『唄う海』52


カランカラン

分散し浸透作戦を行うワラキア率いる歩兵部隊12000、その分散し前方へと偵察を含め放った部隊の一つが呼子に引っ掛かかって鳴らしてしまった

『止まれ!静かにしろ!』
部隊長らしき人物が命令して物音に耳を澄ます、鳴らしてしまった以上それを伝えに戻る伝令を潰さねばならない

ガサガサガサ

物音が聞こえた方向に命令を待たず兵が冷静に弓を構えて矢を放つ、そういう打ち合わせは出来ているのであろう、特に叱責も無い、精兵だ
『ギャッ!!!』
くぐもった悲鳴があがると木から黒い何かが落ちた、相手の草のようだ・・・うまく片付けた。
『ふぅ・・・ん?花の香?』
安堵と達成感から部隊長の口角が持ち上がる、そこに甘い花の蜜のような香が漂って来た
『やった!やったぞ!!ハハハハハハハ!!!』
兵の一人が笑いだす
『おい!お前!静かにしろ!』
『ハハハハハハハ!!!叱られてやんの!ハハハ
ハハハハ!!!』
また一人今度は叱責に笑いだす
『ハハハハハハ!!!ハハハハハ!!!』
各自が何でも無い事を見つけ出しては笑いだしていく
『これじゃ指揮もなにもあったもんじゃないな、ハハハ・・・はっ!?ハ、ハハう・・・ハハハハハハハ!!!』


最後に部隊長が笑いだして、ゲラゲラ笑う集団が森を歩く、やがて部隊の誰かが剣を抜いて仲間を斬りつける
『すげぇ切れ味だぜ、買い替えたんだよなぁ!!!ハハハハハハハ!!!』
その男の頭に矢が突き刺さる
『いやっほぅ!!!命中だぜぇ!!!ハハハハハハハ!!!』
お互いが笑いながら自傷行為をして死んでいく
『見ろよ、死ぬぜぇ!俺ってバカだ!ヒャハハハハハ・・・ぐぇ』
一度始めた殺傷行為は血をたぎらせてお互い止めようが無くなる

『俺一人になっちまっただ〜!アハハハハ、ハハハハハハハ!!!』

影がその男の背後に回って首を切り裂く、顔には簡単ながら密閉された防毒面

『こちら、メイデン5。敵部隊排除』
魔法通信を使い上空の飛行船《ヤドリギ》に報告する、同じような前衛部隊がすでに20近く撃破されていると聞く、諜報部隊数百のみでこの戦果だ。我が主上はやはり偉大な魔術師なのだ
防毒面の残りが切れたので取りに戻る、ただ持たされた缶に鎌を突き刺せばいいのだから
『ハハハハハハ・・・おっと、少し吸ってしまったかな?』
口角が持ち上がる、彼はなにも知らないが、完全な防毒など出来はしない、その時が来れば彼も笑いの中に交じって消えるだけだ


『首尾は、上々のようだな』
飛行船に据えつけてある地図に書き込まれていく進攻状況を眺めつつラスプーチンが呟く
『上々もなにも、かような少戦力で我が国土の寸土も渡さないで済むなど、名将、いや神将と言ってよろしいかと、これで恭順しない諸侯も考え直しましょうぞ!』
『ふん・・・まぁ列強もバカではない、一万を越えるとはいえ、偵察戦力だ』
あの第一次世界大戦を見て来たのだ、この時代の戦術や考え方など、すべてお見通しだ、なによりラスプーチンはナポレオンに憧れていたと言われている、知識はそれなりにあった
『ガスの対処方を編み出すまで睨み会うか、突撃してくるか、ヒヒヒ、まぁ様子見だ』
第一次世界大戦、毒ガスが多用された戦場、ロシアの皇太子を治療したように、医術にも間違いなく精通していたであろうラスプーチンが虫の他に手にしていた奇手、圧倒的な戦力差があってもラスプーチンが動揺せぬ理由だ
『ベラドンナの快楽に酔え、列強と呼ばれる旧勢力どもよ』
ベラドンナという花の香が人間を極端な快楽に誘う性質がある。これを知ったのは彼が好色であった事を知って、媚薬として献上して来た娼舘の主人が持って来てからである。
ラスプーチンはこれを独占した


やり口は簡単だ、市井を惑わす薬を製造し云々だ、あわれ娼舘の主人は街の真ん中で張り付けにされた、あとは取締と称して産地を制圧し、今度は自分達がブローカーになる。
所持を問われても諜報部隊の拷問用として言い逃れが出来るといった次第だ
『ネームレス様から通信です、もう一つのラインを二重工作員にする為に仕込み中とも』
『そうか、やりおったか。しかしこんな時にか・・・まったく、痴れ者よの』
手をやる気なげに振って伝令を追い返す
『ハマの街から急使!高度下げます!』
飛行船がワイバーンの限界高度以上に位置していたので高度を下げるようだ、攻撃されないよう考えて飛行船を利用しているのだから当たり前の話といえば当たり前の話だが このヤドリギの由来はこのワイバーンの休憩所足り得る事からなっている
ワイバーンが飛んで来てケージの中に入り拘束される、餌やりや体のマッサージを行えるくらいの余裕は与えてある
『主上、例の脱出した二人、取りにがした模様です』
伝令がまた入って来て報告する
『なんだと!?』
目まぐるしくラスプーチンの、その鋭敏な頭の中で思考が行われ、すばやく結論をだす 『虫を使う、船を王宮へ、帝國へも手をうっておかねばな』


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