『唄う海』47


『弾が、足りない?』
上空を舞うワイバーンの数も三々五々帰還し始め少なくなってきたので、なんとか艦橋も余裕が持てるようになっていた。そこにこの報である
艦長が頷く
『本艦は伊勢や日向が爆発事故での長期ドック入りを利用した大規模な改装を行った時のように、副砲の撤去を行っておりません。また、地上制圧の観点からケースメイト副砲の存在は有意義・・・高角砲の砲身が余ってないのもあったかも知れませんが、弾薬庫には、主砲・副砲・高角砲弾・機銃弾とそれぞれがスペースを取り合って、搭載されています』
『あれもこれもと欲張ったおかげで経戦能力が下がっているわけだ。このような状態で空襲を受け続けるなど、普通考えんしな、ましてやこの世界、驚異の存在など感じなかった』
さもありなんと左近丞が頷く
『空襲の常識からもそうです、上空直援があり得る事を考えれば、逐次投入など愚の骨頂です。しかし我々には直援がない』
空は彼等のものだ
『第三艦隊はどうしたんですか?要請してみてはどうでしょう?囮の任務とはいえ、機銃弾がなければ戦えない』
話に参加していなかった航海長が話に加わる、左近丞と松浦以外この艦隊の目的をしらないのだ、我々が贄である事を


『いや、3Fに助力を求めては敵地上戦力撃滅に支障が出る、なんとしても我々単独で凌がねばならない、出来るな、艦長』
もっともらしい理由で左近丞が反論する、すましたものだ
『弾数からみて二次攻撃分までなら、充分ですから。攻撃がこの調子で続く限り、なんとか避け切ってみせましょう、しかし、私には百連歌が出来るほどにはうまくありませんので、そのあとはどうにかしませんと』
疲労の問題もあるだろう、戦闘とは精神をすり減らすものだ
『うむ、しかしとりあえずは次だ、旗下の各艦も同様に、いや、それ以上に弾を消費しているはずだ・・・本艦から補給は出来んかな?』
左近丞の言葉に航海長が血相を変える
『喫水の差が本艦と古鷹・加古とは4メートル!初春ら、駆逐艦が6メートルもの差があります!航行中ではとてもできるものではありません!だからといって停止していては敵襲と重なる可能性もあります!』
『第二十一根拠地隊を一時呼び戻したらいかがですか?最悪駆逐隊が対空能力を喪失しても、火力の維持は可能です』
確かにそれがベストな判断だろうな
『二十ノット出ない艦に護衛されていては、行動が制限される、かといって振り切っては護衛にならない、違うかな?』


測量艦筑紫

『キュ〜・・・ターニャちゃん、凄い』
ニーギの額に脂汗が浮きあがる、戦闘配置に着いているため、ニーギとターニャ二人ともがヘッドホンを耳にあてている
『前経験無しででそれだけ出来れば十分以上です。さすがに至近で聞いたら私もキツいですが』
海中を伝播してくる、扶桑らを攻撃するワイバーンが投下した爆弾の水中爆発音。それがここまで届いていた、その遠雷のような音を使い、現場を離れていたニーギに耐性をつける為、探知器の最大感度で探音をしていた。
『長いな・・・』
同じく水測室に詰めている五島が記録を書きながら焦燥を募らせる、既に一時間近く攻撃を受け続けている
『桟橋に該当する人物らしき人影発見、五島大尉は艦橋まで来られたし』
伝声管から声が聞こえる
『お呼びです。』
『みたいだね、じゃあ二人とも、あとは頼むよ、無理しないように』
二人を見て、いや、ニーギを見て五島が念を押し注意する
『はーい、いってらっしゃーい』
明るく答えるニーギ、これではお邪魔虫しているみたいだ
『ふぅ・・・では、周りの観測を注意してやります』
ターニャが貯めた息を吐き出す
『じゃあ、一緒に頑張ろう♪』
まったく、この人の笑顔には負ける


