『唄う海』60


『空電がひどい・・・偵察機の無線機がこれじゃ、偵察もあったもんじゃないな』

第一艦隊の偵察機、大和から飛び立った三機がハマへと到着しようとしていた(武蔵の機は行方不明となった日振、大東の探索に向かった)
『あの大尉の言ったとおりっすね』
『だな。もうそろそろ時間です・・・市街が見えてくるはずですが・・・』
『そうか、おっ』
僚機が前に出て、手振りで下を指差す
『なんだ、あいつら慌てて』
そして指された方向を見て、乗ってる三人が三人とも絶句した

街が炎と黒いもので覆われていた。炎と、黒い塊が対になるように舞っている、街中で火があがっているが、虫を避けるべく市民が火を放ったのだろう、だがそれは・・・悲劇への掛け橋にしかならなかった

『むごい・・・火の中に人が飛び込んでいく。』
『写真だ!写真を撮れ!あれが虫というものなのか・・・!?』
『あっ・・・!三番機が!?』
着水しようとしている
『何やってんだあの馬鹿!』
無線は通じない、着水しようとする相手にあわせて、高度を下げるほど、隊の長として愚かではなかった
『帆船です!燃えてる帆船が居ます!』
襲われる寸前に街から出たのであろうが、あれではもう動きようがない


その帆船を見つけた時には、身体が動いていた
『すまん。』
『無茶なのはいつものこってすから』
『そうそう』

バシャアアアアアア

零式三座水偵が滑水して、帆船に横づけする
『生き残ってるものは早く乗れ!翼でもフロートでもかまわん!!』
近づけばひどいものだった、風防を開けて見れば船の一部を壊してまで火をつけ、虫を寄せ付けないようにしたらしい。しかし、海に逃げれたのは幸運だった、命を繋ぐには わらわらと海に飛び込んでは機体にしがみつく、船員と、赤子を連れたご婦人さえいた、皆衰弱している
『水上滑走でとりあえずこの場から離れる!体が持たないと思うものは身体を何かで縛れ!!』
『飛曹!虫に気付かれました!早く滑走を!!!』
黒い塊がこちらに向かってくる
『くそったれ!』
エンジンを再起動させ、回転数をあげる
『はやく!もっとはやく!はやく!!』
しかし零式水偵が滑走するよりも虫の方が速い

バシャーン!

『な、なんだ!?』
突然の水音に振り返る、青ざめた顔で中部座席の仲間は言った
『一人自分から降りました・・・ああっ!!!』
もう一人、またもう一人と機体を飛び降りていく
『やめろっ!まだ早い!死に急ぐなっ!!』


それでも虫は迫ってくる。残るは赤子を抱えたご婦人のみ
『この子をお願いします』
赤ん坊を渡して自分も飛び降りようとする
『いかん!あんたは行っちゃいかん!!』
後部座席の乗員が服を掴んでなんとか引き止める
『誰かが生き残らなくちゃ、元も子もありませんから・・・この子だけでも・・・本当にありがとう』

ビリィィィ

掴んでいた質素な服の生地は破れ、母親は海に、そして黒い塊にのまれた
『ありがとうなんて・・・ありがとうなんて言葉を吐くんじゃない!!!俺はあんた達を・・・あんた達を救えなかったんだぞ!!!』
機外に誰も居なくなったことにより離水速度まで加速して空へと舞い戻る、だがまだ引き離すまでにはいかず、虫が追ってくる
『くそっ!くそっ!!くそぉおおおおおおお!!!』
彼はミスを犯した、いち早く上昇することに気をとられ、速力を殺してしまったのだ

ダダダダダダダダダ!!!
『っ・・・!?』
見覚えのある機体が機銃を放ちつつすれ違う
『隊長機が!!!』
黒い虫の塊に突っ込む、虫は巨大な物体が突っ込んで来たことに驚いてか、三番機を追うのをやめる
しばらくしてくぐもった爆発音、隊長機は上がってこない
『た・・・隊長が』


『俺が・・・俺が殺した・・・隊長は、俺が・・・』
動揺した操縦で、機体がフラつく
『あんたが救えた命もあるがな!!!しっかりせぇっ!!!』
赤ん坊を抱えた後部座席の乗員が激を飛ばす。
『こん子まで巻き込んで殺す気か!!!』
命を預けられたのだ、多くの犠牲を払って
『ああ・・・ああ・・・!そうだ、な!』
まずは、それだけは・・・それが俺の責任だ!



