『唄う海』外伝02


『ふぁああああっ・・・』
朝だ、デスクの方で物音がしないから、ゴン太君帰ったのか
湾港部の建物は海に面しているから窓の向こうには海と船、桟橋で朝釣りしてるおっさん達しか見えない・・・あ、海防艦が二隻減ってる、四隻で一単位だから、なにかのルーティンで出てるみたい。舷側に三箇所に取り付けられたL字型の着脱式の対対艦魔法の槍装甲が特徴的だ、これのおかげで一艦につき海防艦でも、最低片舷三発以上発射されないと被害を一切与えられないなんて言われてる。
『シャワー、浴びよっかな?』
最初の頃は普通に海に飛び込んでたんだけど、ニューコンティネンタル市自体の人口急増に下水処理が間に合わなくなって来たのか、汚くなっちゃって。潜水具なしだと潜りたくなくなっちゃった。
『ふんふふふーんふん、ふんふふふーんふん』
クラシックのアレ、を口ずさみながらシャワー室へ、シャワー室は倉庫の方にあって、倉庫では潜水具ほか、小さい哨戒艇が整備されてる、整備担当はドワーフのおやじさん、片眼鏡で気の良い爺様。水中班となってたのはおやじさんとだ、潜水具に不具合が見つかった時の対処とか、バックアップをしてる、今まで一回も不具合とかないし、腕のいい職人さんよ


あれこれ考えているうちにシャワー室にとうちゃーく、服をぬぎぬぎっと

シャー・・・

熱いお湯が頭から綺麗な流線形の体を流れる
『ふぃ〜、良いお湯』

二十分程楽しんであがる、なに?シャワーシーンの描写が少ない?・・・ちょん切るわよ?
ま、ともかく足をよく拭いとかないといけないのがこの体の不便な所、水に漬けたままだと両足くっついてひれになっちゃうし、鱗も生えるし、それからまた二本足にするのは面倒だし痛いのよ、これが。海に居続けるならヒレのままが楽なんだけど
『よっと♪』
この前遊びに行った時キャサリンたんが選んでくれた黒いイブニングドレスを着る
相模中佐なら、公共の場だ、制服を着ていかんか!となるのだろうけど、劇場みたいな暗いところでシロフクのようなの着てたいったら、おもいっきり目立つのよ!メインの賓客でも無いのに、紺の方を着れば良いじゃないかって?下士官用のやつは袖についてる錨のマークがなければね、恥ずかしくって着れやしない。デザイン的に没!というわけでこれ、念のためにスリットに拳銃も忍ばせる、あくまで内地ほど治安が良い、というわけじゃ絶対ないから。拳銃携帯使用の許可証はもった、と

さあ、いきましょうか!


ニューコンティネンタル市
元は物凄くアホな国王が居た土地だったらしい。あまりにもアホなので重巡、たしか高雄らの戦隊からの艦砲射撃を食らって城ごとおじゃん、直轄領にされちゃったとか、詳しいことは忘れちゃった
でも、限定的に志願制の移民を始めた帝國の人達にとって、海沿いで、かつて人が住める程はインフラがあって、資源は無い。っていう立地は移住民にはありがたかったのはわかる。
列強さん達も五年くらい前までは資源地帯へのちょっかいも結構やってたから、地下資源がない所で直轄領であるここは、下手な厄介事も起きずに街造りが出来る、と考えた訳
帝國人だけの街になるかと思えば、お人好しにも流れてきた流民や、ドワーフさんたち、獣人さんたち、もろもろ色んな方面を受け入れてから物凄い勢いで人が集まっちゃって、都市は急速に発展したものの
・・・治安はこのとおりだし、帝國と列強の国家機関もあれこれと、ある物は有効活用しなきゃならないなんて義務感だしちゃって、いろいろ暗躍したりする
これでこの街のカオス的な状況はわかってもらえたと思う。それでも今回のような娯楽の催しは時たまやってるし、みんなとも会えたし悪いだけの街じゃ無い。私はそう思ってる


