『唄う海』59


『帝國としては、この通り、頭を下げます』
松浦と船団に出ばってきているイェンサーの代表者会談はその一言から始まった
『何を今更!我々に対してどれだけの損害を与えていると思っているのですか!』
リィズという女騎士が交渉の表に立っている。主将のイェンサーは腕を組んで黙ったままだ
『出来得るならばお聞かせ願いたい所ですな』
統制がまだ利いているかの目安になる。それに・・・
『貴艦隊への攻撃前の空襲と迎撃により771騎が失われ騎士923名が命を落としている、おそらくは千を越えるだろう!この船団も500を越える死者とその三倍の負傷者が発生している!』
『リィズどん!恥のうわ塗りはやめんさい!・・・打撃を受けたのは確かでありもす』
敵に被害状況をわざわざ伝えることは無い、正確な数字は停戦が成ってからだ
『本艦隊に於きましては1517名の戦死者と703名の負傷者が発生しております、そちらが一部占拠状態の古鷹での被害を除いての話ですが』
『それは、死んだもんの数がとんとんのうちにやめちょこうと言う事でありもすか?』 松浦が頷くとリィズが激昂した
『間違って仕掛けて来ながら、必要なく失われた貴重な我等の兵員とを、一緒くたにするなぞ笑止!!』


『何らかの対価無くば、死んだ者も死にきれぬ!』
まぁ、そっち側からしたら、そうだよな。
『しかし我々も被害者でしてな。帝國とて完全ではありません。しかし、そちらに非が無いと?ヴァイスローゼンに対してあなた方は戦力を動かし過ぎた、対応として我々は艦隊を動かした。今回はその不幸な接触、といった所でしょうか』
リィズが声を高め身を乗り出す
『接触だと!?お前達の残した被害は数十年に渡って残るものだ!お前達の損害なぞ!』
ここで松浦の顔が一気に赤くなる
『残された者にとっての被害は一生、そちらと変わらず、同じように消えないで存在し続ける!そこに誰の貴賎なぞ有り得るものか!』
『ぐっ・・・』
『それとも、ここで完全な決着をつけてから、席をもうけましょうか?我々が勝者として、はっきりしてから』
『我々を恫喝するのか!!!』
『二人ともやめんか!!!』
破談してしまっては元も子もない、イェンサーが一喝する
『そちらはこの戦いを終わらせたい、それに相違はありもはんな?』
『・・・ええ、そしてそれはそちらも』
『確かにそれには同意、します・・・ですが!』
『先方がわざわざ花道を用意してくれておるのが、わからんのでごわすか!!』


彼等は間違いなく我々を粉みじんにしたあげく陸上の兵力をも地上からあの世へ引き剥がすことが出来る。それでいてこのタイミングで停戦を言い出す、しかも対価としての条件を出さずにだ
『負け戦でも、まだ、やれるうちに鞘を納める、それが出来る将はそうはおりもはん、統率の鏡でごわそう?』
加えてイェンサーはこの船団の人間そのものが情報爆弾だということに薄々感づいていた。だが、その爆弾が整然と帰ってくる場合と、戦端を開かれ、散々ぱらに粉々にされて、自らを証拠としつつ無秩序に広がる場合。
どちらが我々列強に影響を与えるか目に見えている。もはや、これほど多数の人間が《見て》しまっている以上、誰にもその伝幡を塞ぐことは出来ない
『帝國もこれ以上の面倒は抱えたくなかろうもの、そいをおい達の一存でできっとよ?』
列強をそのような壊乱状況に置いたとて、帝國が得られる益は少ない物と成ろう。治安の悪化に、望む、望まざるを問わない周辺の諸候の恭順、支配地域・影響圏の拡大。手が余りにも広がり過ぎる。世界などそうそう手に入れる事が出来るものではない、身の程を越えた支配は自分自身を滅ぼす。
なるほどそうか・・・帝國は自身の身の程を知っているのだな。


一方、大和・作戦室

『ヒコウ?なんだそれは?』
第一艦隊の参謀連中が首を捻る。しかしまぁ大抵の人間は知る訳がない
『はい、日本でも東北で発生した記録があります。バッタの大発生で食物全てを食い尽くされ、飢饉が発生したと・・・問題は、バッタがバッタでなく鳩ほどはある巨大な蜂であり、人を喰らうということと、放置してしまえば、今現在はおろか、これからも常に驚異として存在し続ける事です!これを撃滅する為にも、敵情偵察の為に機材を派遣していただきたい!』
五島の報告と具申に作戦室がにわかにざわめく
『しかし、ただの群れた蜂だろう?』
『統制が取れ、主の命令に従って行動する、群れた蜂です』
参謀の一人の言にミスミが訂正を入れる
『彼女は?』
『虫使いの部族唯一の生き残りです。彼女とレーヴァテイル2名の尽力により、我々は生還できました』
むっとした参謀に対して五島が言葉を繋げる
『ということはレーヴァテイルが居るならば被害は限定できる、ということかな?』
また別な参謀が問う
『ええ、ヴァイスローゼンも虫使いにはレーヴァテイルを使っております、相殺、ということになるでしょう。その前に、そのための曲を教えなければいけませんが』


今回は楽譜を書け、そして読めるニーギ達が居たからこその結果だ。ニーギもターニャも個人の趣味でそれが出来ただけだ。それでもフレーズや書いたものを認識、判別できるよう教育してある帝國のレーヴァテイルはまだマシだとは言えるだろうが
『・・・放置した方が帝國にとって得なのではないか?』
『・・・っ!』
やはりこういう意見も出てきますか
『確かに。憶測ですが、帝國本土への飛来までは、五年単位で時間がかかるでしょう。大陸の帝國直轄領、及び邦国までも大陸間の狭い地域を飛び、広がるには少なくとも一年は見てよろしいかと・・・ただし、列強に存在する、億を越えるだろう人命を無視した場合、ですが』
『だ、だれも見捨てるなぞ言っておらんだろうが!』
しかし、数値だけを見るなら、なんと魅力的な事か・・・言い出した参謀が今さっきの指摘にうろたえる気持ちもわかる。自分も気付いた時には身体が震えた。対抗手段は我にあり、彼には無い。
以前出会った防疫部隊はその禁断の果実に手を出してしまった
『個体数が増えるということは突然変異の可能性も高まります』
心を落ち着けつつ、問題点を指摘する
『いまでも数千万単位の数があるでしょう、しかし次に戦うとき』


『その数は兆をかるく越えている可能性は、けして少なくない、むしろ大と見ていいでしょう』
今まで参謀連中に任せたままで上座で黙っていた首脳部から手が上がる、宇垣第一戦隊司令だ
『良い話ではないか、我々は列強の民という、のちのちの《帝國市民》までをも守ることが出来るのだ』
場が一瞬呆気に取られた、何という傲慢・・・!だが不快感は無い、自分を援護してくれているのが目でわかったからだ。どうやら司令部の腹は決まったようだ・・・よかった
『我々はいづれ列強に勝ち、打ち破る。だが、勝つ為の手段が、この大和を引き連れて来ておいて、虫だった、では面白くない。実に面白くない。余計な陳入者はさっさと排除しなければな』
そうだろう、みんな?とにやりとあの仮面のような顔が笑った
『それでは!?』
合いの手を入れる、宇垣は頷いた
『第二十一根拠地隊からの意見を取り入れ、偵察機を出す。その虫どもの撃滅の為の知恵を皆で絞ってくれ。大尉、君もだ』

『はっ!!!』


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