『唄う海』64


建物のほとんどが焼け落ち、今は燻るばかりとなったハマの上空を彩雲は飛ぶ
『電波障害なんか無いではないか』
彩雲は昨日から交代で三機ずつ、ハマの上空に待機していたが電波障害があるとの報告から、一機ずつ都市上空をフライバイしながら監視を続けていた
『大体、俺達こんな所にいて襲われませんかね?』
列強とは話がついているというが
『その時は、この彩雲の足にものを言わせるさ、我に追い付く生物なしってな、といっても誇れる事じゃないが』
ちがいない、と機内の三人が笑う、ワイバーンなんぞにこの彩雲、落とされることは万に一つも無い、そう信じている風だった
『おい、定時の連絡だ』無線と電信双方で僚機と艦隊に連絡する手筈だ
『はい・・・あれ?』
電信員が首を傾げる
『どうした?』
『いえ、無線が空電で、うおっ!?』
キィーン!という高音に電信員が無線から耳を離す
『機長!下を見てください!!』
『ん!?』
偵察員の叫びに下を見る機長、そして、それを始めて見る人間と同様に絶句した
『あれが・・・虫の集団だというのか』
どこに隠れていたのか、街のあちこちから砂嵐が巻き上がるように黒いそれが空へと飛び立っている
『離脱する!連絡急げ!』


夜明け・・・信濃の甲板上には五十頭ものワイバーンが並び、整備員達の手入れをする姿と共に朝焼けに映えている

『彩雲からの報告が入るまで待機します。これは、虫達が食べる物を喰い尽くし、他の都市へと飛び立つその時が補足する機会だからです』
五島が青い顔で説明する。前日、ワイバーンに乗っての訓練に付き合い過ぎたらしい
『ここで逃してしまえば、大陸での虫の拡散は避けられません、この艦隊もレーヴァテイルの数が足りませんから、再トライも実質不可能です』
ここで言及はしないが、艦隊の消費する油も問題だ、第一、艦隊内では作戦に乗り気でない人間も多い。一度失敗したならば、本国を固める為と勇んで帰ってしまう事だろう。もし、彼等が帰ってしまった場合、火力に於いてこの世界の物では撃滅に絶望的にならざるを得ない。時を置けば彼等は増殖し、どうしようもならなくなる
『皆さんの力で成功させましょう!必ず!』
『おう!』
『はーい!』
長年ワイバーンに乗っている騎士達はともかく、波に乗る事と同じように空の風に乗る事を訓練でも好んだレーヴァテイルの彼女達も、今日のコンディション良好のようだった。騎士達も事情を知れば、熱意を持って取り組んでくれた


無論、信じられない向きもあったろうが、この新型空母である信濃への発着艦を始め、艦内での行動、私自身が乗り組んでの訓練、全てにおいて手を抜く事は一切なかった
自分の熱意にほだされて、とは言うまい、騎士達には昨日一日の出撃ののち、無理を押して来てもらって、かつ、艦隊にもしなくてもいい危険な行動してもらっている。命令を下されたならば、それは己の義務である、と一心に取り組む様に、自分の義理人情といったものを挟むことは無礼でしかない。両者ともに、本当に頭が下がるばかりだ
『五島大尉!』
伝令が駆け込んでくる、渡された走り書きを読む、そうか・・・
皆がこちらを見ている
『虫も、我々と同じく、日の出と共に行動を開始した模様です、進攻方向はペルトバジリスク。ほぼ、予測通りです・・・行きましょう。市街地に飛び込まれてからでは手の施しようがありません』
伝令に風上に艦首を向けるよう艦橋に走らせる、艦橋の方を向くと艦長がこちらを見ていた、居住まいを正し最敬礼をする
『では、それぞれの騎に搭乗し、合図がありしだい発艦します!解散!』
最敬礼から直り、解散を言い渡すと組んだペア同士で自分の騎に向かう
『ゴトー!』
『ああ、行こうか!』


