『唄う海』62


大和、水偵格納庫

『いいですかみんな〜、ここの音はこういう風になります、いいですね〜!?』
あせあせと、落ち着きのないニーギの授業が続いている、五島とミスミらが会議や交渉をしている間にも、第一艦隊各艦から集めたレーヴァテイルに歌を教えなければならない。外でおおっぴらにやるのも何なので、空きがある水偵の格納庫でやらせてもらっている
『ニーギ先任、もう一回声を合わせた方が早いとおもいます、点呼!五人ずつ集まれ!私とニーギ先せi・・・もとい、先任に分かれよ!』
見兼ねたターニャが助け船をだす
『キュ〜・・・じゃあ、ターニャちゃんが言ったように音合わせします。』
キュイキュイとざわめいて雑談しつつ分かれた集団が二人の前に並ぶ、やはり、普通の人間に比べて、集団行動は苦手らしい
ターニャの所に並んだ列がてきぱきとさばけているのに対し、ニーギの所は手間取っているように見える、ターニャは一回聴くと、問題点を指摘し、もう一度後ろに並ばせ直してきなさい、とするのに対し、ニーギは何度も同じ組を聴いて問題点を直すまでじっくりやっている。こっちはこっちで硬軟織り交ぜてやっているようだ。ニーギも伊達に学校の先生をやっているわけではない


一方、列強船団では


『イェンサー様!?一体何をするつもりなんだ貴様!』
女性の副官が金切り声をあげる、私はそれを無視してイェンサーと聞かされた列強の代表武将に言葉を投げ掛けた
『よろしいのですか?』
『サオーマの将に二言はありもはん』
私が言ったのは写真を見せて協力してください、と、それだけだ。写真の説明もしていない。それだけに彼は頷き、わかりもした、協力しもそうと答えたのだった
『イェンサー様!!』
『帝國が我々の力を欲しとる、しかも早急にでありもす、これがどげな意味か、リィズ、おはんにはわからんとか?』
イェンサーがリィズをにらみつける
『互いの地位を考えるならば、相手にイエスノーの選択を丸投げすることはどれだけ不利益な事か解って言っとるのか?大尉』
松浦が五島に毒を吐く、そうであるからこそ、外交というものはどんなささいな事物でも交渉を重ねるものだ、それを五島は無視している、本来ならば典礼参謀失格である
『ノーであれば、彼等が滅ぶだけです。付属の条件をつけられようが、履行の相手が居なくなるのであれば、無いと同じです』
松浦に対しての言に頷いたのはイェンサーだった
『やはりそれほどの事柄でありもしたか』


『では・・・これがなんで、なにを示し、なにを求めているのか・・・ご説明させていただきます』
五島は内火艇から乗り込むなりに交渉中の机に広げた写真が示すハマの惨状、ミスミの言から導き出された虫の生態、列強に対しての第一艦隊の参謀達が示した列強の命運についての反応、それをかいつまんで説明する
『うぅむ・・・風ん噂で、同じように虫が畑のもんば全て食ったっちゅうのは聞いたことがありもそ、そいで飢饉が起きたこっも、じゃっどん・・・おいには想像出来んたい』
にわかに考えつかないのは解る、誰だって目の当たりにしなければあれがどんな物か理解するのは無理だろう
『これを誘導し、撃滅する為に、貴方がた、列強のワイバーンをお貸し願いたい。誘導する手段として、現在レーヴァテイルを調整しているのですが、帝國の機械龍ではその能力を発揮出来ないのです。もちろん、御協力を拒否なさっても、私は不本意ですが、結構です。』
第一艦隊の参謀達が言うことも確かに一理あるのだ、どんな綺麗事を並べようと、それに変わりは無い。いや、言わないでおくことも、典礼参謀本来の役目として、選ぶべき手の一つであっただろう。だが、それは良くも悪くも五島の流儀ではなかった


『おはんは甘かな・・・馬鹿ともいいもすが。じゃっどん、それに生かされとるんもおい達たい。安心しもそ、必ずそちらの意にかなうよう手配ばすったい』
甘いと言ったあと、しばしイェンサーが瞑目し、確約する
『レーヴァテイル・・・獣人や、ダークエルフに飽きたらず、あの人でなしを使うのか?馬鹿な・・・』
リィズが無意識にだろうがそう呟く。人でないモノ、そう生まれてこの方教えられ続けていたからこそ、彼等に対してモノや奴隷扱いが無意識に出来るのだ。帝國は虐げられている彼等に目をつけ、手をさしのべた。勿論、自国の為、生き残る為。列強が言うように、弱みに付け込んだ利用と言われても仕方ない、だが。
『彼女達・・・いや、獣人達も含めて、彼等は、教育される立場になかった。ただそれだけでしかありません。もしどこかで時代の流れが違ったならば・・・あなた方が人でなしと呼ばれる立場だったやも知れない。軽んじ過ぎたのですよ、あなた方は』
さしのべた手を彼等は・・・彼女は繋いでくれたのだ、信じてくれる気になってくれたのだ。
『その結果が、我々の命運を完全に握られることになったとでもいうのか』
『違います!これから我々が全員で、それを決めるのです』


