらく待った後、
ギギッと軋み音を立てて門脇の通用門が開く

「大変お待たせしました、これはこれは帝國の大尉様が当舎にどのような御用でしょうか?」
恰幅の良い裕福そうな拵えの男が妙にへりくだって応対する。
息が荒いところをみると走って門まで来たのだろう。

「案ずるな、今回の御用は戦竜舎の視察である。
 急な話で悪いが、誰か戦竜に詳しい者を案内役につけて頂きたい。
 西山少尉は記録をとっておけ」
「わかりました、それでは僭越でございますが、ノーラン戦竜舎長の
私ノーランが案内役を勤めさせて頂きます。」
「よろしく頼む」
門をくぐると石造りの事務所らしき平屋があり、その奥は運動場のように
広く何も無い地面が広がっており、その奥には大きい池のようなものが見えた。

「やはり広いな」
「はい竜達にも運動させてやる敷地が必要でして敷地全域をあわせますと
15平方キロメートルほどございます。」

「この竜舎は今は何頭ほどいるのだ?」
「現在は成竜が15いえ12頭、調教中の若竜が10頭、あとは処置前の雛竜が
8頭でございます。」
飼育の過程、戦場での世話、竜の基本的な習性、餌の量から排泄物の量まで、
学ぶ事、見る事は多大であり、同行の西山少尉は記録を書き殴る様に猛烈にとっていた。

視察と称した見学が終了するころ倉山は舎長に何気なく聞いてみた。
「ところでノーラン殿、最初に成竜を15頭と言ったのは何故か?」
「あはは、いやお恥ずかしい思い違いでして…」
「思い違い、そうか…ところであの離れた場所に
ある竜舎まだ見ていないな?」

倉庫の資材管理も仕事とする輜重科である。
物資の横流しや隠匿などで、後ろめたいもしくは隠しておきたい物を、
見つけるのは半ば習性になっていた。

「うっ…」
「帝國は誠実を好む、為にならんような事はしないほうがいい」
「その、隠しておいたわけではなく…あそこに居る三頭は失敗作なのです…」
 観念したかポツポツと話し出す舎長を倉山は無言で見つめ続けた。
「ほ、本当でございます!」
「実物を見ながら話を聞こう」

 竜舎の方に歩き始める倉山に舎長は慌てて追いつき弁明をはじめた。
「あそこにいる3頭は持久力の向上と速度の向上を狙って掛け合わせたのですが…」
竜舎の重い扉を開けつつ舎長が言う
「戦竜として肝心のブレス能力がどうやっても発現しなかったのです。」
「ブレス能力が無い?」
「はい、その為レムリア王国軍への採用は当然なく、近々処分する予定だったのです。」
「…最初の狙いであった持久力や速度はどうなった?」
「そちらは本来の予測以上の物をだせましたし、素直な気性で扱いも楽なのです。
 その為むざむざ処分するには非常に惜しく、その形質を残したまま次世代にブレス能力が
出せないかと魔術師と幾日も討議しましたがどうも難しいようで、仕方なく諦めた次第です。
世間様には当舎が次世代戦竜を開発したという噂ばかりが先行して。
実際はこの有様で…」

開かれた扉の中には3頭の竜が元気なく厩舎の囲いの中に居た。
たしかに今まで見てきた四足型の竜種のどれよりも足回りの筋肉のつき具合、
骨格の頑強さが素人目でも解かるほどだった。

「ノーラン殿 この3頭、帝国陸軍への貸与という形で引き渡して頂きたい」
「え?こいつらをですか?」
「そうだ、どうせ処分する積りであったならば問題なかろう」
「それは、そうですが…」
「帝國に顔を売っておく良い機会だぞ」
 舎長の顔つきが変わった。
「そ、それは…」
「今はまだ何の約束も出来んがな、ボルドーの商人だけに
良い思いをさせとく理由も無いだろう?」

「わかりました!引渡しは今すぐでも?」

「いや、設備がない。しばらくはこちらに間借りさせてもらわなくてはいかん。
 維持費用分くらいは輜重科に回せ、払っておく。但し、こいつらに日課の訓練をさせておけ」
「ははぁ、ありがとうございます」
「また明日、今度は乗用させる為の人員をつれて来る。それまでに見積もりを作っておけ
あぁそれと、この件は俺が良いと言うまで他言は無用だぞ。」

「よろしいんですか?費用のほう」
帰り道の途中、馬上で西山少尉が聞いてきた。
「新品の次世代戦竜3頭を只で手に入れて、さらに設備の使用許可もあり、
訓練も請け負わせたのだ。良い買い物だよ。」
懐をぽんと叩き
「それに典礼参謀殿のお墨付きも頂いている。馬鹿げた金額にならん限り、
どうとでもなるさ。それより、あの3頭以外で至急使えそうな目星はついたか?」

「大尉から事前にこの計画は聞いていましたから、いくつかの現状種を調べてみました。
 現在レムリア王国軍が正式採用している種は、純戦闘用で瞬発力とブレスの威力に
 主眼が置かれています。ただ気性が激しいため乗り手を選びますね。
 次に従属国家が正式採用している種はレムリアのものよりも能力において持久力が、
良いという以外はあらゆる面で1ランク以上低いです。ただ気性は激しくないので、
我々が目的としている輜重任務に、例外的についている竜もいるそうです。」

「使うとしたらそちらか」
「はい、コストのほうもレムリア主力種よりも安く済みますし、数が出回っていますから
竜舎のインフラや竜医などの経験もそのまま使用できます。」

そのまま、王都の輜重科執務室に戻るころにはすっかり日も暮れていた。
倉山が残務の確認作業をしようと机の上に目を向けると伝言が残されていた。

倉山大尉殿宛
本日 17:00に総督府、典礼参謀殿より
陸軍技術研究所との面談の申し入れあり
明日 09:00に総督府第4会議室へ出頭せよとの事です。


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