ニーギと共に三人乗りとなってワイバーンの機動力は多少落ちるが、共に行く騎手に謝りを入れる
『すいません、無理を言います』
『指揮官陣頭が世の習いはどこも一緒、気にせずともよろしいです、ましてや・・・』
ニーギを見る、一緒にワイバーンに乗ったり喋ったりしたことで無知から来る嫌悪感は拭い去ることができたようだが
『女の部隊といったものを最前線に投入するとなれば・・・でざるを得ないでしょうしな』
『いえ・・・このニーギは私の妻でして』
『えっへへ〜♪』
『なんと・・・!』
騎士はニーギと私を見比べる、ニーギは先にワイバーンの元へ
『私は部隊指揮官としての義務よりも、妻だけを危険な場所に行かせるわけにはいかない、その思いの方が強くありまして・・・恥ずかしいかぎりです』
私はなんと皆に比べて情けないのだろうか
『いや・・・よく理解できました。そうであるからこそ、このような作戦案を作ることができたのでしょう』
それには答えず、ニーギが自分の乗るワイバーンの鼻面を撫でているのを見る。不意に信濃が少し傾いた、風上へと変針したのだろう
『・・・さぁ、いきましょう』
『ええ!』
艦首に置かれた発煙器の煙が、一直線に艦尾へと流れた


『そうだ、出陣の際には君達騎士団はどうするんだ?』
前に操縦する騎士を乗せ、後ろに五島をニーギを守るように挟んで座らせる形だ
『名乗りを上げます、本来は騎士団長が代表して・・・しかし』
先日の空襲、扶桑への航空攻撃、双方で失われた指揮官クラスの騎士があまりに多かったのだ
『構うものか!たかが五十人、この艦のほとんどの人間が君達一人一人の名前を知らない、そんな事は許せないね、絶対』
昨日から戦々恐々でワイバーンの世話をしたりと大変だった整備班が飛行甲板へ出てくる。帽振れをするためだ
『整備員の誰か!!これから騎士団の方々が名乗りを上げ出撃します!一人一人の名をチョークで書いておいてください!!』
整備員達が少しざわつくと何人かがチョークを手に黒板へと走る
『そうか・・・俺達、ろくに名前も知らないのか』
こういった呟きが双方から聞かれた、騎士に五島が笑いかける
『誰も知らないなんて目には絶対にあわせない、絶対にね、さ、お願いします』
甲板誘導員が指示棒を振る、発艦の許可だ
『ま、まいったな・・・あんた、いい指揮官になるよ。いや、いい良夫に、か・・・アヴァラン騎士団第七列、メッゾ・カーネギー!推して参る!離翔!!』


五島らの乗ったワイバーンは羽ばたいて、ガキッガキッと装甲甲板を鳴らし、数歩走ると風を掴み、上昇していく、続く二番騎も
『ラマーナ島騎士団、深紅の第四分隊(スカーレットフォー)二番騎、マチィス・ダラシム、参る!』
と、各々が名乗りをあげては駆け出しては空へと上っていく、黒板に名前を書いている整備員以外は帽振れを続けている
『副長、帝國の最新鋭の空母から、まさか列強のワイバーンが飛び立つことがあろうとは・・・一体誰が想像しただろうかね?』
『はい、しかし、絵になる光景だと思いませんか?』
『ふふふ、そうだな』
艦橋では艦長以下がそんな会話をしつつ敬礼で彼等を見送っていた
『がんばってこいよぉ〜!!』
『かわいいねぇちゃん乗せてんだ、おちんじゃねぇぞ〜!!』
『また、デッキブラシでマッサージしてやるからな〜!元気に帰ってこいよ〜!』
下の甲板で帽振れをしている連中からはそのような声が聞こえてくる
『これはあの大尉に、まんまとはめられたかな?』
『と、言いますと?』
『我々は彼等、敵と呼ばれる列強の人間を全く知らなかった。だが、我々は知ってしまった』
艦長がにこりと笑う
『では、嫌でも付き合っていくしかないではないか』


騎上の人となった五島はごそごそと手持ちの物を確認する。乗り込む前にもしたが、もう一度、だ
『発光信号器、信号弾・・・よし』
無線と電信が使えないのは痛い、故にこれを使うのである、この虫を創った人間はこの事まで考慮に入れて虫を創ったのであろうか?わからない
『おべんと忘れてない?』
ニーギの声で我に帰ると荷物の中を漁る、あった
『三人分、間違いなくあるよ、手巻き寿司とサンドウィッチにチョコレート、保温瓶の中身は豚汁と紅茶の二本。食べないうちに済ませたいが』
ふうむとカーネギーが感心したように鼻を鳴らす
『騎上食もだいぶ違うものですな、我々は手づかみで食べれる物、干し肉やチーズ、パンにぶどう酒といった物を用意しますよ』
どうやら食べ物から見る分にはモンゴルの騎馬民族と近しい物もあるようだ
『そうですか・・・どっちにしろ私はあまり食べたくない気分になりそうですが』
昨日の訓練に参加したからわかってはいるが、ワイバーンが羽ばたくことでワイバーンの胴体そのものも上下に揺れ動く、作戦に不可欠なホバリングの時はさらに酷いことになる。慣れない物に乗り続けるのはつらい。五島も、船の上ならば結構な時化でも大丈夫な方なのだが・・・


