『唄う海』63


ペルトバジリスク・万聖節の獅子宮、通路


『不便なものですねぇ!なかなか死ねない身体というのも』
『ぬうぅ・・・』
夕刻に至るまで彼等二人は剣矛を交え続けていた。情勢は七三でアシェス、ネームレスの優位と言えた。ただ、ラスプーチンも身体に突き刺さる刃を無視して切り返し、手傷を負わせている
ネームレスの背後の扉周辺には注進や、指示を求めに来た伝令その他が転がっている、いずれも眉間か喉に刺し傷があり前のめりに倒れている。扉を開けたとたん、ネームレスの投げた紐つき短剣を受け、引き抜かれる勢いで扉からこちら側に倒れている為だ
『あぁ・・・楽しいですよ、今も刻一刻と世界は滅びに向かっている、あはははは!!』
『狂人めが・・・ここを生き延びねば・・・先はないか!』
力を発揮し続けるのがつらくなって来ている。三十年前のようにはいかない・・・老いとはこういうものか
『まだ!生きて何かを為せると御思いか!?排斥していった老獪な堅物達にも、生き意地汚いとは言ったものですがねぇ!』
ネームレスの両手にある短剣が手より放たれ、蛇のようにうねる
『ぬぐぅ』
さけねばならないのは首を斬り落とされること、つまり押し込まれて振りきられる事だ


その時、ネームレスの目が妖しく光った
『はぁっ!!』
うねっていた短剣が扉へと飛ぶ、誰かが入ってくる気配を感じたのだ

ドカッ!!!

『なに・・・?』 短剣は扉に突き刺さったまま扉ごと蹴りやぶられた
『まったく・・・交渉相手をひんむいて乱暴したあげく、ほったらかしとは。どんな交渉だ・・・ん?やはり取り込み中か』
現れたのは、リーネだった、もう一つのラインとは彼女だったのだ
『・・・お、おぉ、帝國の方、助けていただけませんかな?』
『悪いが主上、あなたは生きていてもいなくても帝國は関係ない、死ぬなり生きるなりはそこのと勝手にしてくれ』
『な・・・』
私を助けに来たんじゃないのか?
『あなたは・・・たしかに裸に剥いて拘束したはずですが?』
ネームレスもわずかに驚いている
『貴様の故意の過失だろうが、馬鹿な男が開いたままの扉から、寝ていた私を襲いに来てな、足の拘束を外してくれたので、絞めてやったら簡単に出れたぞ。むしろ、私の剣と鎧を探すほうが時間がかかった』
そっちの方が不満だと言うように鼻を鳴らすリーネ
『まぁ貴様が生きていれば別に問題は無い。死なん程度で続けてくれ』
『おのれ、アシェス!帝國と謀ったか!!!』


『そんな事は無いぞ、どっちが主導権を取ろうが帝國は関知しないだけで、内輪揉めは好きにしてくれ。ただ・・・お前本名はアシェスというのか、が死ななければそれで十分だ』
『だ、そうですよ、主上』
ニヤニヤと笑うネームレス、帝國の言い分はこうだ、お前の業績が結局はネームレスに移るなら居ないも同然、死ぬも生きるも知ったことではない
『納得できるか!!私はここまで、三十年かけたんだぞ!!それを貴様は!』
ラスプーチンが激昂する
『功績というのは敗北の事か?』
『なにっ!?』
『ガスが切れて、補給に行った者は帰って来ず。地上戦力の元から少ない諜報系統が主体の軍に、奇手なくして正攻法を採る大軍相手にいつまでも優勢で居られると?部屋から出たついでにそこら辺に居た者を捕まえて聞き出したのだが・・・内輪揉めをしてる程度では仕方あるまいな』
くっくっくっとネームレスの笑いが響く
『何故、わたしがヤドリギにガスを仕掛けたと思っているのですか。もうろくしたものですな、主上。切り札は、もう、ひとぉつも、無いのですよ』
ふるふると怒りに震えていたラスプーチンがレイピアを構えた
『貴様ァ!!!』
ネームレスは避けようともしない。ただ笑うだけだ


『言っただろう、殺すな、とな・・・お前も、何故避けんか』
な、に・・・
鋼索に連なる刃の流れ、リーネと言った女の剣の柄からそれが伸びている
『剣が突き刺す程度にしか、使えぬほど鈍ってしまいまして・・・さようなら、主上』
身体が動かない、ああそうか、首だけ飛んで身体に繋がってないからか。それを知覚した瞬間、胴体から離れたラスプーチンの首から上は、ネームレスの投げた短剣に串刺しにされ、ラスプーチンの意識は二度と戻れない場所へと送り出された


『で、どう収集をつけるつもりだ?』

シュラララララ、ガチン!!

