『唄う海』後日談3


『目標は二万人といった所です』
海軍軍楽隊が興行のために奏でるオーケストラが会場に響くなか、一組の男女は会話していた。帝國海軍の艦隊がほぼ本土に入港した為、乗り組みの軍楽隊の数も集まったことだしと、海軍は一般人に対してオーケストラの吹奏会を開催したのだ。男の方はぎょろっとした目をぱちくりして聞いている
『今のところレーヴァテイルは水測士としての位と俸給は頂いているものの、紙面上では備品にしか過ぎません』
『国家設立と同時に籍を得ようというのだネ?』
その男の左手には指が二本なかった
『だが、海軍艦艇の情報を少なからず知っている人間をたやすく放出するわけには、いかんヨ?』
『国籍を選択制にします。第二潜水学校に入学する際帝國籍に、二等市民、もしくは亡命民待遇でまったく構いません、そこまで恩を受けようとは思っておりませんので。現在海軍籍にあるものは帝國籍のままで結構です』
『つまり君も、かネ?』
『私はあくまで暫定的な首魁として存在するだけ、ですから・・・政権を設立して国として安定してから帝國籍にあるレーヴァテイル移籍の件は考える心積もりです。その頃にはそちらの艦艇の情報を知らない人間の方が多数派になるでしょう』


現在の状態での建国は無理だ、なにより帝國に深くコミットした軍人籍にある者が多すぎる。帝國の情報を多く知った人間が国を立ち上げるとなれば帝國も警戒せざるを得ない、何らかの対立が発生した場合、そのまま持ち逃げされかねないし、なにより規模が小さいと腰が軽くなる、多くの物を背負って身動きできなくなってからの方が帝國も安心するだろう、それに敵対はこちらの本意でない、それでは今まで以上のペースで失われる。この交渉と関係の無いレーヴァテイルの方がずっと増えるだろう
無論自分達の母国となる国をただカイライにするつもりも無い、故に問題を先延ばしにするのだ。今、教えられた軍事知識が帝國にとって陳腐化するその時まで
なんにしても帝國籍にある帝國から教えてもらった知識を保持したレーヴァテイルはやはり欲しい
『君のペーパーによると、現在、そしてこれから海軍籍にあるレーヴァテイルに、仕事をしない無役のレーヴァテイルを一定数保持し続けるとあるネ?一般教育のみだが、教育し損かい?』
『その分補佐は頂きますが、海洋開発の方はやりやすくなるでしょう』
傍らに置いてあった箱をあけて渡す、色とりどりの珊瑚に真珠、資源団塊
『ホゥ!これは賄賂かネ?』


『いえ、これは可能性です・・・返してください、大事な資金なんで』
この人はそういうことは嫌いだと聞いている、返してといったときには流石に笑いだしそうだったみたいだが、会場が会場だ
『はは、いや、失礼・・・で、可能性とは何だネ?』
目だけは鋭い、口調は軽いのだが・・・まったく・・・疲れる
『確かにレーヴァテイルにそこまで入れ込んでは海軍に不利益をもたらすかも知れません、しかし、ベットしたものが必ず還ってくる博打などありません、ですがこれは、帝國ひいては海軍が得るかもしれない配当のカケラ、可能性のカケラなのです』
『君は僕が博打うちだと聞いて来たネ?利ざやのみで勝負しに来たと・・・無茶だネ』
ターニャが建国を考えて、一番の難敵とたどり着いたのは自分達を保護してくれた帝國海軍そのものだった。スマート、つまりは狡猾、ずる賢いといったそれを軍人としてのむねとする組織、獣人やダークエルフに割合簡単に国を与え(まぁこれはこっちにとっては前例となっていいが)、軍内部にコミットさせたままでいる陸軍とは違うのだ
『これぐらいの賭けでないと、話にも乗ってくれないと思いましたので山本五十六軍令部総長』
『確かにネ・・・面白い博打だヨ』


ふふん♪と笑う山本、気に入ったようだ
『だが、利ざやの話となると僕だけが賭けたいと思ってもどうにもならないからネ?各部署への配分を考えなきゃならない、全ての部署に利があるという訳じゃアない』
『ですが、あなたがそれを言い出す重さはあります』
かつて山本の海軍、といわれたくらいだ、その言葉、イメージによる圧力は違った物となる
ふっと山本がターニャに笑いかけた
『君はニーギちゃんとはずいぶん違うタイプみたいだね?いや、あの時の博打はイーブンに持ち込むのが精一杯だったが』
『キュ?お知り合いで!?』
『ま、ちょっと、ネ』
ウィンクされる
『さて、曲より面白い話を聞かせてもらった。私は戻らせてもらおう、こういう曲は好みでなくてね』
山本はターニャとは反対側の傍らに置いてあった目差し帽をかぶり出ていこうとする山本
『どうだね、どこかで歌ってくれるか?』
『私は歌い子ではありません、お断りします』
うむ、あくまで寝技で国を造る気はさらさらないという事か・・・利益のみで動くならそれはそれで問題だ、だが彼女にその気は無い
『合格だ、話は出してみよう、少なくとも私は賛成に回る、博打は大好きだからネ』
『ありがとうございます!』