『まぁ、我々の中にもそういう人間は居ますよ、龍との相性は抜群でも酔って乗れない人間、というのは。お、全騎飛び立ったようですよ』
空母から最後の一騎が飛び立つ、さっそく信号弾を使い、空中集合をかける、途中で行方不明になる騎を出さないためにもそのあたりは念入りに訓練でも練りこんだのだ。 『雲量はそれほど多くはなさそうだな』
無いわけではない、雲量3、そらに所々まだらにある程度で雨になりそうな雲はない、気象予測は時間が経てば降水率が高くなるとあったので、雲の位置はこれから低くなるといったところか
『ニーギ、肌、大丈夫か?』
空気が乾燥し過ぎるとニーギ達は痛いらしい、肌の保護にレーヴァテイルの肌はぬめって居る(その液自体は舐めるとしょっぱい、塩分の排出も担っているようだ)、水分が無くなってくるとひび割れを起こす、足ヒレをわざとぬめりを取り、二本の足にしているうちはなおさらだ。
『うん、水入れちゃんと持って来たから、大丈夫』
ニーギが水入れを見せてくれた
『忘れた子が居ないといいけど・・・』
『ニーギが忘れなきゃみんな大丈夫!』
おいおい、それって
『ニーギ、それは先生としてまずいんじゃないか?』
『キュ!キュ〜・・・』


ニーギの耳が垂れる
『き、気にしてるのにぃ・・・』
ああ、涙目に
『ご、ごめんごめん!ニーギは頑張ってる、ちゃんとわかってるから!』
『キュ〜・・・本当?』
『ホントホント』
たらりと汗が
『はっはっは!いい、夫婦ですな』
ああもぅ、カーネギーさんには笑われるし!
『で、予定地には、いかほどで』
話題を真面目な方へ変える、ニーギの頭を撫でながら、だが
『小半刻ほどかと』
一時間程度か、母艦がある程度近づいてくれたおかげだな、陸地に近ければ何もない海上で迷う可能性は限りなく低くなる、ありがたい。ほっと息をつくとその意を悟ったのだろうカーネギーは言う

『海洋を自在に飛べる、それだけでも愕然としますよ、我々は』 『いやいや、我々海軍はともかく、陸軍はそうそちらと変わるものではない、と海軍では言っております、活動の場の違い、それだけですよ』
陸軍への嘲りはここは伏せておく
『活躍の場の違い、ですか・・・お、ハマが見えてきました・・・こ、これは!』
上空は黒く煙がたなびき街は黒く爛れている
『写真で見てはいたが、実際に見ると・・・』
あれがあの街か、とも思う。まるで何かが焼ける匂いが漂ってきそうな、それほどの有様だった


ペルトバジリスク


『残存の兵力はいかほどか』
ラスプーチンの死を公表し指揮系統を復帰させる、彼は列強と繋がっていたため処断した、と、偽情報をまぶして
ネームレスには、いや、王となった以上アシェスと呼ぼう、は、投げやりなままで、リーネがアシェスの傍で兵卒に命じ情報を集めさせている所だった
『進攻して来た列強軍は、現在撤退を行っておりますが、我が軍は追撃をかける余裕はなく、壊滅状態です』
ガス戦の混乱から立ち直ったワラキアの率いる軍勢は、軍勢としてこぶりなヴァイスローゼン軍に機動攻勢とも言える波状攻撃をかけ、損害を抑えつつ、その撃破に成功していた。そんな中での撤退
『何故だ?何故蹂躙しない、踏み潰さない・・・』
通常の軍では有り得ないことにアシェスがぶつぶつと呟く、これでは列強の軍勢ごと敵味方、貴賎の上下区別なく混沌のうちに喰われないではないか
『ワイバーンは稼働しておるのか!』
『地上軍迎撃にむかった騎士団は消耗しており、残った騎数では有効な数には・・・』 第一、こうやって頭ごなしに命令が通るのは政権奪取の際にあらかたの王党派を消し去ったためでもある、兵力が少ないのもそのためで、それが今は致命的となっていた