そして、手をさしのべるべきは、関わりを持つべきは彼等だけじゃない。列強を含めた全ての人々に対してもだ
『あなた方が居なければ、この作戦は実行し得ない・・・どうか、私達を助けてください』
リィズに対して最敬礼で頭を下げる
『おいおい・・・まったく。交渉中の相手に弱みと取られるような行動をとるなって教えただろうが、大尉』
松浦が呆れ半分で笑う、しかし否定はしない
『申し訳ありません中佐、私はニーギと一緒になった時点で、すでにこちらの世界の人間だったのかもしれません』
だからこそ見捨てられなかった。世界を。そして信じた、人を
『ふふっ・・・まったく、貴官はたいした馬鹿だな。本当に馬鹿だ、大馬鹿ものだ!そして、私もな・・・イェンサー様!御命令を、このリィズ、万難を排して成し遂げてみせます』
リィズがこらえていた息を吐き出すように言い募ったあと、膝を折って命を待つ 『リィズ、顔を上げんしゃい、おいもその馬鹿の一人たい』
イェンサーがぽんぽんと席を立ち、リィズの肩を叩く
『では、この時間帯に誘導機を迎えに寄越します』
時間を指示し、機体の特徴を教える
『残存のワイバーンは全て上げもそ、リィズ、伝えば頼む!』
『はっ!!』


『五島大尉』
『はっ』
イェンサーらとの交渉が作戦実施の為、一時終了とあいなった所で松浦がやおらに声をかけた
『俺には、俺達帝國の人間がこちらの世界の人間なのか、俺には正直わからん。ただ一時の客人でしかないのかもしれん』
『・・・』
松浦中佐は第一艦隊の参謀達と同様に不関連を貫くべきと思っているのだろうか・・・
『だが、人の世界の事は人が決着をつけねばならん。決着をつける事をこちらの人間が決めたと言うのであれば・・・客人はそれを盛り上げるべく、サポートしなければな。
そして見せられるであろう演目に対して、対価を払わねばならない。対価として第一艦隊ほか、帝國海軍の主力を貸し出してやるんだ』
がしっと五島の肩を掴む
『絶対にハッピーエンドにして見せろ、いいな!!』
左近丞中将は利用される為に亡くなられた。嶋田さんも、恥辱にまみれて生き恥をさらしつづける。ここで海軍の異界交流のプロパガンダの要である五島を失っては・・・
『今日は人が死に過ぎた、明日は・・・明日は必ず良い日にしてみせてくれ』
『誓って・・・』
五島は肩にかけられた手を除け、敬礼する
『時間がありません、大和に先に戻ります』
『ああ、行ってこい・・・!』


『キュ!ゴトーお帰り!』
『首尾はいかがでしたか?』
大和に帰還し、歌の練習が行われている格納庫に出向くと、ニーギとターニャが声をかける。イェンサーの船団に向かう際、別れたミスミを加え、丁度また全員による歌合わせのところであった。二人のかけた言葉を無視し、彼女達の前に立つ
『皆、聞いてほしい。作戦は無事に実行することになった。故に今のうちにその内容を伝えておこうと思う』
五島がそこで息を接ぐ
『作戦はただいまより空母信濃に移乗し、派遣されて来た列強のワイバーンに搭乗し行われる。これは風防によって貴女がたの声を曇らせない為だ。ワイバーンはハマの街の生きとし生ける物を喰らい尽くした虫どもが旅立つと思われる明朝に展開、これを海上まで誘導し、この第一艦隊、大和以下の全火力をもって撃滅するものである!
艦隊以下の火力を発揮する際は貴女らが虫を完全に囲い込み、一点に集中させる、そこを見計らい、射撃が行われる』


『ちょっと待ってください、私達はどうなるのです?』
ターニャが挙手して聞いた
『一辺300mの正方体を空中で構築する。一辺の半分、150mの地点で一人の計算だ。一方、対空砲火は14センチの対空瑠弾で250mの危害半径がある』


『キュ、キュキュッ・・・ちょ、ちょっと待ってください、つまり』
さすがのターニャもうろたえた、周りもキュイキュイざわめく
『発砲が確認された時点でワイバーンは離脱するようにする手筈だ、だが・・・散布界その他、巻き込まれる可能性は限りなく高い』
苦虫を噛み潰したような顔をする・・・松浦中佐にはああいったが、正直立案の時点でニーギすら投入しなければならないと試算が出たときに生きて帰る気はなかった
『君達の命を、私にくれ・・・借りるでは、ない。返すことは出来ないからだ』
彼女らにむけて頭をこすりつけて土下座をする五島、ざわめきは終わらない
『ゴトー・・・』
まなじりを決したニーギが五島の隣に立つ
『みんな聞いて、お願いだから』
その声は格納庫によく透った
『みんなは、今までたくさん楽しかったよね、たくさん綺麗な歌を知ったよね、私もそう。つらい事もあったよね、悲しいこともあったよね?私もそう・・・みんなと出会えて、歌えた。これもみんな、この人が居たから。そうじゃなかった私はここに居なかった、ゴトーが居たから、あなた達に会えた。夢を持てた、自分の考えを持てた、いろんな世界を知れた。ううん、私達は知ってしまった、だから』


