『唄う海』54


『どうかね?少佐は』
筑紫に志摩少佐をのせ終わり、艦橋に顔を出した五島に小値賀が問う
『なんとか輸血を用意していただけたため、死に至ることと、他の部位の切断は防げそうです。左腕部切断後の経過時間が長かったため、少々歩行障害が残るでしょうが』
『そうか・・・』
残念そうに小値賀が唸る
『腕が無いとなれば退役ですか・・・29でしたかな?』
『働き所だな・・・つれぇ所だ』
今のところ内需拡大と船景気で好況であるものの、雇用は陸軍の動員解除やらなにやらで、かなりの部分がまかなわれている。それでも世の中は、拡張路線の為、人手不足だ、人をもっとくれ、となってはいるが、それでも身障者というのは再就職には痛い。
天下りで海運会社にいれるにしても、他の社員に新大陸が危険な所と思わせる風体の社員は社内のモチベーション悪化、顧客への不安の助長を引き起こす、これが御老体であれば、椅子に座ってるだけでも構わない、その会社に居座る時間も短い。しかし志摩少佐の歳ではそうもいかない
『我々があれこれ考えても仕方あるまい、まだ少佐はリハビリにも入っておらんのだからな、それに目的は果たした。左近丞中将の旗下に、一刻も早くもどらなければならない』


後方には対空砲火の黒煙がたなびき、遠雷のような砲声が時たま聞こえてくる
『無事・・・でしょうか?』
対馬が海図台を睨みながら呟く
『扶桑は戦艦だ、老骨とはいえ、そうそう簡単にはやられんよ』
ただ、どの程度の損害を受けているかには、暗惨足る予感がしているがな、という言葉は胸の内に飲み込む小値賀・・・根拠地隊を別行動させた時点で、何とはなしに分派艦隊の果たす役割にピンと来ていた、これは囮だ、と・・・部下の前では、いえんなこれは
『原住民、といっていいかどうかわからんが・・・例の志摩少佐が連れてきた娘さんはどうした?』
話題を変える、諜報畑の人間の場合もある(事実諜報の人間だが)、あまり艦内をうろつかせる訳にもいかない
『衣服を脱出の際喪失しましたので、ニーギの替えの服を貸して・・・少佐の傍を離れようとしないので医務室にそのまま軍医預かりの軟禁の形にしました。軍医の扱う刃物があるので別の部屋に居てもらうつもりでしたが・・・目が覚めるまではどうしても、と』
五島が申し訳ないといった表情で報告する
『おいおい、そいつぁ・・・』
『難儀だな、つくづく』
以前少佐と深く話す機会が会った一支と対馬が顔を見合わせる、修羅場確定だ


『うむ、よくは知らぬが、不幸は重なるものだな・・・五島君、敵の取り得る方策はどの程度あるかね?』
ただ合流するという訳にもいかない
『その敵、というのには現在空襲を継続中の列強の他にヴァイスローゼンも入れての事、でしょうか?』
『入れてくれ、自国民とはいえ強奪同然で返して貰ったからな、少佐の連れてきた娘さんも、どんな人物かも我々はわかっちゃおらん、ただ、相当の重要人物だ・・・ただ囲っていたのなら楽だったのだが、そうではない、違うかね』
五島が頷く
『ごもっともです、騎馬隊まで出して追ってきたあげく、交渉には彼女だけを取り戻す意図が見られました』
腕を組み、少し考える
『ある、と言えば空でしょう。大型の対艦魔法の槍が基本的に沿岸配置用の敢えて言うならば阻塞機雷のような物である以上、列強及びヴァイスローゼンが我々に打撃を与えられる方法はワイバーンによる空襲他ありません。量産型対艦魔法の槍を保持していた場合でも、ワイバーンがその搭載の母体として利用されるでしょう。しかし列強が投入するならば、現在攻撃を受けている分派艦隊の本隊、扶桑に向けてでしょう、そしてヴァイスローゼン一国が揃える魔法の槍ではあまりに数が足りない』