『よくもまぁこんな状態で戦う事を選んだな』
呆れた口調でリーネが呟く
『そんな事は予測済みでしたよ、地方の諸候は内乱が起きた時点で様子見、兵なんか出しません、どちらかが勝つまでは』
だからこそ、ラスプーチンはこの戦に勝つために奇策、秘術の大盤振る舞いに加えて帝國の助力を望んだのだ、勝てば諸候はついてくる。列強は遠征可能な大兵力を失い守勢に回るしかなくなる。もとよりこちらは内紛で、ほぼ確実に小勢力にならざるを得ない、守勢を続けていては、数に揉み潰されて終わりだ。だから攻め続けるためにも、この戦いでの勝利が絶対だったのだ
『愚かな・・・兵に常道なし、勝ちを前提にしての戦略を練るとは・・・』
『勝つための努力はしていましたがねぇ・・・私がぜぇ〜んぶ潰してしまいましたが!ははははっ!!』
渇いた笑いを玉座で響かせるアシェス
『注進!注進!!』
息を切らして伝令が駆け込む
『どうした!』
『ハマの方面から・・・はぁはぁっ・・・虫どもが!!』
ついに来たか!
『あぁ・・・来ましたか・・・くは!くははははっ!はっ!美も醜も、老いも若きも、貴も賎も、男も女も関係ない、全ては平等に蝕まれ。世界は!この私の愚行で滅びさるのだ!』


『ヘ、陛下?』
その異常性に伝令があとずさる、まずい、ただでさえ崩壊寸前な上に、組織のトップが壊れたとあっては

ヒュウッ

『許してもらおうとはおもわん、が、せめて女の胸のうちで逝くがいい』
喉元から、切れた気管からのヒュウヒュウという音がする、蛇腹剣の予備の刃を手甲につけ、かき切ったのだ。そのまま伝令の体を受け止める。信じられないという風にパクパクと口を動かす様に、唇も唇で塞いでやる。しばらくすると動かなくなった
『無駄ですよ、全てなくなるのですから』
アシェスの言を無視し、リーネが死体を床に置いて窓際に近づく
『なるほど、雲霞の如くとはこの事をいう訳だな』
ハマの方面から黒い染みが沸き上がってくる
『理解して頂けましたかな?』
リーネの肩が震えている、やっと理解しましたか、全てが終わることに・・・いや、何故笑っている?
『くっくっくっ・・・お前の中に存在しない、明日というものが来るぞ!・・・やってくれる。本当に』
『・・・!?』
窓際に寄って空を見上げる
『馬鹿な・・・』
ワイバーンにレーヴァテイルが乗って空を飛んでいる。自国のワイバーンではない、ならば列強のワイバーンであり、乗っているのは帝國の・・・


『何故見捨てない、何の易もないのに、自国の優位を何故崩す、それに・・・ありえん!』
互いに大被害、特に列強は受けたはず、協力体制など、すぐすぐ簡単に出来るものではないはず。そんな世界ではない!絶対に違う!恩讐や憤怒から人は抜け出せない、そういう存在だろうが!人とは!
『認めない、これは何かの間違いだ!』
ワイバーンが街に虫を入れぬよう展開していく、どうして裏切り者の街を守るんだ! 『世界はいつでも回っている。お前が歩みを止めた時点で、お前の知っている世界とは既に違ったものになっている、そういうものだ。私も・・・』
あの時はそうだった、場を弁えず、自分の世界のルールで身勝手に自分の許せぬ者へと斬りかかった
『・・・そうだ、奴らを後ろから迎げk』
『まだわからんのか!』

パシン

『あ・・・』
リーネの怒声と平手がアシェスヘ飛んだ
『アシェス、お前の負けだ。お前がそうなってしまったその背中に背負うもの。まだ時間はあるんだ、別な歩みもまた・・・出来るはずだぞ、私に出来たのだからな』
その言葉の温かみは・・・昔・・・
『かぁ・・・さん?』
ふっと肩が軽くなった気がした
『後はあっちの企てがうまくいくかどうか、だな』


『平面陣形構築!』
間一髪だった。ペルトバジリスク市街へ到達され、上下水道の中にでも入られたら手に負えなくなる所だった
黄色い信号弾も掛け声と共に上空に向けて打ち出す
『みんな見逃しては・・・ないな!』
いくら声をかけようが、無線を鳴らそうが、さらには信号弾を打ち上げようが、気付かない場合はありうる。確認に手間をいくらかでも取るのは無駄にはならない
『ほ、本当に止められるのか・・・?あんなものを・・・』
カーネギーの顔からは汗が一雫
『大丈夫です!ニーギにターニャそして48人のレーヴァテイルの音の壁・・・うまく、いきます!必ず!』
五島に出来るのはここまでだ、あとは祈るしかない。あとは騎士団の人達とニーギ達が全てを担う
『ゴトー・・・もうそろそろ』
みんなが不安になっては歌も動揺してしまう、早めに歌い出した方がいい、ニーギの目はそういっていた
『ああ、そうだなニーギ、頼む』
息を大きく吸い込むニーギ、歌いだしは彼女の役目だ

