『唄う海』57


ヴァイスローゼン・ペルトバジリスク
この王都の王宮の尖塔にあるバルコニーに設けられた架設の連絡橋
ラスプーチンの飛行船ヤドリギは、そこに着岸していた
『お帰りなさいませ、主上』
ひざまづいてネームレスがラスプーチン出迎える
『ネームレスか、帝國と限定的に交戦状態になった。貴様の手の内にある二つ目のラインはいつでも使えるようにしておけ』
帝國とのライン、外交の線を切らないこと、それが大事だ
『はっ!』
ラスプーチンがひざまづいたネームレスを置いてその横を過ぎ去る、お互い顔も見ずに 『燃料その他補給までしばらくかかる。しばらく私は獅子宮で休む、歳なのでな・・・ネームレス、戯れに聞かせてくれようか?報告にあった、帝國の実施しようとし、貴様の手で失敗した私の暗殺計画とやらを』
バルコニーから王宮に入る際、ラスプーチンはそう投げ掛けた
『それが、事実ならな』
と一言付け加えて。
王宮に入って、彼はあてがわれていた獅子宮という小宮殿へと向かう
『所詮は誰も彼も野蛮な原住民に過ぎんか』
この世界に来て数十年、世界の加速度が違い過ぎ、彼は完全な差別主義者になっていた。無駄、怠惰、無能が蔓延る世界、取り入るのは実に簡単だった。


獅子宮へと向かう道すがら、ネームレスの事をラスプーチンは思い出していた
ネームレスは王に近づくその過程で拾った子だ。王が手慰みに妊ませた子で、うかつにも女に王の所持物とわかる物を渡してしまっていた。
女はそれを大事に肌身離さず持っていた。しかし、まさか王の子とは言い出せず。加えてその地域の子とは大いに違う子の容貌(王家は金髪、しかしネームレスの母らの集落はみな黒や茶だった)に悪い噂がたち、村八分にされ、病を受けても医療も受けられず。やがて死んだ、子供にみとられて。出生の秘密を知ったネームレスは、差別をした部落の人間より、手慰みに妊ませた王を怨んだ
おかげさまで私は王位継承者を誰にも知られずに手に入れることが出来た。
『そして忠臣として20年励んだ、世界を手に入れるべく』
毒ガス、虫使い、個人の物とするため、わざわざダークエルフを使わない諜報網とその人員の教育組織
『だが私はたいがい歳だ、覇業を全て遂げる前に死ぬだろう、最終的な功績は全て、そう全て貴様に行く、私は歴史に名を残す、それだけしか望んでいない。何が不満なのだ、ネームレスを名乗り、ヴァイス(白)の血を認められぬ、アシェス(灰色)貴様は一体何を望んでいるのだ』


振り返る。今までの言葉は足音も立てず追ってきたその男に向けて放たれたものだった 『アシェスという名前など、もう覚えておりませぬよ、主上』
二本の短剣を構える
『剣か、そんなものでこの私が殺せるとでも思っているのか?どうした?お前には相手に喋らせる前に殺せと教えたはずだぞ?』
手を広げて見せる、確かに何も持っていない
『そうでした、ね!!!』
手首を素早くスナップさせて短剣をラスプーチンの胸の中央、心臓へと間違いなく突き刺した・・・はずだった

『な・・・』
『ひぃははははは!!!どうしました!?私はまだ生きてますよ?』
血を胸からドクドクと流しながら減り込んだ短剣を掴む、短剣には糸がついており、引き抜く事が出来るようになっている
『驚いている暇はありません、よぉ!!』
ラスプーチンはその糸をおもいっきり引いてネームレスを振り回し、壁に叩きつける
『私は以前、銃弾を五発身体に食らいましてねぇ!多少の事では死にませんよぉ』
正確に言うと、毒入りの食事に酒、銃弾五発に全身殴打、そののち冬の冷たい川に沈められて五時間したのちに逃げだした所でこの世界へ迷いこんだのだ
『化け物め』
『流石に爆破されたら死ぬでだろうがね』