『あれからもう、一年か・・・』
大陸の朝は早い、陽光が五島の顔を照らす。腕のなかには二人の子供がすやすやと眠っている、昨日は寝付けなかったのか泣いていたので五島が外で徹夜であやしていた
『ゴトー?』
『あ、ニーギ、起きたか?まだ寝てていいぞ。俺が休みとれた時ぐらい、ゆっくり休みなよ』
『キュウ、もう慣れたから、大丈夫・・・むにゃ・・・』
子育ての苦労は並大抵のものじゃ無い、できるだけの事はしたかった。そうは言っても眠たそうなニーギの頬にキスをしてベット連れて行って寝かせる。
『キュ〜でもぉ・・・』
『海軍は夜戦は大得意なんだ、徹夜の一日や二日、むしろ嬉しいくらいさ』
一応海軍とレーヴァテイルのプロパガンダの代表である事からデスクワークに回されて、休みもままある。ニーギの身体も大事にしたい
『じゃあ撫でさせて』
『はい』
赤ん坊の頬を撫でると赤ん坊が微笑んだ
『ニーギにホント似てて美人だよなぁ』
覗き込んだ五島が全く堪らないといった顔をする。女の子の場合、レーヴァテイルの子が生まれる。男の場合は人間として生まれてくる。第一子は女の子だった
『ゴトー、おもいっきり目が垂れてるよぅ、ふふっ♪よかったね〜、クーニャ』


もはや完全な親バカである
『まぁともかく休みなって、おっぱいの時だけ起こすから』
『うん・・・』
ニーギを残し、窓辺に移動する
『平和だなぁ、クーニャ』
方法はレーヴァテイルが手段は列強が、力は帝國がという世界の力を合わせた戦い以降、戦乱という意味での混乱はなりを潜めていた、反帝國の活動も後ろだての列強が守りに入った為に活動が鈍っている。休みが取りやすい理由はそれもあった
『あの時に広がった詩、唄う海を覚えてるか?お前はその詩の子、新しい世界の子なんだぞ・・・世界の意志の力ってやつの』
五島は子守歌を歌う、ニーギよりは下手だが我慢してくれよと呟いて。クーニャはまだ気持ちよく寝てくれている
『お前は怒りに捕われぬよう、悲しみに沈まないよう、幸せに笑い、歌って暮らして欲しい、世界がそうであって欲しいように、生きてほしい』
次の世代が誰にとっても安らかな世界が作れれば・・・そのために大人は常に動かなければならない
『お父さん頑張っちゃうぞ〜うりうり』
頬をぷにぷにする・・・いかん起きそうだがクセになりそうだ
それでも一抹の不安がある。我々が唐突に現れたように、唐突に消えてしまうかもしれないという誰にも拭え無い恐怖だ


転移から五年、大陸に渡った人間の中にはこちらの世界の人間と子供を成した人間がどれだけいるのだろうか
『では、聞きます、その子供達は一体どちらの世界の存在なのかと』
必ずや増えていくであろうその存在、国内に留まっているほとんどの帝國人はいい、帝國そのものが世界なのだから、そこが発展、伸長し続ければまったく問題無い。だが、この子は・・・この子らは
『ニーギに託すのが不安な訳じゃ無い』
しかし多大な苦労はかけるだろう、心苦しいのは変わらない
『我等の郷里は既に一つ所に在りて一つ所に在らず、いずれ残されるやもしらぬ誰かの為に』
為せる事を為すべきなのではなかろうか、この世界と深い所で関わってしまった人間と言う存在は
『だからお父さんはあがき続けるよ、クーニャ』たとえ海軍が不干渉を貫いても。たとえ、世界がその存在をまた否定したとしても
『世界はあの唄う海で一度一つになれた、そしてクーニャが生まれた・・・この奇跡を絶やしちゃならない、絶対に、そうだろ?クーニャ』
クーニャがうっすらと目を開けて笑う、そして・・・
『パァ・・・パ?』
『・・・うぉおおおおお!!!ニーギぃいっ!!!クーニャが喋った!喋ったぞぉおおぉ!!!?』


こんな小さな奇跡をずっと続けていきたい
『もぅ・・・ゴトーったらぁ』
君と、私と、この子、そしてみんなで、これからもずっと・・・


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