♪尊い貴方を守護(まも)るために この歌を奏でよう♪

ニーギが奏でる心地よい歌が、音量を増しつつ、展開するレーヴァテイル達に広がっていく、音が重なる事で一つになっていく様は神々しくすらある


気流の乱れは騎士団として空にあり10年以上経験のあるカーネギーさんらに任せておけばいい、今までずっと期待に答えてくれている。
『あとは、抵抗ある餌場にいつまで虫どもがこだわり続けるか・・・』
普通の生物であればよほどの事がなければ抵抗のある所より、別の餌場へと向かうはず。そのためにイェンサー殿に頼んで、ヴァイスローゼンに進攻していた地上軍を戦況有利でありながら退かせてもらったのだから。他に餌場を与えない為に。第一艦隊という餌に食いついてもらう為に

ぐおんっ

『ぐっ・・・視覚出来るだと!?』
歌と羽根音、双方が干渉し、ぶつかりあい、うち消しあう。空気を伝う波紋が層を創り、広がる
『全然規模が違い過ぎるが・・・まるで、こいつの防護結界みたいじゃないか・・・』
カーネギーが自分の竜を見て呟くが、それは五島の耳へとは届かなかった

『キュウ・・・』
何度目か・・・少なくとも五度以上虫達は餌場に向かって突進を繰り返した。曲自体も、何度もループを繰り返している、あちらが狂騒状態なのに対して、こちらにはニーギ達の疲労は蓄積していく
『もう少し、もう少しだけ耐えてくれ、ニーギ・・・』
なにか、もう一押しが出来れば・・・!


『随分と面白そうな事をしてるじゃないか、背中がガラ空きだが』
っ!?この声は・・・
『リーネさん!?何故ここに・・・』
まったく思慮の外である、後ろにはワイバーンが十騎
『ま、色々あってな。それはどうでもいい、難渋しているようだから、新国王にごり押しして持って来た。私の国の上で勝手にやってくれるじゃないか』
な・・・え・・・?私の国?・・・ワイバーンのブレスなら、砲兵装にあるべき発砲音が最小限に抑えられる。これまでの抵抗に加えて、固体数が減らされる攻撃が加えられるならば!
『リーネさん!一撃離脱を繰り返す形でブレスの掃射をお願いできますか!?』
『うん、承知した。一撃離脱は考えていた。あまりあれに接近したままで居たくないしな、任せろ』
指揮杖をふりあげて部下を率い、虫の塊へと突進していくリーネ
『ニーギ、リーネさんが突っ込んでいる間は押し込まれないよう、耐えてくれ』
こくん、とニーギが汗を浮かべた笑顔で頷く


『退き・・・始めた?』
虫達が退き始めたのは街の方面へ二度押し込まれ押し返しつつ、五回のリーネらレーヴァテイルを乗せていないワイバーンによるブレス攻撃の一撃離脱を加えてからの事だった
『あとは・・・』


大和・昼戦艦橋

『おそらくは、あなたが異世界人として、この艦橋に立つ人間となるでしょう』
ダークエルフも未だ入ったことのない聖域、そこに今、ミスミは存在していた。いい意味でも悪い意味でも保守的な海軍はダークエルフを陸軍の手先とみる分もある(事実手先として行動している者も・・・)空母の発艦促進装置の際ぐらいにしか、ダークエルフが関わることがなかったからでもあるが、海軍に彼等ダークエルフの居場所はなかった、資源の情報以外は用済み、といったところか
『獣人は・・・多少見掛けましたが、松浦中佐』
『機関科の重労働や、物資の移送、積載には彼等の馬力はありがたいが、艦橋に上がれる身分でない。悪くいえば苦力でしかないからな』
身分意識は海軍の方が陸軍より強かったと言われている
『何故お前がここに居るんだ、という視線はそれで、ですか・・・』
『はっはっは、多少不快でも我慢してくれ、ある意味家族的、部族的でもあるという事だ。内に入れば、これほど居場所として悪くない場所もないと感じられるようになる』
『そう、なんでしょうね・・・』
志摩さんは海軍がとても好きだった。あの人がそうであるならば私も、大丈夫・・・ 『長官!来ました!』