蛇腹剣を元に戻して問う 『別に、世界が終わるのですから、少なくとも明日にはこの街と人は死に絶えている。収集をつけなくとも・・・』
虫達が迫っている事を告げる、それが人には防ぎようがないことも
『そういえばハマにも連絡がつかないと誰かが言っていたな』
思い出した、とリーネ
『知って、逃げないのですか?私は残って滅びを高見の見物とまいりますが』
『せっかく手に入れた妃の座だ、貴様が無気力なら仕方ない、好きにさせてもらう。それに・・・明日が来ないとは限らない。何かしら気付いた人間が居るならな。人とはそんなものだ』


リーネがヴァイスローゼンに送られていた理由は情報網の繋ぎとしてだけでは無い、ラスプーチンらの計画がうまくいくなら、王位継承者であるネームレスに嫁がせて、帝國の意向を直に伝える為だ。帝國海軍は陸軍と比べ、異世界への繋がりは少ない、こういった政略に使える駒はリーネぐらいしか居なかったのだ。
『あちらも利には聡い、動くものでしょうかね?ははははは、動くはずが無い、それに方法も無い』
世界とはそういうものだ、神も与えるのはそういった事ばかりだ
『だから、自分は動かぬと?まるで、明日イヤな事があるから、なにかあって中止にならないかとぼやく子供だな』
『それはあなたが確定事項と思っていないからでしょう?』
ふ、とリーネが自分のかつてを思い出して笑う
『定まった未来なんて無い、運命なぞわからんもんだぞ?私はそれで今を生きて動いている・・・帝國を、いや、おそらく来ているであろう、あの男を舐めない方がいいぞ』
『人の欲は、無関係な何万人、何千万の人間の死を軽く上回りますよ、絶対にね』
かなしげな顔を見せるリーネ
『お前はそういう場にしか居なかったんだな・・・兄様が死んだあと燻っていた私のように』
通路から出ていこうとするリーネ


『どちらへ?』
ネームレスが問う
『お前には、明日がどうなるかを自分で見た方が一番だろう』
そこまで言うと鼻歌交じりで逆に聞く
『それで、この城の宝物庫はどこだ?今のうちにラーナと今回の対価をもらっておきたい。ま、明日うまくいけば皇后になれるがな、だが、この街では失敗というのも有り得る、手で持ち出せる物は持ち出しておきたい』
ア然とした・・・なんというたくましさだ
『いいでしょう、お付き合いしますよ・・・どうせ明日には意味を無くしている物を見るのも悪くない』
『そうか、助かる』
『あなたとなら・・・王となり、私の妃として生活するというのも面白かったかもしれませんね・・・』
口中でリーネに聞こえぬよう呟く・・・明日で全て終わりなのだ、全て。

希望など、無い


大和・内火艇格納庫


『連れて行ってもらえないんですか!?』
抗議しているのはミスミだ。信濃へと移る段になってこのまま残れと言われれば、そうなる
『君はいわばマスターキーだ、オリジナルが失われたら、二度と複製は出来ない』
次、に備えることも大事だ
『ですが!』
『この大和を守ってほしいんだ、君は。艦隊の攻撃力の要だからね、この艦は。君達の投げる弾を目標に繋げるのがこっちの役目だが、投げられる弾が不安定じゃな』
『そうだよ〜♪』
ニーギが続ける
『それに、誰か居てくれないと最初に帰って来た人は誰が出迎えるの?』
『・・・』
『ちゃんと帰ってきますから、志摩少佐だって、残れと言うと思いますよ?』
もはや、言い返す言葉もなかった
『内火艇降ろします、乗ってください!』
担当の科員が呼ぶ
『おう!それでは、また』
『またね♪』
二人は最後の便の内火艇に乗っていった
『志摩さん、私は・・・愚かです』
無理はするなと確かに言われてたのに、嫉妬から、破れかぶれで死に急いでいた・・・自分の役割を忘れて
『したい事・・・出来る事・・・』
それを判別してこなさなきゃ、あの人に顔向けなんて、ましてや左腕になんてなれるものですか!