ヒッヒッヒと短く笑うと短剣を引き抜き、患部に手をあてる、みるみる血が止まっていく。血の止まらぬはずの血友病患者の血を止めただけはある
『さて、年寄りにしては激しい運動をしてしまいました。あなたには後で徹底的な再教育をしなければなりませんねぇ』
洗脳の意を言葉に匂わせる
『ごほ・・・そうは、いかんさ・・・時間だ』

ドカーン、ドゴゴゴゴ
爆発音が王宮を揺るがす
『何事だ?』
ラスプーチンが音に首をすくめる
『バルコニーを爆破した、ヤドリギにベラドンナのガスを仕込んでな!』
『貴様、何をしたのか判ってるのか!?』
あのガスでハイになった人魚どもは喉が潰れるまで歌い続けるだろう。虫はあらゆる食物を食べ続け、増殖し、歌を失い、無秩序に大陸を渡っては同じ事を繰り返す。たとえ帝國といえど・・・そうか!
『ミスミを帝國へ渡したのはそのためか!』
唸るラスプーチン
『利権を貪る王族や貴族に恨みがあるわけではない。抑圧され、暗い欲望を弱い者に向ける民衆に憤りがあるわけでもない。それは人間として当然の事だからだ。だから私はこの世界そのものを怨む!故に誰の意志も介さず、貴賎の区別もなく喰らい尽くすあの虫によって、私は世界を壊す!』


『愚か者め』
それを破滅思想というのだ!
『あなたは結局、世界を変えられなかった、世界に乗り掛かり、世界に同化したうえでしか事を成せなかった。だが帝國は違う!世界さえ壊れてしまえば、小さくさえなってしまえば、彼等は構築してくれることだろう、この世界を別な物へ!』
ネームレスが起きあがってまた剣を構える
『あとはあなたを足止めさえすればいい、ヤドリギの撃墜命令を出させぬよう、虫どもが人間の匂いに反応し戻ってくるまで!すくなくともお前の最大の切り札、虫は消えた!!外交ラインを切ったことで帝國はこの国を虫と共に攻撃してくる、くははははは!もう間に合わない、もう助からない、列強は一国たりとて世界にのこらなぁい!!!』
狂喜の笑みが彼を、ネームレスを支配している
『お前はすでに狂っていたというのか・・・!』
ラスプーチンは己の愚を悟った
『気付くのが、二十年ほど遅かったですねぇ!しばらくの間は、私とダンスを踊っていただきますよぉ!』

影は舞い続ける、滅びの踊りを


ハマ沖合・筑紫
(やっぱり、押しとどめるのが精一杯)
ミスミの歌も、虫は一定範囲を保って筑紫を取り囲んでいるという所でとどまっている

バチバチバチ!パチンっ!!

音波がうち消しあい、電磁波が飛び交う状況に大気が不安定化しアンテナの空中線から火花が散り、発火する。飛び散った火花は艦に斑点のような後を残し、艦をまだら模様にしていく
『キュ!?』
不意に向こう側の歌の圧力が一気に盛り上がる、三人で虫を阻んでいた範囲がみるみる小さくなっていく・・・このままでは!
でも、何て無茶な歌い方・・・!
(ラスプーチン主上の命令?いいえ、あっちには面倒な口伝で技術を伝えるしかない、とりあえずは大事に扱うはず・・・)
ほんのしばらくすると今まで統制を保っていた虫が異常な行動を取りだす。何もない、海中に突っ込む一団すら、居た

『・・・歌が、変わった?』
ミスミがはたりと歌うのをやめる。虫達はみな陸地の方へと向きを変えて飛び去っていく
『虫どもの指示範囲外に到着したか!』
下の艦橋で助かったことで歓声があがるのが聞こえる
でもあれは、あきらかに変だった、向こうで何かがあったに違いない。志摩さんに伝えなきゃ!
ミスミは艦橋へと走った


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