伝令が息せききって駆け込んで来た
『誘導成功です!海岸線にむけて虫群は飛行中、間違いなく、我が第一艦隊へと向かってきます』
『うむ』
艦隊司令の近藤信竹大将が頷く
『当然だ、第一艦隊にどれだけの人間が居ると思っている。第一、第二戦隊だけでも一万を越える、随伴を含めればこれだけ魅力的な目標はない、さぁ来い、撃滅してやる』 好戦的に顔を歪ませ・・・笑ったのだろう。宇垣戦隊司令が呟く
『砲戦距離は二万だったな、高度は二千、砲術はきちんと確認しておるか?』
有賀艦長が伝声管へと声をかけている、砲戦距離が二万と決まったのは、訓練したのが信濃、つまりは第三艦隊の直衛艦をしている金剛級の14インチ砲に合わせたからだ。それにしても最大射程からは近い、それは確かに遠距離であれば到達時間は長くなる。しかし、終末速度で加速する状態の砲弾より、多少到達時間が短くとも、いくらかでも速度の遅く、安定した状態での砲弾に対応させようという五島の心配りでもある。
『弾道データ収集のためと欲張るなよ、着弾点に居るのは味方なのだからな、手筈通りに頼む。そうだ、斉射でなく斉発だ、時期をあわせて、ああ、向こうにだ』
投射弾量より、確実性を選んだらしい


『いよいよ、ですね・・・』
ミスミの胸中は複雑なものだった、自分と失くしてしまった部族の思い出も繋がりも、虫達を介してのものだ、もちろん彼等を滅ぼさなくてはならない・・・だが胸を貫く寂寥感は偽れない
『虫群、来ます!』
艦橋に緊張が走る双眼鏡のある者は思い思いにレンズを空に向けて、同様に唸った 『ぬぅっ・・・!?』
『おお・・・あれが・・・』
『これが・・・た、確かにこれは脅威と見なしてよかったかもしれませんな』
会議で反対していた参謀連中も意見を変えざるをえない、その説得力を見えて来た虫群はもっていた
『総員、第一戦闘用意!』
大和の三基ある砲塔が旋回し、仰角を上げる、まるで馬上の騎士が槍を振り上げるかのように
『砲撃の際は撃ち方始め、といって撃ち始めます、大音響には慣れてないでしょうから、耳を塞ぎ、口をあけ、お腹に力を入れておいてください、胃の疾患はありませんね?』
松浦中佐が親切にも逐一説明してくれる、従っておいたほうがよさそう
『レーヴァテイル・ワイバーン部隊、陣形構築に入ります』
一つところに留めて目標として作り出す、これがどれだけ大変か私には解る
『構築完了!規定の信号弾!』
『撃ち方始め!!!』


その時は来たれり

その時は来たれり

幾万の雷鳴を平伏し、撃ち倒すかの轟きは水面(みなも)を揺らし、荒れ狂わせ、空気の振動の奥から万知の匠の手をえて刻まれた螺旋により回転を得た赤熱の鉄塊が全てを引き裂いて飛翔する。
鉄塊の後ろより流るる軌跡は、その行く先を見定める者の目を焼き付かせ、残像を残した

扶桑樹の名をもつ同朋(はらから)を焼き尽くし太陽と見紛わんとするほどのものを現出させる力を持つ、人の作りし凶器の一つの到達点

我に平れ伏せよ

我に平れ伏せよ

帝國の前に立ち塞がる者は道を開けよ、我は放たれたば、止まる事を知らぬが故に

我が名は大和、46センチ砲弾のおたけびを聞け!そして畏れよ!いかなる者とて打ち崩さん、いつか、同じき命を持つ誰(たれ)かと思うべく戦い、命尽き果てるまでは


ぞくっ・・・

ミスミが主砲発射の衝撃に肩を震わせる。時が止まった、とすら思った
『ようこそ、我々の世界へ、異世界の人間よ』

松浦中佐の全てを知ったかのような言葉が聞こえ、そして耳から離れない。幻聴なのかもしれない。誰もが艦という生体の中で緻密に動いている、そして私も今はその中に居る
そこで、一体何が言えるというのだろうか


