『小ネタ』04


『・・・で?陸軍さんは今度は高角砲が欲しいと』
海軍の士官が呆れている、この前機銃を《恵んで》やったばかりじゃないか
『うちのは本土防空用に取られてまして、海軍さんならもしや、と』
こちらとて好きで来ているわけでは無い

富士・陸軍演習場

『こ、これは・・・!』
射撃距離3000、目標は機関系統が盛大にぶっ壊れたせいで廃棄処分となったチハ改だ それが穴だらけにされてボロボロの鉄屑と化している
『射程は5000とあります5000でもおそらく抜かれます、もしくは手数によってリベットが折れてあの世行きですな』
技術屋の連中がさも当然とばかりに言ってくれる
『発見が同時ならチハに勝ち目は無い、と』
『チハなら絶望、チへはリベットはよくても装甲がもたず撃破確実、チヌも微妙ですな・・・開発中のチト、チリでやっとこ耐えて優位といった所です』
つまり、陸軍の現在保有する戦闘車輌全てが海軍の小艦艇にすら楽に撃破されてしまう可能性が高い
『我々の戦車では海軍に勝てない・・・なんたる事か!早急にこの機銃を物ともしない戦車を造らねばならない』
理由づけは・・・そうだ、海岸線で直接支援してくるであろう敵駆逐艦から簡単に排除されない為とすれば良い


しかし、計画は難航した


『海軍の中で最弱の火力の睦月にも勝てんとは・・・』
『海賊船などの帆船の上構を根こそぎなぎ払うのが目的とは言え、少々過激ですな』
12センチ砲が三門に、例の機銃が片舷三基、六箇所、他の艦は単装機銃も増え、近づく事すらままならない。
『艦の前部、中央部、後部と配備され、瑠弾をもってしても複数撃破は不可能、砲自体もそうですな少なくとも一基は残る』
考えてるもんだなぁと陸軍の技術屋が唸る
『波浪避けと防弾の為の囲いもありますから撃ちこんだとして必ずしも効果があるかどうか・・・相討ちを考えるとして、一箇所二両、つまり十二両のチヌが最低必要となる、か』
『いま(昭和20.8)我々が保有するチヌは66両、旧式の駆逐艦を五隻戦闘不能にできれば御の字・・・ちょっと待て、それでは水際防御なんて夢のまた夢じゃないか!』
内陸に敵を侵攻させない為には海岸線を守らねばならない、が、そこには敵の艦艇が存在する
『本土防衛の穴だな・・・移動トーチカのような戦車が要る、なによりあの小賢しい海軍に対抗できない!』
最低でもあの機銃を完全に無視でき、出来得るなら12センチ砲にも耐えうる戦車がなければ本土防衛に支障が出る!


『防御だけでは勝てない。チヌの75oは元々野砲だ、防盾に弾かれたり、表面だけえぐって、人員が戻れば機能を回復してしまう可能性も無くは無い・・・』
歩兵支援の戦車でしかない弊害だ
『すくなくとも76o以上の高射砲かきちんとした戦車砲でないと・・・』
『チトやチリの砲でもいいいだろうが、まだ七十門しかない、その前に高射の連中と取り合いになるだろう、ドイツからの88oもな。これは1000門以上あるが、高射が譲るはずが無い、虎の子だ』
『新しく砲を造るなぞ無茶だ、ラインも足らない、どこか既存の物でなければ・・・』
そんな物あるのか?
『虎穴にいらずんば虎子を得ず・・・海軍に聞いてみるというのは?』
発言者を全員が睨んだが、予算が減らされ、内部で掴みかからんばかりの取り合いをしている状態の陸軍内よりもある可能性をもつのは敵である海軍にしかなかった


『現状として高角砲は九八式10センチ、八九式の12.7センチ共に一切余っておりません、倉庫で埃被っていた三年式等も海防艦その他に出回り、陸軍さんが欲しがるような物は何もありはしませんよ』
その前に12.7センチともなると大き過ぎて陸軍でも手に余るだろうに、陸式は何考えてるんだか・・・まったく


『駆逐艦の対艦砲も余ってないし・・・取り外し中の戦艦副砲は重過ぎて論外・・・諦めてください』
その場で一番階級の高い海軍士官が呆れつつ言った時、ある海軍士官が思い出した
『九八式は九八式でも阿賀野・伊吹両級の八センチ高角砲が余ってませんか?』
この馬鹿が、とそのそそっかしい海軍士官を他の士官が睨むが時既におそし
『あるんですか!?』
『・・・九八式76oの高角砲です、阿賀野級に搭載され重巡の伊吹に搭載されるはずでしたが、新型の一式12.7センチ高角砲に計画が変更されました。行き場が無いのは確かですな・・・ただ、まだ生産数も少なく』
今後、逐次主力艦から一式か九八式の十センチに高角砲は改装予定である。余った八九式は海防艦等に行くので余って無いというのは嘘ではない
『結構です!ラインがあるならば!』
『しかし、口径が長い為、射命数が短いですが』
十センチの砲もそうだが、そっちは性能が良い、対艦にも十分使える砲だ。76oは海戦のプロとして、対空はよくても対艦に不安があるため、需要も少ないし要らないと言えば要らないが、ラインは別の話だ・・・!
『大丈夫です!発射速度は人力になるので遅いですし、そんなに発砲し続けませんから!』

『えー、しかし既にライン変更に取り掛かっていまして・・・』
『・・・その阿賀野級の砲身取り替えの分の生産があるはずですが?』
畜生、さっき口走ったやつ、あとで首括らせてやる
『譲渡していただけますね?』
心の中でニマリと陸軍士官は笑った。あの対艦一辺倒の海軍の砲だ、対艦にも使えて要らないとあれば使わせてもらう、我が陸軍の対艦用戦車の主砲としてな!

そして会議の翌月、引き渡しの際には、既に用意してあった伊吹級用の三十二本、阿賀野級予備の2セット三十二本、計六十四本もの砲身を生産ラインと共に得た陸軍の戦車開発陣は祝杯をあげて喜んだ。

この事で二年後、防御に妥協しない新世代の陸軍主力戦車となる七式中戦車、チセの誕生へと大きく前進するのである


後に、大陸で起きたあらゆる紛争に陸軍が最終兵器として投入されたチセは、いくら銃弾や魔導砲を受けても破壊されないどころか、高角砲ゆずりの正確な砲撃を続け、兵の間で地獄に天使が現れたようだったとチセの事を今でも溺愛している者は多い、また戦車兵の中には砲の由来にあやかり、チセを海軍風に彼女と呼ぶ者も居る


一方阿賀野級は海軍に嫌われ、退役後すぐに全艦が標的艦として処分された


inserted by FC2 system