『唄う海』48


『よし、よくやった、よしよし、がんばれ、な』
ワイバーンによる第一次攻撃隊を率いていた騎士団長は未だ扶桑らの居る海域に遠巻きに留まったままだった、他の団員はその殆ど全てが陸地へと戻っていった。
自分の乗るワイバーンの疲労もかなりのものだが、首筋を撫でつつ労りの言葉をかけてねばる
『やはり・・・弾が少なくなって来たようだな』
見れば小型艦が大型艦に近づき、縄らしきものを渡して箱のような物を引き渡している。火の弾の元に違いない
目論見は図に当たったらしい、帰った部下が再度来る頃には無くなっている事だろう、小型艦の方は一隻撃沈した、帝國の軍艦を我々も沈めることができるのだ、ならば波状攻撃だ
『来たかっ!!』
龍騎士の常として周囲を警戒していると遠く西の空にワイバーンの影が薄く映る。対艦魔法の槍、初めての集中運用による攻撃隊だ
『まだやつらは補給中だ!!いいぞ!絶好のタイミングだ!!!』
第二次攻撃隊に攻撃のアドバイスを伝えるためにワイバーンを翻させる、少しでも攻撃を有効に与えるのだ、特に第一次攻撃隊が最初に浴びた攻撃を避けさせなければ・・・!
自騎に無理をさせた分、彼等にはもっと働いてもらわなければならないのだから


『そうだ・・・洋上給油管だ』
主計の兵が呟く
『どういう事かね?』
左近丞がすかさず聞き返す
『洋上給油では戦訓として、演習の際、初月の艦長から十四ノットで行った方がよい、とありました、金剛と不知火がした例もあります。が、給油であって弾薬の補給ではありません!』
航海長が異を唱える
『まぁ聞こうじゃないか、航海長。言ってみたまえ』
『はっ給油のホースがあります、それを繋げて、滑車のような物、輪っかでもいいかも知れません。それを使い、弾薬を喫水からの高さの差を使って降ろします、一回の重量を制限すれば危険性は下がると思われますが』
物の出し入れを担当する主計の兵ならではの献策だった
『・・・採算が、立つか?』
正確な直線航行を維持し続けなければならないし衝突の危険性を避けるために一隻ずつしか出来ない
『案はともかく、一回それを行うのにどれほどの弾量が運べるかによりますね・・・時間が問題ですから、主計長に問い合わせましょう』
艦長はどっちかというと乗り気らしい、いや、可能性があるかどうか、あるならばするべきだというスタンスなのだろう
『一応、駆逐隊には旗艦に集まれを送ろう、それから機銃要員に優先的に水を配りたまえ』


『各艦一万二千発、計三万六千発程度が限度かと、これでも九トン近くを艦内の弾庫から運び出さねばなりません、手作業で。さらに起爆や落ちないように梱包する作業がつきます』
上がって来た主計長が説明する
『初春級駆逐艦の場合、各21丁の機銃が配備されております、これを全力で使いますと一門あたり、220発/分なので軽く見積もって三分程度しか・・・』
危険に見合うだけのものであろうか・・・誰もが疑問だったろう
『三分間にできることもあるだろう、私は何もしないで待つことはしたくない、やろう』
左近丞中将が決断する
『了解しました、艦内の兵を最大限使って運びだし作業にかかれ、主計長、全権を委任する初春以下に命令を伝達、急げ!』
艦長が敬礼して向き直ると矢継ぎ早に命令を下す
『・・・』
後の事は任せたと左近丞は通称お猿の腰掛けと呼ばれる椅子に座り目をつぶって黙る 『(次の攻撃あたりが潮かな・・・松浦君)』
最善は尽くす、だが、余裕を持って対応できるのはこの攻撃まで、あとは一方的となるだろう、いつまで持久できるものか。
『初春、近づきまーす』
まずは給油管を通すべく、艦を寄せ始める
『日頃鍛えた帝國海軍が戦艦乗りの気概を見せてやれぃ!』