『耐えてくれ、すまない、耐えてくれ・・・!!!』
海上に虫群をおびき出しているうちは虫から一定の距離をおいて飛ぶことで、ニーギ達を無駄に歌わせずに済まし、いくらか消耗を回復することが出来た。しかし疲労が大きい。やはり、歌と羽根音が打ち消しあうという状態でいることは訓練でも想定できず(感覚的に、太鼓の叩く反対側に付かず離れずで居続けると考えてもらえばいかに消耗するか解るか、と思う)
それが今度は繊滅の為、包囲して定点に集めておかねばならない・・・つまりは虫の密度は増し、囲うという作業の為、一人が請け負う虫の羽根音の音量も大きくなる、しかしこれがなければ広くバラけてしまい、攻撃をかけたとしても、虫を逃がしてしまう可能性が非常に高くなる。逃がせば、時間は多少伸びるだろうが。彼等は増殖し続け、全てが終る方法はこれしか思いつかなかったのだ
『♪祈りの言葉 貴方へと紡ぐ 深い嘆きを解き放て♪』
歌いつつ、やつれながらもニッコリとニーギが微笑む。距離も、もういいはずだ、艦隊はちゃんと見えているし囲い込みも、もう・・・もう十分だ!
規定の信号弾を掲げる
『眠れ!人は!世界は選択したんだ!お前達でなく、自分達で決着をつけると!』


ヒュルルルル〜・・・パン!


間の抜けた信号弾の破裂音、すぐさま、あの大きい艦大和だろう、第一艦隊各艦から発砲した閃光が見てとれる、着弾までは約一分、ワイバーン(今まで略称していたが全てロードである)でも一分あれば全力で五キロやそこらは動ける、つまりはそれ以下の話ではあるが虫達もそれが出来る。散布界の中に捕らえるにはギリギリまで踏みとどまらなければならない
『タイミングだ、タイミングが大事なんだ・・・死なせず、取り逃がさず・・・カーネギーさん!!!』
『ああ!!!』
風を受けてワイバーンが急上昇する、五島も信号弾をもう一度打ち上げる、見逃したら、待っているのは確実な死である
他の騎も同じように上昇する、これも砲戦距離を二万にした為である。遠ければ遠いほど山なり弾道で上から覆い被せられてしまう、だが、近くなれば山は低くなり上空により安全な空間が広がることになる。
『ニーギ!』
『キュウ!?』
後ろから押し込む形で来るかもしれない弾片から護るべく身体を押し付ける
『ぬおおおおおお!!!』
カーネギーは轡を掴んで身体を維持しつつワイバーンをロールさせながら上昇させる

5・・・4・・・3・・・2

『着弾、今!!』


ドドドドド!!!!

眼下が対空砲弾の着弾で黒く染まる、虫達に直撃だ!
『やりましたな・・・!これで・・・』
『まだだ!実際に直撃を得れた弾はよくても一、二発。行ってください!もう一度です!!』
カーネギーに怒鳴り返して頼む。見た目は派手だ、もう行きたくないのもある。でも普通に考えればそうでしかない。戦艦とはいえ砲弾の一、二発でどうにかなる相手じゃない!
『信号弾!』
『ゴトー!居た!あそこ!』
再度陣形構築の信号弾を発射したところでニーギが空の一点を指をさす。虫群だ、よかった、砲弾の炸裂で混乱しているようだ。群れの分裂もしていない、これなら陣形再構築に多少の時間がとれる
『続けェ!!』
何度でも、何度でも繰り返して倒さねばならない
『ええぃ、指揮官陣頭じゃ仕方ありませんな』
カーネギーさんら列強の騎士さん達に心の中で謝る。レーヴァテイルのみんなにも 胸に手を置かれた、ニーギだ、置かれた手を握り返す
『ニーギ・・・恐いか?』
『キュキュ、恐いけど、ゴトーがいるから・・・大丈夫!』
強く、強く握りしめる、お互いの手を、そして二人正面を向く。カーネギーの操龍で虫達へと一気に急降下だ!
『みんな!いっくよぉっ!!』


それから何度目の砲撃後だっただろうか
『虫が・・・落ちていってる?』
明らかに無傷な個体も海へと落ちていっている
『個体数が減って、歌の本来の効果が出だしているってことか!』
ミスミさんの話だと、元は機能停止の歌だといっていた
『上昇します!!』
カーネギーがそういって騎を上昇させる、五島も信号弾を忘れない、肖煙臭いが文句もいってられない
『なら、もう撃たれなくていいんですね!?』


ドドドドドドド!!!!!!