『ふぅ・・・ミスミさんの説得が長引かなくて良かったよ・・・さて、もうしばらくしたら、約束したワイバーンが来てくれる、そうしたらみんなを乗せて、陣形維持の訓練をしなきゃな。ワイバーンに乗るのにも、みんなで慣れないと』
ワイバーンに乗ってから、酔ってしまっては歌えない、本当にぎりぎりの所でこの作戦は成り立っている
『展開する高度・・・第一艦隊との距離・・・』
実際にやってみなきゃわからない事が多い。
『ゴトー、がんばれ、がんばれ。大丈夫だから』
『ああ・・・!』
信濃へと移るため内火艇から第三艦隊へと分派する駆逐艦に乗り移る、先に乗り込んでいたレーヴァテイル達が出迎える
『みんな!!ちょっとハードな行程になるが、よろしく頼む!!!』
今一度五島が頭を下げる
『みんな、がんばろう!!!』
ニーギが宙に手を突き上げる、ノリのよい彼女達も陽気に答える
『えい!えい!おーっ!!!』
そして艦は進む、明日とその次の日に来たる未来の為に


東京・海軍省


『では、永野大将は昨日のうちにヴァイスローゼンの意向を知っていたのですか!?』
『昨晩は芸者多数と大暴れしていたようですがそれについてコメントを!』
『永野総長自身の記者会見はいつ行われるのですか!』

海軍省前がにわかに騒がしい。夕刻に海軍報道部から開示された対馬丸事件に関する重要発表は、新聞街である有楽町を不夜城の如く、騒がせていた。

『なかなか良い集まりぶりだな』
海軍省ビルの窓から外を眺めれば、記者達の乗って来た車の列でごったがえしている
『今のところは目論見通り、か』
大衆を煽っていた新聞はこの間違いの責任者を探して突き上げるだろう、煽っていた事など反省もせずに。
さて、考えではここで一度醜態をさらして、逃げ回るのが一番食いつきが良くなるはずだ
『わしは悪くない!お、お前達が討て、討て、というからわしはやってやったのだ!!』
会見場で口走る、用意したセリフの一つを言ってみる。くわえて、事実、とやらが調査によってはっきりした時刻も、わしが会見で言った時間と食い違うという暴露も予定に入っている
『とことん自爆、ボカチンを断続的に繰り返せば世論は悪いのは完全にわしとイメージ付けられる』


誰だって、自分達が煽っていたせいで戦闘が起き、人が死んだ、とはしたくない。俺達は誰かにダマされていたんだ、と、したいのが人情だ。新聞も同じく、海軍内部はわしがごり押ししたた記録はいくらでも残っている、今回の戦果に喜び勇んでいた奴らも、それを隠す為に、罪をなすりつけるのもしやすかろう。
『ま、帝國の為にした、と正義ぶった所でわしがやっとった事は統帥権の濫用。彼等は正しい、ただ、醜いだけだ』
今後、このようなやり方を海軍内で横行させない為にも、醜いそれを一身に受ける必要があるのだ、生き続けて


『扶桑らの戦死者についてなじったのは本当ですか!?』
『勤務中に飲酒をしていたのは・・・!』
『朝陽新聞ですが、最近陸軍を含めて大陸指向の考えが将兵の間で増えているのはどう・・・コメントを!』


『総長、会見の時間です』
さっさとしてくれというような目で従兵が告げる
『うむ・・・わかった』
遅刻もすると尚、良し。


私は汚名を残す、だが、帝國の明日の為の一助にはなれただろう・・・それだけで、十分だ。さぁ、記者や、担当の士官もイラついて来たことだろうし、出向こうか!道化の最大の見せ場である、嘲笑と批難のるつぼへと


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