『唄う海』後日談1


横須賀

あれから二週間、本土へと第一、第三艦隊とも給油作業を行いつつ、帰還を果たしていた。兵力の移動を悟られぬよう大陸に展開していた第二艦隊も同じく本土へと帰還を果たしていた為、まさしく聯合艦隊の主力が本土へと完全に帰還したと言える。大陸には、限定的に主力大型艦として5500トンクラスしか持たない、海防艦による根拠地隊を主体とした第四、第五艦隊しか存在しないことになる。重巡は各戦隊、2隻ずつの分隊で、第一艦隊に附いている第七、第三艦隊に附いている第八、両戦隊を除いて各戦隊の2隻ずつは大陸に張り付いているのが常態だ。それが一同に会している(もちろん各鎮守府に艦は分散はしている)、観艦式でもないかぎり有り得ない光景が横須賀沖に広がっていた。
『海軍には復帰できたものの・・・』
志摩夫妻が一般港の方で二人佇んでいる、志摩は杖を持った姿で、桂の方はむっすーと頬を膨らませている
『これじゃなぁ・・・』
『なによ、あたしは文句ないわよ、別に』
ありありだろ、どうみても
『約束したんだ、彼女は引き取るって、彼女には誰も居ない、親族もいないし、一人置いておくのは可哀相じゃないか』
『それ五度目、あたしは可哀相じゃないですよーだ』


キキーッと言う音がして、そばに寄って来た黒塗りの車から、目隠しされたミスミを連れた松浦夫妻が出てくる
『松浦大佐』
志摩が敬礼をする
『うん、ミスミさん、取って返してですいませんが、大陸への船に乗ってもらいます、ここでは目隠しを取っても構いませんよ』
ミスミが目隠しを取る、それを確認してぶすっとそっぽ向いたままの桂に声をかける

タッタッタ

『ほら、桂、紹介するよミスm』
ミスミが駆けて、振り返りざまに志摩に抱きついてキスをする、志摩は時間が止まったようにフリーズしている
『あ゛ーっ!!』
桂は奇声をあげた、ミスミは流し目で桂を見ている
『あら、素敵な宣戦布告。挑発なんかしちゃって』
幽弥がくすくすと笑っている
『ちょ、ちょっと!離れなさいよ!!』
『親愛の情を示しただけです。なにか?』
志摩はもうフリーズというよりかは石化してしまっている。松浦の方は腹が痛い、あいたたたと、トイレの方へ役に立たない男どもである
『これより志摩様の身の周りのお世話をさせてもらうミスミです・・・よろしく』
『そう、志摩の《妻》の桂よ、よろしく』
空気がひどく帯電しているのがわかる
『ま、身の周りなんて私一人で、全然十分だけど』


『志摩様の左腕は私を庇って失われたもの、自分の身をもって、ご奉仕できなければ私自身の生きている意味を見出だせないのです』
『へぇ、あなたが志摩の左腕を・・・そんな人を、《妻》の私が許せるとでも?』
う・・・桂とミスミから本気の殺気が
『お、おぃ、ちょっと待tがはっ』
間に志摩が入ると、桂からは肝臓あたりにめりこむ拳を受け、ミスミからは首が折れそうな手刀を受け悶絶する
『し、志摩っ!?(や、やばっ結構本気で)あなた何するのよ!!』
『志摩様!?(はっ!思わず本気で・・・)あなたこそ、こんなひどい仕内を・・・!』
見れば志摩は完全にグロッキーである(数日三半器官がぐるぐるして血の小便を出すことになる)
『こらっ!・・・まったくあなた達は二人して志摩君に何してるのよ』
幽弥が来て二人を叱る
『ご、ごめんなさい・・・』
『申し訳ありません・・・』
二人がうろたえる
『いい、彼から絶対言わないで下さい、と言われたけど・・・言わせてもらうわね』
幽弥が一息つく
『彼、片腕失ったことで心臓にも負担がかなりかかってるから、普通の人より長くは生きられないのよ?確実に。それなのにあなた達は、志摩君をこんな風に扱ってて、本当にいいの?』


『『え・・・?』』
『志摩君はそれでもあなた達ふたりを支える為に無理に無理を通して海軍に復帰して・・・あなた達それで、妻だ、左腕だと言えるの?』
『『う・・・』』
『私から言えることは、それだけ・・・志摩君に決めてもらいなさいな、結論は。女二人で話し合った事をきちんと話して。彼は、ちゃんと聞いてくれる人でしょう?ま、とにかくの船に志摩君運んで、それから、ね』

