『唄う海』51


帝都・軍令部

海軍部内は反対意見があれほどあったにも関わらず興奮を隠しきれぬ状態だった、やはり身内が戦果をあげるのは嬉しいらしい。手元にある新聞も
『ワイバーンを六百騎撃破!帝國海軍大奮迅!』
『海の荒鷲、鳴くだけで飛ばぬとはもう言わせぬ』
『我等が海軍が対馬丸の仇はとってくれた!』

煽っていることもあろうが
『熱しやすく、冷めやすい、か・・・』
すでに扶桑らの喪失が届いているだろうが、自沈であって撃沈ではない、駆逐艦や海防艦程度の撃沈では国民は動じないし、勝ち戦だ、報道部が美談にして伝えることだろう。予算も議会を通りやすくなるし、予科練や海軍兵学校への志願書は何倍増になるだろうか
『面白くないのは陸軍だ』
海軍がやったなら俺達も列強に対して何かしなければおいしいところを全て海軍に持ってかれる・・・という空気が流れているのがはっきりわかる、陸軍の石原莞爾らが作り出した馬鹿な空気だ。だがそれも、明日まで、明後日には対馬丸の下手人が列強ではなく、攻撃の大儀と掲げて支援すると決定した国であるヴァイスローゼンだった、と、これまた海軍の報道部が発表が行われる。謝罪と共に
『皆が皆、困惑するだろうな』
永野が一人笑う


だが列強への、対決姿勢は陸軍がせっせと広報したおかげで国民に浸透している、列強が攻撃する相手として間違いであったとしても、海軍批判はおきにくい
『あいつらはもとから怪しかったんだ、仕方ないさ、悪いのは間違えた一部のやつだ、海軍さんはこんな大戦果をよくやった!』
とか
『最後におえらいさんのバカはあったものの海軍さん自体は凄い!』
と国民的にはなるわけで
責任問題も、間違えたおえらいさんの俺自身がとっとと辞めるわけだからな、出来る限りのワンマンを通し、陸軍が大陸で何かする前に、と早急な作戦の実施を急かしたのはこの為だ、海軍部内は反対だったという、皆の言い訳も完璧だ、この醜聞をすっぱ抜くのも身内だしな
一番危険なのは、列強が衰退した今が攻め込む機である!と陸軍が独断専行で動いたなら、だが。これはいくら陸軍とはいえ無いだろう。我々並の戦果がすぐさまあがるわけが無いし、国民の支持も、それでは得られない
間違いで攻撃した相手が、その攻撃で弱ってるから攻めちまおう・・・無理だ、判官贔屓の国民がそのあまりにも卑怯な真似を支持する筈が無い
停戦交渉も現地で行われることになっている、それが締結されたなら、道化そのものでは無いか


陸軍の事を頭から追い出すと書類を取り出す
『戦時にこそ慎重な将を、平時には果断な将を、彼ならば十分以上にうまくやってくれるだろう』
後任には元GF長官で病気療養中だった山本君が復帰して就任する事になっている、自分が慎重な将だとは露ほどにも思わない、むしろ消極的と言えるだろう、だが、後任の彼が果断で有能だということに否やはない
『そういえば、三日天下だな』
昨日、今日、明日。なんとも短い、自分と同じ事をする後任が現れないよう、今日明日は派手に遊ばなければならない、凋落の前の最後の仇花、それが見事な程、ぶざまさと滑稽さは増す
『ふふ、今度は遊びすぎてぐったり大将というわけだな』
自分にお似合いのあだ名じゃないか
『軍事的検地から見れば大成功な作戦を一つこなせただけでも満足満足・・・さて』
軍令部に出仕している皆の分のビールを注文し、赤坂の料亭あたりに繰り出さねばならない、遊ぶ女には元帥杖などもらったようなものだと吹聴するのも忘れてはならない



役者は与えられた配役を最後までこなさなければならない、そうでなければ作品は完成しない


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