『この人のおかげで私は初めて生きてるって感じられた、出会わなきゃ、生きてるって意味もわからなかったと思う。私はこの人と一緒に行く。なんで嵐の瀬(危険な場所の意)に行くのか、私にもわかんない、でも生きてるって事を教えてくれたゴトーが困ってる。助けたい。でも、一人じゃ無理なの』
ニーギがとなりで五島を真似して土下座する
『お願い、この人を助けてあげて・・・』
頭をごつんと床に打った
『先生・・・』
『先生が・・・』
『に、ニーギ!そんな事しなくていい!』
五島が悲鳴のような声をあげる
『キュ♪ゴトーと私はつがい、でしょ?当たり前だよ』
『私からも頼みます』
今度はターニャが前に出る
『私は最初人間が嫌いだった。でも、先生や筑紫、たくさんの人や知識と出会えて夢が出来た。レーヴァテイルの国を造ろう、と。私達は、自分の意志でここに居る、いやなら海沿いだし、学校から逃げ出すのだって簡単に出来たはずです。違いますか?私は帝國に、ここで恩を売っておきたい。だから参加します。自分の意志で。しかしこれは一人じゃ出来ない。だから、この夢にみんな付き合ってくれませんか』
ターニャがゆっくりと腰を屈める、まさか・・・
『お願いします』


ターニャも並んで土下座をする列に入る
『ターニャさん・・・』
『先程言ったように、これは私がしたいからこうさせてもらっています。口だししないで下さい』
当然とも言うような口調に涙が湧いて来た

『キュ〜、死んじゃうかもしれないんだよ〜』
『キュウ・・・私もそれはヤだけど、だったら私達はなんの為に学校行ってたの?いっぱい教えてもらうだけで、逃げちゃうの?』
『キュ〜・・・キュ〜・・・やっぱり恐いよぅ』
『背びれのついた(都合のいい)事ばかり言うだけで私達は何もしないまま?このままで・・・いいの、かな・・・』

いきなり覚悟を決めろったって出来るものじゃない、ましてやお気楽種族であるレーヴァテイルではなおさらである
『私も死ぬのは恐い、かといって作戦立案者として責任をとり、もし一人でも欠けたなら自決する、なんてことも恥ずかしいが言い出せず、かつ、出来ない。だから私も一緒に行かせてもらう。同じ危険な場に赴くことしか出来ない、許してくれ・・・許してくれ・・・!』
ざわめきが、次第に納まっていった
『こんな臆病で、情けない人が行くのに・・・私達は何?』
『自分達の為に何かしたい・・・ターニャ先生が言った事、私も見たい!』


『なんというか、あまりに不器用でほっとけなくなりました』
レーヴァテイル達がお互い顔を見ては頷きあい、正面に並んだ三人を見なおす。ニーギとターニャは土下座を崩しそれを見返す
『みんな・・・ごめんね』
『先生もホント、タチの悪い人に捕まっちゃいましたね〜』
キャッキャキャッキャと笑いが格納庫に広がる
『うん、でもね・・・大好きなの』
はにかみながらニーギがそう告げると、キャーっ!!!と黄色い声があがった
『ターニャ先生、レーヴァテイルの国ってどうやって造るんですか?』
『そうね、まだ数がぜんぜん足りない、だから今は独立とかは出来ないわ、時間もかかると思う。でも、今回のいきさつを帝國で広めることが出来たなら、さらに私達レーヴァテイルという種族そのものが友好的にピックアップされる。そこがチャンス・・・』
ターニャは立国に向けての策を伝え始める、今は、ただのサークル活動と同じような物だろう。だが・・・彼女達は希望にあふれている
『ゴトー・・・見て』
ニーギはいまだに床に頭を擦りつけている五島の肩に優しく手を置く
『私達は選んだよ、自分達の意志で・・・だから顔をあげて』
『ニーギ・・・』
本当に涙で濡れて、情けない顔だ


『・・・始まりなんだよ、ゴトーは・・・あの日、海で見つけてから。二人でいろんな事をして・・・』
つがいになって、いろんな所に行って、いろんな人にであって、学校が出来て、仲間ともこんなに会えた
『全部ゴトーのおかげなんだよ?だから・・・』
ニーギが五島にくちづけする
『一緒に前を見て、行こうよ。私達はここまで来ちゃった・・・あなたと、私達のそれぞれの意志で、決めたんだよ?これからもそうするって』
みんなを見た、一人一人が頷いてくれている
『ニーギ・・・みんな・・・』
『知ることっていう楽園の果実を食べちゃった私達は楽園を追い出されちゃった♪ここで逃げちゃっても、楽園にはもう戻れない、ここに帰ってくるしかないの』
失楽園、か・・・
『なら、みんなで一緒に楽園を作り出せば良い・・・そうか、そうだな・・・』
ついに五島は立ち上がった
『みんな・・・』
ニーギを抱き寄せる
『一緒に行こう、明日を、楽園を掴みに』


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