会場は元コロッシアムの劇場、簡単な屋根がつけられてて、雨の日も大丈夫になってる。時たま小学校とかの組体操のお披露目や、学園祭の劇とかもここでやってるし、市民にはかなり解放されてるとこ。警察もイカれたやつらが入って来たとしてもここなら守りやすいというのも聞いた事がある
湾港部から駅馬車で10分くらいで到着、少し歩いて正面玄関、人だかりが・・・どいつもこいつもペアでエスコート付きね・・・べ、べつに悔しくないわよ、全然!
『チケットを拝見させていただけますか?』
ドアボーイに引き止められる
『あ、はい!』
運よく取れたのよね、これ、夕食を挟んで昼から夜までかかる長丁場・・・寝てしまわないかちょっと心配
『どうぞ』
にこやかに一礼されて通される
『!!!』

一歩会場に足を踏み入れる

熱い・・・!!!

おもわず後ずさる、びっくりした、人の熱気かしら?

『お客様・・・やはり熱いでしょうか?』
困ったようにドアボーイが顔を曇らせる
『え?えぇ・・・凄い熱気ですね』
『空調がどうもおかしいようなのです、皆さんそうおっしゃられて。申し訳ありません』
『まぁ、熱過ぎて不快って程じゃないから、気にしないで』
『恐れ入ります』


曲目は『椿姫』貴族と高級娼婦のお話だとか、ヒロインはヴィオレッタという娼婦、ヴィオレッタというのはスミレとかいう帝國で咲いてる花の名の別の呼び方・・・もらったパンフにはそう書いてある
弾き語りの旅芸人とかが物語を伝えて回るのが他の開発されてない地域じゃ当然主流なんだけど、それが洗練されていくとここまで昇華されるんだ、と、ちょっと圧倒されちゃった。ただ、これほどの規模で照明、舞台とか整えるのはお金がかかって普通の人は見れないんじゃないかしら、加えて上演時間が長いし。いや、私ぐらいが見れてるんだけどさ

『不思議だわ』

主演女優は私と同族のレーヴァテイル、マーニャとかいう名前・・・何か私が感じたのは気のせいだったのかしらね?今はなんともないし、私と何か関連があるかなと思ったけど、全然
『さすがはレーヴァテイル、歌を歌う事に関しては天賦の才をもつな、素晴らしい!』 『ふふ、あなた、声が大きいですよ、でもまるで歌の神様、ディーバが降りて来たみたい』
隣の老夫婦が感激している、たしかに同族の私が聞いても物凄くうまい方ね、それに舞台での演技、セリフの覚え、彼女は私とは別な方向の努力をしたに違いない
やがて第一幕が終わる


第一幕がやっと終わった・・・

『マーニャさん、良かったですね、体調が戻って!しかも今日は凄い声がのってて我々も演技してて最高ですよ』
共演者の人だ
『ええ・・・』
『・・・どこかまた体調が?』
心配そうに覗き込まれる
『大丈夫ですっ!いくらでも歌えますよぅ!』
そうよ、今日は歌が凄く伸びていつもより、もっと・・・もっと歌えるんだから!!
『でもちょっと疲れたので楽屋へ』
お薬を飲まなきゃ、薬を飲めばいつも治まるのよ、薬さえ飲めば・・・

第二幕

ああ・・・よかった・・・まるで鳥のように体が軽い・・・歌も最高に歌えて・・・歌え・・・て・・・

『アルフレード、あなたを愛しているわ、あなたも同じだけ私を愛して・・・・・・さようなら』

『ぐぅあぁああ!!!』
『ああああぁあ!!!』
『か、体が熱い!!』
共演者達が悶え苦しみだす

『ああ、不思議だわ、新しい力が湧いてくるよう・・・!』

ボォオオオオオッ!!!