『よおっし!皆頑張れ!弾が切れちゃあ戦えんしな、働いた後には冷たい水が待っとるぞ!』
機銃弾の引き渡し作業に吾妻達も借り出されていた、十五発の弾丸が入った弾倉を箱に詰めては、給油管を使い併送する初春に梱包できた箱から渡していく、一回一回は少なくとも、量が量なので結構な作業だ
『しかし、これだけの弾では・・・分けないで本艦で使った方が良いのでは?』
新庄が疑念を口にする
『新庄君、戦争は一人でやるもんじゃあ無い!艦だって同じ事よ、この艦だけじゃどうにもならん、弾幕は重ねてこそだ』
一人でなにもかも出来るなら、あの事件の時、息子の元に駆け付けることだって出来ただろう・・・だが、それは出来なかった。しかし、現場に駆け付けてくれた第二十一根拠地隊は出来るだけの事をしてくれた。海軍には感謝している、今は出来るだけの奉職をするだけの事だ
『いらん問答は無用だわい!さっさと運び出すんだ!敵は待っちゃあくれんぞ!』
ふんぬ、と梱包の終わった箱をたった一人で持ち上げ、統制官自ら給油管の所に持って行く
『何であんなに暑苦しいんだか』
呆れ気味に事情を知らない新庄が続く、早めに終わらせた方がいいのは、吾妻に言われずとも確かだからだ


『初春、予定量搭載完了しました、次の艦に移ります』
初春が離れていく、次は若葉だ、予定していた時間より早い
『早いね、兵はよくやってくれている』
うんうん、と優しい顔で頷く左近丞
『水と発破が効いたのでしょう』
『我々も気合を入れねばな』
やもすれば兵より先に物事が見えるが故に萎えてしまいがちな艦橋要員にもそれは良い気付けになっていた、否定的だった航海長も水を得た魚のように声を張り上げて舵の指示をしている、腕の見せ場だからだ
『これを狙っておいでで?』
艦長が莞爾と微笑んで振り返る
『いや、そんな事は無いよ』
正直この効果は考えていなかった、何事もあがいてみるものだ

『はぁっ、はぁっ、はぁっ、伝令!!!』
凶報は不意に、最低最悪のタイミングでやってくる
『敵機!!!西の方向!!!おおよそ100!!!』
艦橋が一瞬で凍りつく
『補給中止!!!陣形戻せ!!』
『対空戦闘用意!!!』
『主砲による三式弾での攻撃許可を!!』
砲術長が伝声管から要請してくる
『ダメだ!!発射の爆風が若葉にかかる!!このままでは同士討ちだ!』
戦艦の主砲発射のブラストは、海を凹ませるほどの威力を持つ、駆逐艦に対しては大損害を与えかねない


『敵機散開していきます!』
主砲で迎え撃つべきチャンスが失われていく

『給油管はかまわん!引きちぎれ!!このままでは一緒くたにやられる!』
舵を切ると給油管がちぎれて若葉に送るはずだった弾薬の入った箱が海中へと落下する
『ああ・・・もったいない・・・』
誰かの呟きが聞こえる
『主砲発射・・・』
『無理だ!砲術長、諦めろ!』
扇状にまるで艦隊を絡めとるようにワイバーンが広がっていく、前回の攻撃の時のように音で爆弾を手放したりする効果も期待できそうに無い、機銃員を下がらせ、また配置に着かせる間の隙を考えると許容出来るはずも無かった
『低空から突っ込んでくる!』
攻撃の仕方が前回ともまた違う
『爆撃では、ない・・・雷撃?』
いや、落着の衝撃ほか難しい物がある、ならば・・・
『足柄を襲ったというあれか・・・!!』
対艦魔法の槍、ワイバーンに積めるほどの大きさ改良したものだと言うのか!
『敵機!!なにか切り離した!!向かってきまーす!!!』
見張り員が絶叫する、あらゆる方向から対艦魔法の槍が放たれる
『こ、これは・・・!』
左近丞が艦橋から見て、どの方向からも光点がこちらに向かっているのが見える
『駄目かもしれんな』


最初の被弾は扶桑の右舷に位置していた加古だった
ワイバーン100騎からなる第二次攻撃隊の対艦魔法の槍、整備不良などから飛翔がうまくいかず、放たれたと同時に水面に落ちてしまったのが8基、残りの92基が飛翔を開始した
被弾が発生した状況は発射地点に一番近い所にいた加古が採った行動にある(古鷹は自発的に輪形陣を狭くするべく扶桑に寄っていた)
加古艦長は被弾面積を小さくしようと飛んでくる対艦魔法の槍に対して直角、魚雷を避けるように面舵をとり艦橋をその真正面に向けたのだ、しかしこの時点で対艦魔法の槍は人間に対する感知装置を起動させておらず(時限式)それが作動した際、人間の一番乗っている扶桑ではなく、加古を認知し、その内の14発が向かってくる事になってしまった
少し考えてみるとわかる、対艦魔法の槍が感知する範囲に直角になった加古の場合、艦の全てが納まってしまうのに対して舷側をむけた扶桑は輪切りにされた部分の人員数を魔法の槍は感知することになる、どちらがより多くの人間を感知してしまうか・・・一目瞭然だ
まるで獲物に群がる蜂の様に飛び込んでくる魔法の槍、予想外の動きに加古艦長は対空射撃に主砲の咄嗟射撃と前部弾薬庫注水用意を命じた