彼等は大陸に移住する、その見送りに来たのだ、本来は
『『・・・はい!』』
うーん、と唸っている志摩を二人で運びだす、一般人より海軍さんとして先に入れてもらう手筈になっててよかった、他人の目があればあんな話は・・・松浦が戻ってくる
『幽弥』
『嘘も方便です、志摩君が秘密にしてたのは本当みたいですから』


海軍省
『君の残りの命は常人よりは短かろう、しかし金はさらに入り用だ・・・場所は、面倒な任地だが君にうってつけの場所でもある』
『特別佐官、ですか?』
『(受けておけ、悪い話じゃない。桂さんにミスミさん、傷夷軍人の手当だけではキツいだろう?)』
『位的には、中佐より上、大佐より下の位置付けだ、保証として一筆、私から入れておく、任給は少佐の分ぐらいは出す』


虫使いとしてのミスミの危険性を帝國、いや、帝國海軍は値踏みしていた

『終わりではない』

砲撃の合間、トランス常態に陥り、この言葉を吐いたミスミを未来の驚異として処分するか、部内の一部で松浦を含め、協議が行われていた
『その女が何らかの鍵であるならば消しておいた方がよいのでは?帝國の驚異が減る』
『予防線として保持しておく方が益では?帝國の驚異が現れたときの為に』
『女一人に人を割くのか?レーヴァテイルが居るのにナンセンスだ』
『しかしそれはオリジナルではない。何かあってから、責任は取れるのですかな?』
このような議論が成されるなか
『その女にかなり近しい帝國人が居ます。こちらの身内で、先日戦傷で退役しましたが・・・彼にやらせてみてはいかがか?』
松浦が発言する
『ほぅ・・・しかし退役してしまっていては・・・適当な役職を作ってよし、とするか?』
『安定化の件もあります、ついでにぶちこめば廃品利用で実によろしいですな。』
『囲わせておけば寝返ることもありますまい、ま、妥当な所か』
『消すのも、居場所がはっきり掴めてなら、確かに、たやすいですからな』

志摩が海軍省に呼び出されて任官の話をされた背景はこうである


『確かに拝命は致します。が、しかし彼女を囲えとは・・・私には妻が居ます』
この馬鹿、どこまで彼女に関しては強情なんだ、ただ、はい、と言えば良いだけだろうに・・・それは。桂さんには不貞になるだろうが・・・
『その女には、特殊な能力がある。放っておけば、逆に君の望まない方向に事態は、我々が動かずとも進むと思うが、それでも良いのかね?第一、海軍、ひいては帝國の為だ。いや、拝命するというならばこれは命令でもある。その女の自由意志を殺す、つまり手っ取り早くて穏便な手は囲う事、違うかな?』
それは違わない、だが・・・それは
『・・・』
『志摩・・・!』
『オールオアナッシング、だ。無かった事にしてもいい、そのミスミとか言う女は諦めてもらうしかないがな・・・そのあたりは考えて、君は連れて来たのだろう?』
しばらくの沈黙の後、重く、ゆっくりと志摩が口を開く
『わかり、ました・・・彼女を囲います』


幽弥にはそれを話した
『結局、実在的な繋がりが無いと信用できなかったわけだ、海軍は』
『まぁね、それも考え方の一つでしょ。あってしかるべき、ね・・・ま、でもこれで志摩君が酷い目にあうのは少しは減るでしょ、枯れちゃうかもだけど♪』


『たいした悪役ぶりだな、幽弥』
松浦はあの場に居られる事自体、信じられんという口調で話す
『ふふふっ♪桂ちゃんが志摩君が想ってるように、愛され続けてもいいし、あんな事言われてじゃ、ミスミって娘が強引に関係を持っちゃっても、桂ちゃん、納得は出来なくても理解はしてあげられるようにしただけ。うまくいけば二人とも丸く志摩君の手の中に納まるってわけ・・・あのままじゃ、死合いになってるでしょ?絶対』
『まったく・・・男には出来ん思考だな』
うまく海軍が求めている状況に持って行っている・・・まぁそうできないかと思って話したのはある、が、事が事だ
『当然です、女ですから』

見ていると一般客の乗り込みが始まった、甲板には桂だけが出て来て、松浦達に手を振る、ミスミの方は志摩に附いているらしい。それに手を振り返して車へと引き返す


『上手くいくと良いな』
『そうね、あの三人の先に幸がある事を、私は願ってやまないわ』
・・・でないとあんなに楽しくからかい甲斐のある人がいなくなっちゃうもの

ふふふっと笑う幽弥。もしかしたら、一番の悪人は彼女なのかもしれなかった


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