『どれです』
『左、10時の方向だ、間違いない、よな?』
『あぁ・・・だが・・・』
艦橋にあがってきた五島に対馬が答える、筑紫の乗員は少なからず面識がある、艦が違っていた対馬は知らないが。一支が言うなら間違いない、しかし何を口ごもって・・・
『うお・・・』
桟橋に乗っている馬車は弓矢が何本も突き刺さっている、それに・・・
『・・・左腕が、無いように見えますが』
『やはり間違いない、か・・・今、カッターを用意している、軍医も乗せて行かせるつもりだ、血液型とかわかるか?』
『たしかBだったかと』
一支が小値賀を見ると頷いた
『集めたまえ、彼の救助が第一の目的だ』
『はっ艦内各位、B型の者は医務室にて集まれ!』
『市街の方向から武装した騎馬隊が向かっています!』
見張り員が叫ぶ
『騎兵隊だ!?やっぱりなにかやらかしてやがったか!』
『行かせてください!このための典礼参謀です!』
守って見せる、今まで得た典礼参謀としての技術を駆使して・・・本来あの場に居るのは私だったのだから
『・・・よし、任せた!だが、ちゃんと帰ってこいよ』
『カッターはすぐ出る、急ぐといい』
『はっ!』
ありがとうございます、一支艦長、対馬航海長


幸いにもカッターは騎馬隊よりも早く桟橋に着いた。そこには馬車にもたれかかって息をついている志摩少佐と必死の形相で手に投げナイフを持ち騎馬隊へ突っ込もうとしている少女が居た
『やあ、五島参謀』
息も絶え絶え、こちらに手を振るのも精一杯だったのだろう力無く笑顔をみせる志摩少佐
『彼女を止めてくれないか?』
『いいえ!!!時間稼ぎぐらいはしてみせます!』
ああ、そういう事か、合点がいった、何があったにしろ、志摩少佐は彼女を庇ったのだ、そして左腕を失った
『まぁ、まて・・・任せてください、とりあえずあなたはカッターに』
騎馬隊が向かってくる、先頭の馬に乗っている人物(騎士には見えなかった)が馬を止め口上を叫ぶ
『その者!!大罪人にて我等の手によって切り捨て御免となっている!貴国の御人はその片棒をかつぎし者!直ちにその場より引き払い、その女を引き渡されたい!!!』
『立射用意!!』
五島が号令をかける、カッターに乗っていた他の乗員が慌てて小銃を構える、一戦やらかす気か?おもむろに五島がきりだす
『我等は貴国とほぼ同盟関係の状態にあるが、配下となった覚えは無い!馬上から口上、はなはだ無礼とは思わぬか!我は帝國男爵なるぞ!』


はっと隊長らしい人間が表情を変え馬を降りる、しかし続けて
『は、これは失礼を、が、これは火急の儀にて』
『火急の時にこそ冷静さが必要である、焦り、事を損なう可能性のある使者と交渉を行う事は国家の間では不可である!引き取り願う!』
五島が強行につっぱねると相手が今度は交渉の切り口を変える
『では、我等は自侭にその女を捕らえる、邪魔だてなさる気はありませんでしょうな?』
『撃鉄引け!!』
号令でガチャッっと撃つ態勢に入る乗員達、二つの集団に殺気がほとばしる
『貴公は目が見えないのか?』
『何?』
見えないのかといわれてもミスミがカッターに乗っているだけである
『彼女は今帝國領土内に存在する、貴公らの捕縛権はその中では効力を持たない、お分かりか!!その中へ武力を持って進入する、これは明らかな我が國への侵略行為である!』
『あの手漕ぎ船を帝國領土と?沖の軍艦ならまだしも・・・』
『われら帝國ならびに邦国内での国際公法はそうなっている!ならば、貴国は他国からの船に無差別、かつ書類も無く臨倹をして良いとするのか!』
中世レベルの犯罪者を追うような立場の人間が書類等、持ち歩いてなど居るはずがない 『早々に立ち去れぃ!!!』


『外交官対等の原則もある!本来ならばこの交渉すら許されぬ、良いか、我々は好意で交渉してやっているのだ』
外交官対等の原則、彼等の立場と同じ程度かそれ以下の相手しか外交上接触してはいけないというルールだ、書記官なら書記官までと言った感じだ、しかしこの場合、男爵(実は本家はそうであるが分家である、この五島自身は爵位はない、はったりだ)である相手に騎士程度(実際はラスプーチンの諜報畑の人物、中世では下賎の者である)交渉できる立場に無いのだ
『我々は侵略行為には決して屈しない、踏み込むというのなら、こちらは支援国との戦闘も辞さない!』
『ぐぅ・・・!ならば、担当を変え、交渉を行った暁には、引き渡しを認可なされるのか?』
『当然だ』
『急いでハマの統治官を呼んでこい!』
隊長が部下に早駆けを命じる
『ただし!現在味方艦が戦闘を続行中である、我等はこれを支援に行かねばならぬのでこの場を離れる、別のルートからの交渉をされたし、以上だ』
『な・・・!?』
それでは目標が目の前に居るというのに数週間から数ヶ月かけてまた最初から交渉しなおす事になる!
『せめて、せめて!使いに遣らせた者が帰ってくるまで、御慈悲を!』
『くどい!!!』