艦橋前の三連装機銃と一、二番主砲、そしてその周囲に配置された単装機銃が四丁に二番高角砲(一番は先の攻撃で損失)が前方を指向し射撃を開始する、だが、向かってくる魔法の槍を六発迎撃した所が限界だった
『艦長!!!逃げてください!!艦長!!!』
『主砲も機銃についとる兵も頑張っておる、それを命じた私は逃げられん!君達は逃げろ!!』
加古艦長は退避を請う艦橋要員に、こう言って突入してくる対艦魔法の槍を振り返って睨みつけた所まで確認されている
魔法の槍を加古が被弾したのは以下の場所である
二番砲塔基部に2発
艦橋前部機銃座と艦橋にかけて4発
二番砲塔後部、単装機銃座のある艦橋基部に2発
250キロ爆弾相当の対艦魔法の槍は多少の角度と時間差をつけて着弾、その魔硝石を炸裂させた
弱装甲の二番砲塔にめりこんだ二発の魔法の槍の炸裂は二番砲塔そのものを吹き飛ばし、一番砲塔をめくり上げ、人員を殺傷した。弾庫への炸裂の流入は弱装甲の勝利か、火炎の大部分が外に漏れたのに加え、子の日の爆沈を見た加古艦長が注水用意をかけていたことが利し、注水によって完全に食い止められた。
次に艦橋基部から艦橋にかけての6発の被弾は、更なる打撃を加古に与えた


艦橋に飛び込んだ4発は艦橋そのものの大部分(艦橋側部の3.5m測距儀より上全て)を消失させ、加古そのものの破片が一番煙突の斜め部分の煙路を破損、吹き出した高温の煙に前方に火力を指向していて唯一直撃をま逃れていた一番高角砲も使用不能とした
艦橋基部の2発、これは単装機銃の人員よりもその斜め下、機関室等に詰めている人員に対して突入を意図したものであろう。着発で単装機銃に取り付いていた者達を靖国の花見に強制的に参加させたあと、甲板を大きく削った。前部弾薬庫に注水したため艦首が下がり、その削られた穴から海水が勢いよく流入する
機関室が先に異常を察知したのか、後部艦橋に居た副長が命令を出す前に自発的に速力を落とした、注水準備を告げたりしたのもあったろう、初動としては悪くない、加古の沈没は防がれた・・・はずだった
対艦魔法の槍を手放したワイバーンの一団が強行着陸してこなければ。煙路から漏れた煙が後部からの視界を遮り、それを突き破ってワイバーンが舞い降りる
『な!』
誰かが反応するより早く、甲板をワイバーンのブレスがなぎ払う、咄嗟に後部煙突の機銃がそのワイバーンを蜂の巣にするがもう一機が煙の奥から現れて、機銃座と相討ちになった


今までの彼等とはまた違った狡猾さを第二次攻撃隊の彼等、空中騎士団は持っていた。
対艦魔法の槍が少しでも攻撃されぬよう、敵にとっての目標を増やすため、発射されてからも共に艦隊に突撃をかけたのだ、そして強行着陸をかけた。基本的に帆船を相手取る彼等にとって、船舶に乗り込んで乗っている人間をブレスで焼いたり、ワイバーンの爪で切り裂いたり、海に放り出すのはいたって普通の攻撃方法であったのだから

やがて加古のいたるところが炎とワイバーン、そして人間の死体に溢れ、火葬されていく。機関室など艦の機能に不可欠な場所も他の部署から応援が来ないまま、やがて応急処置の人員が足りなくなり、浸水によって、閉鎖と機能停止に追い込まれていった
最後まで粘った後部指揮所と三番砲塔のうち、後部指揮所に撃破されたワイバーンが体当たりして出来た隙を他のワイバーンが衝き、武器保管庫から持ち出した小銃で抵抗していた副長らをブレスで消し墨したのを最後に加古の組織的抵抗は消滅した

加古は、あとは燃えて沈むだけの巨大な鉄の塊にしか過ぎなかった

時系列を戻そう。加古に命中、迎撃されたものを除いて、扶桑らへと向かった対艦魔法の槍、残りの78発の行方についてだ


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