被撃墜1と共に、こうしてもたらされた写真(二番機撮影)はある事実を示し出していた。五島や参謀達はそれにたどり着き、戦慄した
『統制が全くとれていない・・・』
つまりは無秩序に虫は広がっていく。統制がとれているならば。艦隊なりを近づければ主の命のもと、襲ってくる虫どもを撃滅することも可能になるわけだが、それが出来ない。

ならば、根本から対策を変えなければならない

『奴らはどうやって目標を感知しているんだ?』
会議に付き合っているミスミに質問が飛ぶ、目標の感知方法がわかればおびきよせも楽なはずだ
『基本は蜂と同じです。偵察の個体を出して、獲物の場所を伝えるため、中継の個体を通じ、巣。この場合は命令を下す女王役の、私のような歌い手に向けて位置を伝え、命令を待ちます』


『では、命令系統が破壊された場合は?』
今回のような前例はないのか?とまた別な参謀が問う
『わかりません・・・私はまだ幼かったですから、伝承を全て知っているわけではないのです・・・申し訳ありません』
ため息が作戦室にあふれる
『生きるための行動はするでしょう、食物を食べ、休息し、繁殖する、餌場から餌場へ・・・作戦を1から変えるのは手間ですが、やりましょう!拡散してからではどうにもなりませんしね!』
五島が空気を変える為に声を張り上げる
最初の作戦では第一艦隊の駆逐艦にレーヴァテイルを配置、一駆逐隊四隻の四列横陣で遅いかかる虫を食い止めている間に後方の戦艦並びに重巡が、歌を砲声で邪魔しないようにして、三式弾を主とした対空砲弾を投射、疲労も考えて、駆逐隊は順繰りに交代しつつ展開し時間を稼ぐという作戦は没となった。確実にこちらに向かってくる事が前提の作戦案だったからだ
『しかしな、大尉、向かってくる敵に対しての音響防壁と違って、囲い込みの作業をしなけりゃならん。レーヴァテイルの数も馬鹿にならんぞ?それに空中にどうやって展開させるんだ?艦は陸には上がれんし、3Fの空母機を使うとしても、空中にはとどまれんしなぁ・・・』


諭すように年かさの参謀が問題点を提起する
『仮に空母機を使って展開させるにしても、乗り込んだレーヴァテイルには風防を開けて歌わせるつもりかね?間近にあるエンジンの轟音も問題だろう』
うんうん、と他の参謀達も頷く
『奴らが普通の生物の存在であるならば、餌の多い場所に向けて飛んでいくはず。この1Fの兵員数もかなりなものだが、大陸の都市人口には勝てん。列強の陸上戦力も集中しとる』
まったくもって非のうちどころのない正論だが・・・手は、何か手はないものか・・・!
『やはり諦めるしかありませんかね?』
『手が出しようがないのではな』
『いくらか艦を抽出して観測隊を設立し、こちらの大陸に飛来する際に迎撃できる体制作りが必要ですな』
『音響防壁を展開するレーヴァテイルの増量も急がねばなりますまい』
作戦室では、もはや決定事項のように放置の方向で進んでいく
『腕を失ったとか言う軍令部の少佐とそこの五島君には感謝しなければなりませんな、対抗手段を保持出来ていることは、帝國にとってかなりの利益だ。五島君は、今後のポストもそれなりに期待してよかろう』
ま、主流ではないが、一国の主程度には威張れるぞ。と、ある参謀からは笑いかけられた


『これ以上の大陸干渉は避けたい我々海軍にとってはある意味、福音とも言えるでしょうな、これで陸さんが暴れ出す事が出来なくなった』
つまりそれは、レーヴァテイルを保持している海軍に大陸で陸軍は常に頭を下げねばやっていけないという事を示す。
『陸で領土について関わり過ぎると、ろくな事がありませんからな』
中国、朝鮮、見返りは少なく、出費は高い、陸軍の無秩序な動員による生産力の低下と。百害あって一利なし、そして自分達が戦争をやっているんだ、とばかりに政治に参画する。これをまた新大陸で繰り返すわけにはいかない・・・資源地を確保した以上、ここが潮目という空気は確かに海軍には存在していた。
『諸君らの食べているパンの三枚の内、二枚は海軍のおかげだ、と子供達に教育している英海軍のようになってみたい、というのは望み過ぎか。ま、ともかく。我が国の本道は海軍にあり、決して陸軍ではない、それをわからせるいい機会かもしれませんな』 あくまで我々は異邦者、ある意味土着してしまう陸軍と違い、航海が終われば本土に帰ってくる海軍。いづれこの世界から、もとの世界に戻るだろうという思想が根付きやすいのも、そういった根本の背景があるからかもしれない


しかし、それを容認できない人間が居る、この世界に、この世界の住人を愛している人間に持つ、五島本人だ
『待ってください!対抗手段がありさえすれば撃滅に異論はありませんよね?見殺しにするんですか!?この世界の住人達を』
参謀連中が鼻白む
『君がいれこむのもわかるが、レーヴァテイルは水に潜れるし、生きていくのに問題ないじゃないか』
『なんらかの撃滅する手段があれば、な。まぁないからこんな話をしとるんだが』
我々には手に負えんと、匙を投げた恰好だ
『皆さんも?』
一様に頷く、しめた!

『思いついたばかりで、まだ頭の中でも整理がついておりませんが・・・』

一拍心を落ち着かせるため呼吸をおく

『あの虫に対抗する手段が一つだけあります、ありました。』
『なにっ!?』
ガタタっと思わず椅子から立ち上がる参謀も居た。
『はったりでは、なかろうね?』
疑問視するものも、当然居た


『現在交渉中の松浦中佐に連絡を取ります。まずは、それからです』

参謀連中に向けて向き直る五島
『私は、この世界を諦めません・・・!』


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