『すごい・・・』
私をこのカッターとか言うこの手漕ぎ船に乗せただけであれだけやり合っている
『あれが典礼参謀だよ、実際のな』
志摩が目を細める、松浦さんにから聞いたよりもやるじゃないか・・・
『担架乗せます、動かしますよ』
これまでずっと止血にかかっていた軍医が兵二人に命ずる、あとはカッターで運んで甲板から吊り上げれば良い
『まった!』
騎馬隊の隊長が思いついた!と声をあげる
『その女は我が国から出国しようとしてる、それに異はありませんな?』
『・・・そうだ』
『我が国からの出国には手形と所持している物の調査が必要である!身柄を引き渡していただきたい!!』
持ち出す所持品の検査は国家の権利として認められている、なにより帝國じたい禁制品がいくつあるのやら・・・しまった!!
『手形はここに』
これは諜報員として当然だ、だが、所持品の検査は・・・
『・・・』
きっ・・・と隊長を睨むとミスミが全ての衣服を脱ぎだす、周りも唖然となる
『ちょ・・・』
『所持品が、無ければよいのでしょう?』
脱いだ衣服、武器、その他ひっくるめて一糸纏わず、カッターから桟橋の隊長に向かって投げ捨てる
『ではこれで・・・納得なされましたか?』


ミスミが毅然としているのに五島ははっと気付いて続ける
『これは何か、貴国では女性をこれ以上辱めてからでしか出国を許可しないとするのか!?』
『あ・・・あぁ、承知した』
『各員乗り込め!』
志摩の担架が乗せられたのを確認してから命令する、持って来たカッターは二隻、担架が乗ったカッターは乗れる人数が減ってるがもう一つの方に押し込む
『では、これで』
最後に五島が乗り込む、目の前で獲物を掠われた騎馬隊長は顔を紅潮させる
『船は無いのか!統治官がこられるまで妨害して時間を稼ぐぞ!』
『どうやら、カッター競争になりそうです』
五島が志摩に話し掛ける
『尻を痛めんで済むのを感謝するよ・・・それよりミスミさんに服、を・・・うっ』
『志摩さん!!』
『志摩少佐!痛みが?鎮痛剤を!』
今まで脳がそれを遮断してきたがそれも限界らしい
『大丈夫だ、鎮痛剤は打ってもらった、まだ・・・耐えられる痛さだ』
右手で志摩が皆を制する
『それよりミスミさんに服を、寝そべっている分・・・なんだ、その・・・余計に見えるんだ』
『私は・・・その』
あ、これは自分にもわかる、これは少佐に・・・て、エライ事になりそうな気が
『すまなかったな恥かかせて』


『いえ!とんでもありません・・・』
その言葉にニコリと笑う志摩少佐・・・落とした自覚なさそうだ
『少し寝ます、信頼しましたからね』
『はい!』『了解です』
『岸より手漕ぎ船二隻来ます!あ、水中に・・・』
櫓を漕ぐ者で後ろを向いてる者が追跡者と何かに気付く
『ひきはなs』
『ゴトー♪』
海からいきなり抱きつかれカッターから落ちそうになる
『うおおっニーギ、落ちる!落ちる!!何をしに来た!?』
『キュウ、ターニャちゃんと手伝いに来た〜』
『手伝い・・・?』
こちらに向かって来ていた手漕ぎ船の一隻がひっくり返った
『艦長が水中作業は得意だろうって、じゃあ行ってくるね〜』
『あ、おい!ちょっと待て!』

『せ、船底に穴が〜!!』
しばらくして残りの一隻から
『お、おい!なんだこれ!?櫓がもってかれる!』
とか
『ばっ馬鹿!いきなり跳び乗るな!バランスが、バランスがぁ!!』
といった声と共にひっくり返ってしまった・・・南無
しかしこれで無事に志摩少佐を送り届けられる、ありがとう二人とも


騎馬隊の隊長が水に浮かんで屈辱に激昂している、
『我が主にも連絡は行っているはずだ!貴様ら、今に見ておれ!』
見事な負け台詞だった


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