『唄う海』46


久しぶりの休暇、家でじっくりと椅子に座り、趣味の方の意味でジェーン海軍年鑑を見ていた
『ねぇ志摩?』
なにやら嬉しそうな妻に後ろから肩に頭を乗せられて声をかけられる
『ん?』
『あっちの大陸って中世並なんでしょ?』
『ああ、どちらかというと欧州風のな』
騎士とかそういう世界だ
『そこで考えたんだけど♪』
身を乗り出す
『薩摩芋をもってったらすごいんじゃないかしr』
『却kげふぁっ』

鋭い右の正拳が脇腹から肝臓あたりに 『とりあえず聞きなさいって、じゃがいもでもいいんだけど、寒い地方じゃかぼちゃが甘いものとして好まれたり』
『冬至に食うあれな、それdア゙ア゙ア゙ア』
今度は左腕がキツく頭を絞める、割れる、割れる!
『人の話聞きなさいって言ってるでしょ!それでね、甘いものに飢えてると思うんだ、あっちの子供達も』
この前1Fの宇垣さんが余った砂糖を市井の子供達にとあげたのが耳に入ったらしい・・・それで思いついたんだな
『あくまで農作物だし、良い宣伝になると思うんだけど♪人口保養力だってすごいのよ〜』
『だからダメなんだってば』
『なんでよ・・・人がせっかく』
ふくれるなよ、困ったなぁ
『作らせないし作らないんだよ、あっちが』


『え?』
予想外だったらしい
『あちらはあくまで麦主体の生活をしているのは、わかるよね?』
ジェーン海軍年鑑を閉じる、もう何度も見返したものだ、全て覚えてしまっていた。転移で続きが読めないのが恨めしい
『そこに農民が簡単で、食うに困らないものを手にしたらどうする?』
『そりゃ、それ作って食べるわね』
『年貢は?』
『あ・・・そうか、芋を作るのはお百姓さんにとって余計な手間になるんだ』
御名答と志摩は頷く
『そう、麦が普通に取れるなら、別に作らなくても良いんだよ、保存食としては細々と根付くかもしれないけど』
『でも、土地の痩せたとこは?』
『お百姓さん達が主食としてそれを作るのは構わないけど、年貢として芋を集める、とするな』
『うん』
『領主として麦主体の世界で芋を年貢として出されても地域的、国家的には利益になんないんだよ』
『ぐぅ〜・・・つまり私の考えって余計なお節介ってこと?』
『いや、お手軽に季節に合わせてでも甘いものを食べさせたい、というのはいいと思うよ、向こうの大陸の子供達が、いや、もしかすると大人達も甘いものに飢えてるのは本当だと思う・・・桂は子供好きなんだな』
『え!?べ、別に、その・・・(////)』


桂が真っ赤に赤面する
『お前の言う女性の自立には子供を生むことは負担なのかもしれないが、正直、子供を嫌っていなくて安心した』
社会運動をやっている以上、仲間内で裏切る訳にもいかない、子供が居ればそれが第一になるのは当たり前で、それを放棄するのは運動のイメージとしてもマイナスだ、だが子供が居て運動ができるかといえば、それは否だ
加えて、軍人である以上明日をも知れない身で、娼婦すら抱かず、桂一人だけに愛を注ぎ、子作りにも最大限の理解を示してくれている・・・幼なじみだからってこれは傲慢以上だ
『ごめん』
『ん・・・』
後ろから桂が志摩にキスをする、ゆっくりと、そして労るようにじっくりと舌を絡ませる
『甘いな、桂は』
しばらくそうしたあと口を離して桂に言う、交わした唾液の微かな甘みと髪の毛などが放つ桂自身の香
『する事してないから、してあげれてないから、いつだって私とあなたは蜜月だもの、たぶんこれからも、ずっと』
志摩に後ろから椅子ごしに桂が抱きつく・・・顔は見えないが、おそらく泣いているのだろう
『してもらってるさ』
肩に押し付けられる胸から伝わる温かさ、組んだ腕の抱きしめる強さ、鼓動。事、それよりも、大切なものだ


月の人。勝手だが、志摩は桂の事をそう思っていた、月桂樹、ギリシャ神話によると太陽心アポロンが大蛇ピュトンを射殺した際の血を洗い落とした場所に生えていたもの、つまりは自分の性欲も含めたケガレを全て落としてくれる神聖なもの、と
勿論、ただの人間で幼なじみだ、馬鹿な事もしてたし、意見がぶつかりもするし、殴られれば理不尽にも思う
それでも彼女は女神であり、裏切ることの出来ない無二の人である
『泣くなよ、桂』
東洋の神話では切っても切っても傷口が回復して切り倒せない神木、父親がいないからって昔からへこたれたりも、した事無かったじゃないか、何度だって復活して私w 『お前に何がわかるのよ、私の胸の内の苦しみが!』
『桂?』
桂の身体が離れる、口調もいつもと違う
『抱きしめる事も、もうできない癖に』
か、身体が動かない、見れば左腕も無い、周りの物が闇に消えていく、思い出の品も何もかも
『ちょっと待て、行くな!』
意志はあっても動けない、今すぐにも抱きとめたいのに、時々あいつ暴走するからなぁ、てかちょっと今回は仕内が酷いぞ
『桂!桂・・・!けぇぇええい!!!』
叫びと共に身体が動いた。桂に追いつき、抱きしめる寸前
光があふれた


『桂?』
誰かを抱きとめている感覚・・・意識がはっきりしてくる・・・あぁミスミさんだ・・・顔が真っ赤だが
『よかった・・・蘇生しました・・・』
波の音に藁の匂い
『ハマに着きました、馬車に乗るまで・・・覚えておられますか?』
『いや・・・』
身体があまり動かない、出血で血が足りず、身体が手足の血を限りなく少なくして、体機能を維持しているのだ
『あと、左腕を・・・私が切断しました』
皮だけで繋がっていたのを切ったらしい。あーあ、これで退役かぁ、定年まで海軍に居たかったけどなぁ、あぁ、夢で左腕がなかったのは
『そうか・・・どおりで』
『私が・・・!あなたの左腕になります!!左腕の替わりになりますから!!』
ミスミが悲痛に叫ぶ、いかんいかん、女の子を泣かせちゃ
『ありがとう』
笑って見せる、どうも意識も記憶も混濁しているらしいや
『船がきてます、もう少しです!』
櫓を漕ぐ音が波の音に紛れて微かに聞こえる、カッターだろう
『桂に、桂に・・・』
『気をしっかり持ってください!』
『穀潰しと殺されるゥ〜』
『・・・はい?』
ミスミはキョトンとしている
『いかん、俸給という制度を知らないとイマイチわからんよなぁ、ハハハハ』


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