『唄う海』56


『わたし・・・歌います!』
絶望的な筑紫の艦橋でミスミが叫ぶ
『もう、私の歌がどれほど通用するかわからないですけど・・・ある程度はあの虫達に効くはずです!』
またあのような発作を起こしてしまうかもしれない・・・けど、あの人だけは守りたい!
『無茶だ!何より君は・・・!』
志摩が反対する、先程の発作からして歌えるような状態では無いだろうに!効果も不確かだ
『君は・・・あの虫の関係者か、なるほど。それで追われていた・・・志摩少佐、我々が何らかの形で現在頼れるのは彼女しか居ない、頼めるかね?』
この艦橋での操舵を失えば逃げることもままならない、小値賀も苦渋の表情で頭を下げる
『そうだ!一人でなら点しか守れないが、あと二人、音に鋭敏なニーギ達が彼女の歌を歌えたならば・・・!』
3点、面でこの艦を守ることができる
『たしかに、たしかにレーヴァテイルに奴らはミスミさんから技術の移転をして歌わせていた。しかし、すぐに歌うことが出来るほどの代物かどうか・・・!』
五島の言にも顔を曇らせる志摩
『少佐、その話聞かせていただきました。』
艦橋にニーギとターニャが現れる
『いったいどうやって・・・』
まだ何も話していないというのに


『キュウ〜、伝声管は空洞だから音自体は微弱だけど聞こえるの』
ニーギが笑って盗み聞きのからくりをバラす
『そういう手癖の悪い事は覚えなくてよろしい!でも、ま、手間が省けたよ』
コツンと五島がニーギの頭を小突く、ペロっと舌を出してニーギは五島を拝む
『せめてやることやってから死のうや、な、少佐』
『時間があまり無い、早く決めてくれ、彼女達と併走するなら速力を落とさなければならない』
一支と対馬が続ける
『志摩さん、私、頑張ります!だから・・・』
ということは反対する意見は彼しかないようだ、一身に皆の注目が集まる
『わかった・・・ならば信じるよ、私は』
艦の首脳陣の意志は決定した
『ミスミさんはこちらに、歌の打ち合わせをしなければ』
五島達はミスミを連れて別室へ
『航路をもう一度選定します、一支、付き合え』
海図台へと二人は頭を並べる
『少佐、医務室へ』
『信じると言った以上私はここを動かん、ここで点滴を頼む』
『見張りは警戒を厳に、日振、大東から奴らが飛び立ち次第報告せよ』
にわかに筑紫艦橋が騒がしくなる、志摩は呟いた
『どんな状態になろうとモチベーションを失わないこと、これが良艦の条件というわけか・・・』


冷汗がとまらない
あの歌を歌うことは、フラッシュバックのように、操られたとはいえ、炎と死臭にまみれた同じ部族の皆の事を思い出さなければならない、皆が皆、恨みつらみを噛られ、焼かれ、血だらけで自分に訴えかけてくるのだ。
『〜♪〜〜♪』
音程、フレーズ、息つぎ、どこが変わってもいけない。こちらの事も考えると冷汗が止まらない
『キュ、キュ〜』
ニーギが何かを紙に書いている、おたまじゃくしのような記号だ
『ターニャちゃん音符よめたよね?』
『ええ、書き込むのは出来ませんが』
自分がラスプーチン主上の命で教えたレーヴァテイルは言葉こそ喋れども、物を書いたりはしていなかった。
ミスミの知るところでは無いが、学校を作り、教育を施す。愚民化政策を取らなかった事が効をそうしていた。海軍のソナー員として利用する為と数がまだまだ多くなかった事もあったという理由もある
『口伝を紙に写すということは邪道でしょうが、一番手っ取り早い、我慢してください』
表情の変化に、五島が的の外れた謝罪をする
『おそらく、幼いころからこの歌を仲間内で伝える巫女(みかんなぎ)として育てられたのですね、あなたは』
頷くミスミ
『よ〜しっ♪ゴトー、出来たよ〜』


『よし、ぶっつけ本番になるがやるしかあるまい。艦橋、こちら準備完了。展開させます』
五島は彼女達の配置を黙々と考えていた、3箇所で面を作るにしても声、または波長の届く範囲、何が虫に効いているのか皆目検討がつかない、何故彼女達を使うことを提案したかというとただ一つ、彼女、ニーギだけは何とか逃げれないか考えての事だ
艦全体をなるべく包むように三角形を作るためには海上にレーヴァテイルの彼女等で2点置くのが効果的だ、ミスミをそのまま海に放りこむわけにもいかない。正直、効果は自分でも懐疑的だった
『配置はミスミさんが防空指揮所、ターニャさんは右舷側、ニーギは左舷側、さぁ行って!』
場所を告げると二人はすぐに出て行った、ニーギもそのまま行こうとしたがその手を掴んで止める
『キュ?』
なんで止めるの?とニーギが振り向く
『ニーギ、もしもの時はそのまま潜って逃げろ、いいね。お腹の子は任せたよ』
反論を許さず、抱きしめて口を塞ぐ
『今はニーギだけの身体じゃないんだ。理解してくれ』
『ゴトー、ずるいよ・・・そんなの』
『さぁ行って!うまくいってお互い無事に帰ったらお魚フルコース買ってあげるから、な』
『キュ・・・絶対だからね!』