そうです!とカーネギーに言おうとして下からの炸裂音で言葉が遮られる
『まずい!』
見れば、虫群が砲撃によって遂に二つに分かれたが、それぞれが逃走を図っている、ここまで来て・・・何て事だ!ワイバーンも疲労で追撃戦までやれる状態じゃない
『どうする・・・どうする!?』
考えろ、考えろ・・・!『とりあえず追ってください!完全に引き離される前に!』
『ああ、わかりました!』
虫は今までの事で学習したのかワイバーンを避けだすルートとるようになっていた。まてよ・・・
『雲は水蒸気の塊、水滴、歌でそれを震えさせれば・・・』
歌の効果範囲が広がるかもしれない!誘導だけなら疲労したワイバーンでも出来る!しかし・・・


雲の中に入ってしまえば、第一艦隊からの発砲の光が見えなくなってしまう。それは離脱のタイミングを計れないことを意味する・・・中での気流も荒い
『五島さんよ、そんなの、もう身体で覚えましたよ』
『ゴトー、やろうよ!』
『無茶過ぎr!』
『『お前(ゴトー)が言うな!』』
カーネギーとニーギの声がハモる、目が点になった
『そうか・・・今までだって、十分無茶してきたよな・・・』
『いまさらだよ、ゴトー』
笑う、ニーギはいつも笑ってくれている・・・それがどれだけ支えになった事か、そして彼女はやろうといっている
『・・・わかった!カーネギーさん、近くの騎に横付けしてください信号弾を決めてないので口頭で伝えます、今の誘導ならそれで十分でしょう』
『任せておけ!』




彼等の確実な足跡はそこで途絶えている

『ニーギ先任は!五島大尉はどこだ!?還ってきていないのか!?』
カラカラになった声で叫ぶも返事は還ってこない
『ターニャ先生、ニーギ先生達は信濃の方には戻ってないそうです』
疲労の激しい、あるいは負傷したほとんどのワイバーンが第一艦隊に着艦していた。奇跡的に49騎が生還で軽傷者が数名出ただけだ
『先生達が身代わりに・・・』


『身代わり等あってたまるものですか!!』
あの人達が死ぬはずがない!
あの白乳色の雲のなか、ニーギ先任の歌は聞こえ続けていた
『生きている!絶対に!』
ターニャは初めて他人の前で涙を流した
『先生・・・』

カシャン、カシャン、カシャン

大和らの探消灯が海面を照らす。夜の闇があたりを包もうとしていた

『還って来た中に見つからんか!?見張りも聞いて回ったが、墜落する騎を見ては居ない!陸地側、ヴァイスローゼンでも発見の報告はあがっていない。五島はどこだ、どこにいる!?』
松浦中佐が焦燥感をたぎらせて、ターニャ達が居る後甲板へとやってきた、ミスミの姿はない。彼女は艦橋で倒れて運ばれていた、最後の雲の中に向けて撃った、砲撃の音を聞くなり
『終わりではない』
と、彼女の口調ではない声で言った後にである
『まだ、ああいう奴らが必要なんだ!還ってこい!還ってこい大尉!!いったじゃないか!ハッピーエンドにしてみせろと!お前達が居なくてどうする!』
海に向かって叫ぶ松浦。彼は知っていた、油の関係で捜索を打ち切り、引き上げる時間がもうすぐである事を

『中佐、そろそろ・・・』
伝令がそれを伝えに来る。くそっ本当にイヤな役目だ


『・・・すまないが、探索はここまでとし、本艦隊は本土へ帰還する』
『そんな・・・!それじゃ置き去りに・・・』
キュイキュイと騒ぎ出すレーヴァテイル達

・・・は・・想・為に・・・

『みんな黙って!!』
ターニャが叫んで耳をすませる風に確かに聞こえるあの人の声・・・

風に乗・・・歌い・・ける♪

『ニーギ先生の声だ・・・』

・・しく、微笑みかけ・な・・言った

♪希望を忘れたなら ほら耳を澄ましてごらん♪

『いる!生きてる!!先生!!!』
『艦橋に行って直接翻意させてくる!!!』
松浦が駆け出し、レーヴァテイル達が一人一人聞こえてくる歌を合わせて歌いだす。ニーギ達に聞こえるように、みんな生きている事を答え返すように、それぞれ拾われた艦で

詩は不思議だといつも思う 人の心を掴んで離さないもの 貴方と一つになれること 私と一つになれること なによりも心の奥底をふるわせるものだと


唄が海にひろがっていく。彼女と彼女達との出逢いがそうだったように。やがて探哨灯の照らす先に浮かぶ影


艦は彼等を拾いあげるべく近づいていった。物語をハッピーエンドに終わらせる為に


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