五島の長口舌を皆真剣に聞いてくれている
『しかし、攻撃してくるにしても、それではヴァイスローゼン的には面白く無いことになります。』
『というと?』
対馬が疑問を呈する
『下手人がはっきりしてしまったなら、流石に支援を受けれなくなります。まだ列強との戦いは始まったばかり、ここに集結している分の列強の地上戦力でもその力は強大です、ワイバーンこそ第三艦隊の空襲で数はかなり減らしたでしょうが、あくまで列強に反するためにはその大兵力に打ち勝ち、逆に攻め込まなければならない。増援の無い防戦はいずれ押し潰されてしまう』
話は道筋を通った物であり納得のいく物だが、五島はすっきりした顔をしていない・・・何も無いわけが無い、絶対に。しかし方法が見つからない、そんな顔だ
『てぇ事は・・・俺達が無線その他何も出来ないうちに全艦撃破できるような攻撃じゃねぇと意味が無いわけだな。なんだ、大丈夫じゃねぇか』
そんな事が出来るのは帝國海軍自身か元の世界の英米軍ぐらいだ、大体、通信等の妨害をする理念さえ無いだろう
『いや・・・似たような事例が一つだけあるぞ諸君。しかも最近な・・・いや、しかし・・・まさか』
小値賀が思いついた風な言葉で語りだす


『僑導機がついていながら陸軍の戦闘機隊がまるまる一つ何も告げずに行方不明になった、というあれだ。あれだけの機体が居ながらその全てに無線の不備があったとはやはり思えん、何がそれを成したかは知らんが、な』
得体の知れない何かが迫ってくるやも知れぬ、そんな不安感を拭い去るように五島が反駁する
『しかしあくまで事故の線も捨てきれませんよ、それに何故陸軍の部隊が襲われなければならないのですか?』
黙っていた対馬がぼそりと呟いた
『力試し・・・か?』
『航海長、思いついたなら言ってくれ』
小値賀が促す
『は。列強の一国だったとは言え、ヴァイスローゼンは現在クーデター政権のポッと出に過ぎません、その一国がまがりなりにも列強の全てに対抗するという事は普通考えられません』
ここで一旦言葉を区切り合点のいかなそうな五島に向き直る
『五島大尉、本来なら実力も無い筈のクーデター政権に帝國が与するということは典礼参謀としてありえると考えられるだろうか?』
『ない、ですね・・・実際の所は無関係を貫いて捨てるはずです。しかし、我々と同じ世界の人間の存在があり、列強の作戦行動を観るための派遣武官を送る事はしたかと・・・その為の志摩中佐では』


対馬が五島の言葉の後を繋ぐ
『その報告が我々の出動を呼んだ、しかしそれだけでは片手間に付き合いだけの兵力派遣に過ぎなくなる。それに列強とぶつかってから自分達に実力があると見せても遅い、協力を求めるにも本土からでは時間がかかり過ぎる。実力を見せるのに適当な相手を当時は存在を隠遁していた彼等は帝國にそれを求めた、加えて幸いな事に対馬丸事件で国内世論は盛り上がり、艦隊派遣のコンセンサスは得られる見込みもあった、いや、もしかすると対馬丸事件さえもが・・・』
信じられないといった顔で五島が青ざめる
『全て仕組まれていた、と?』
一支が、けっと吐き捨てる
『いや、ちげぇな、それならあっちが仕組んだだけじゃ無い、こっちにもそれに乗った人間が居やがる!』
海の上にある本来守るべき陛下の赤子たる国民を犠牲にして・・・ふざけるなってんだ!
『・・・少なくとも動機はある、あとは』
『報告!』
伝令が艦橋に走り書きをしたためた紙を持って入ってきた
『通信室です、無線・通信機器が突然故障、原因は不明、現在復旧にかかりつつあり、各艦からも発光信号で同様な報告が』
『なっ・・・!』
場が凍りついた

『来るぞ、陸軍の部隊をやった何かがな』


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