艦橋に現れたミスミが志摩に近寄る、防空指揮所は一つ上、露天だ。
『あのっ!』
『どうした?位置をかえたってそう変わらないだろうが、君の配置は上だろ』
伝声管で配置は五島大尉から聞かされていた、志摩は双眼鏡で艦全体が虫で真っ黒になってしまっている日振と大東を眺めたままだ
『手を少しだけ・・・握らせてもらえませんか?震えが止まらないんです』
見れば小刻みに震えている
『大丈夫、君ならなんとかなるさ。もう私は信じたよ、信じたからには一切何も聞かない、出来るさ、だから頑張れ』
ぎゅっと一本しかない片手でミスミの手を握る、しばらくすると震えが止まった
『以前、何も知らないときはラスプーチン主上にしてもらって居たんです』
私は幼いときのあの日から、あの男に依存していた、そして今度は志摩さんに。
ポムと頭に手が置かれた、暖かい
『大丈夫、寄り掛かる相手が居たっていいじゃないか。それが人なんだから』
思わず泣いてしまいそうだった
『・・・では、行きます』
『うん、いってきなさい』
顔を上げずにミスミは去って行った。
『おいおい、あれじゃあ落ちてもしゃあないぞ』
『いわゆる思わせぶりな行動を素でしてしまうタイプですな、少佐は』


『細君が音に聞く暴れ方をする理由も何となくわかるな』
一支、対馬、小値賀のそれぞれ志摩とミスミのやり取りを見てのコメントだ
つまり少佐は誰にでも親身になり過ぎるのだ、優しさに他人との分け隔てが無い、本人はまったくそうは考えてないのだろうが
『虫が2艦から同時に飛び立ちました、合流してこちらに来ます!』
見張り員の言葉に全員が緊張感を漲らせて注目する。一つとなった虫の巨大な群れがこちらに飛んでくる
『いよいよだな』
一筋、小値賀の額を汗が流れる
『撃ち返す事も出来ねぇで、あいつらに命運を預けるしかないってのは気分悪いぜ』 一支が毒づく
『今、戻りました、対馬艦長、砲を使っては音が紛れてしまいます、ここは自重を』 五島が艦橋に戻って来た
『桂・・・帰るからな』
志摩は苦労しつつ右腕で内ポケットから小さな写真を取り出し、眺めてそう呟くと、また戻した
『機関8ノットを維持し、ターニャ達と距離が離れぬように航路維持』
対馬航海長が各位に念をおす、遠ざかる速度こそ遅くなるが、あれに対して速度を出してもさほどの意味は無い
『見張り、もういい!艦内戻れ!』
これで艦の外にはあの三人だけだ


そして誰もがその時の為押し黙った


筑紫の防空指揮所にミスミが立つ、露天にただ一人
『いまさら・・・主人顔して命令するなんておこがましいに決まってる、でも!』
この歌を聞いて!あの人を守る為に!



尊い貴方を守護る為に この歌を奏でよう

この身の呪縛と引き換えに 今 この歌を捧げよう

何故 力は 無欲な物に宿るのだろう

何故 力は いさかい望まぬ優しい人を苛むのだろう

神の子よ 力の子よ

もし貴方が争いを厭い 永遠の安寧を求めるのなら

力と そして肉体を 共に眠りへ就かせなさい

己が力が禍となり 同朋(ともがら)の身さえも蝕む前に

優しい音色を奏でよう

貴方の為の子守歌

この身の呪縛と引き換えに 今 この歌を捧げよう

貴方の心を守護る為に 永い眠りを与えよう

暗い影した魂を 救済へと誘おう

祈りの言葉 貴方へと紡ぐ 深い嘆きを解き放たん



あなたたちは創られた物達だから、望まぬ姿、望まぬ生を強制されたモノ達だから
本来は私達の部族で永き眠りについたままでいられたはずなのに!

『ごめんね・・・ごめんねみんな・・・』
誰に謝っているのかは、ミスミ本人にもわからなかった

『主の名の元に、歌に酔い痴れ、岩戸に戻れ!』


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