最終幕のラストワードの言葉と共に演者、演奏者達が盛大に燃え上がる、それは幕間のカーテンへと燃えうつり、全体へと炎を広げていく


まだまだ足りない、新たな種の誕生の祝いには、新たな世界の誕生には


『なっ・・・!!』
私はまた、急に場が熱くなるのを感じた、第二幕からだ、一体なんなの?これ?

『・・・さようなら』
さようなら、旧種族達よ
どくんっ!!!

胸の動悸が激しい、苦しくは・・・ないけど、いまさっき聞こえた言葉は

『ああああぁあ!!!』
『ぐぅあああああ!!!』

『ああ・・・新しい力が湧いてくるよう』

ボォオオオオオッ!!!

『何てこと・・・!!!はっ!?』
まわりの観客を逃がさなきゃ!!!誰も状況に飲まれて席を立とうともしない
『みんな!!!みんな逃げて!!!』
『君、帝國の事だ。え、演出じゃ無いのかい!?』
反対側のデブな男が汗をかきつつ問う
『う、うわぁっ燃えてるぞ!!』
『そんなわけないでしょ!!!私は帝國海軍の人間よ!その歌をやめなさい!!』

タァン!!!

演劇を聞いてないの!?これじゃストーリー無茶苦茶でしょうが!!!それに出演者を焼く劇があってたまりますか!!!やっとまわりも逃げ出している、拳銃を取り出して相手に警告射撃
『早く逃げなさい!!』
『おお・・・わ、わかった!』
『ひぃぎゃああああっ!!!』
今度は観客席の方で何十人単位で燃えだした
『なんなのよ、これは!』


に、逃げ出したい、逃げ出したいけど・・・戦えるのは私だけみたいだし・・・予感のもたらした物としては最悪よ!!
群衆を掻き分けてステージへ
『あなた!いったい何をしたの!魔術にしたってこんな!あなたレーヴァテイルでしょ!?』
銃を向ける、あちらは意に介さない
『マーニャ、マーニャ!?これは君の仕業か!?』
誰!?
『さがって、危険よ!!この惨劇を今すぐ止めないと、躊躇せずに撃つわよ!!』
『春野・・・さん?』
ゆっくりとこっちを振り向く、なに?瞳孔の色が始めてみた時と違う!!!
『そうだよマーニャ、座長の、こんな事やめるんだ!な!』
『近寄らないでくd』
『お前はこの体を維持するのに世話になった、ソロではなく、モブで焼いてやる』

ヒュゴォオオオオオ!!!

なんで・・・さ、あっと言う間に春野とかいう男がカリカリの焼死体に、どうやればこんな風に人を殺れるのよ!!!
『こ、この化け物っ!!』

タタタタタァンタァンタァンタァン!!

劇場効果で音が反響する、改・南部式の弾倉全部、一発警告で撃ったから十四発全部撃ち込んだ
『お前は、燃えないな?』
き、効いてない・・・全部貫通したのに・・・液体みたいに・・・そんな!


『この体ではさすがに戦えんな、使いにく過ぎる』
『ちょっと!!!どこへ行く気!?』
弾倉を入れ替える、とりあえずこいつが言うには私は燃やされはしないみたいだけど、どうすりゃいいのよ!
『今日の公演はこれだけでは無いのでな・・・』
マーニャだった体が熔けてコロッシアムの側溝から流れていく、ちょっとまて、そんなのあり!?拳銃が効かない訳だわ・・・て
『お、追わなきゃ!!!あんなの外にだしたら!!』
何やるかわからない!えっと・・・次の公演ってたけど・・・まだこの劇場の中に居るかもしれない・・・いえ、中には居ないわね・・・どこか別な場所
『待って』
なんで私、ここには居ないと言い切れるの?
『・・・ううん、あれだけの力を持ってたらコソコソ隠れる訳が無い!もっと別な場所よ!』

私とあんなのに関係性なんてあってたまりますか・・・!


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