『唄う海』43


第三艦隊旗艦・瑞鶴

『何故です?何故、第三次攻撃隊を行わないのですか!二航戦の山口さん、三航戦の角田さんなどはもう既に攻撃隊の準備完了としておるのですよ!?戦果は十分とはいえ、未だ陸上戦力は多大な物を有しています、ここで相手を叩ききってこそ!』
『損失は過少です、ここは攻撃を!!』
飛行長や参謀達にまくしたてられ、言われっぱなしの寡黙な提督が口を開く、鬼瓦と言われる顔に苦渋を滲ませて
『対馬丸の下手人が判明した』
『何をいまさら・・・だからどうしたというのです!』
『それが我々が支援をしている相手でもか?列強は今回の下手人ではなかった』
『なんと!?』
艦橋がざわつく、将官はともかく、兵や若い参謀達にとって対馬丸事件は許されるべき事ではなく、列強に対し制裁すべしと連判状を作ったりしていたものだ・・・聯合艦隊が軍令部に対し、あまりに強く反発できなかったのはこの為である
『利用されたのだ、貴様達は、いや、帝國はな・・・!これ以上の打撃を列強に与える事は一切許さん!!』
仁王のような怒声に参謀達は押し黙る
『しかし、間違いでした、で列強が納得するとも思いません、支援先だったヴァイスローゼンにも制裁を与えませんと』


分派艦隊旗艦・扶桑、長官公室

『そのための我が艦隊です』
『松浦君、君の言う最終状況とは、それか』
『はい、夜明けにはヴァイスローゼンのハマに着きます、首都、ペルトバジリスクとはサンフランシスコとオークランド程度の距離関係ですので、どちらも艦砲の射程内です、左近丞中将』
手元の地図を見ながら、松浦が答える
『第二十一根拠地隊を先ほどハマに先行させたのは防空力を低下させる為だね・・・やるかな?』
机からウィスキーをとりだし勧める左近丞
『いただきます・・・彼等には溺者救出と我々の外交員救助の役割を持たせるつもりです。もちろん、先行偵察の意もあります。危険度は我々とそう変わりありません』
ウィスキーを一気にあおる、左近丞中将はちびちびやる派らしい、松浦は喉奥からはい上がってくる香りを愉しむ
『両方を相手取るわけだな、お互いを納得させる為に』
『ええ、納得していただきます。お互い全面的な衝突は望んでいませんから』
もちろん、帝國の恐怖を植え付けてから、ですが
『よって、第三艦隊からは一機の航空直援もありません』
『つまり、世界初の戦艦対ワイバーンの純粋な戦いが生起するわけだ、随分と愉しいことになりそうじゃないか』


はっはっは、と笑う左近丞
『存分に愉しんでもらいますよ、最大限この扶桑は生きてもらわなければならないのですから、たとえ扶桑樹の実のように全艦が燃え上がったとしても』
受けきったその時、伝説が始まるのですから、そして・・・
『ヴァイスローゼンの切り札の情報は、根拠地隊次第か、そちらの対応はどうするね?』
『は、何もしません。もし、対ヴァイスローゼンで敗れるなら、これはこれで列強と手を取り合う名分が立ちます。そして本艦は戦艦、最後までその切り札の情報を流し続けられる、そう考えております。二度と同じ手を食らうほど我々は愚かではない』
戦艦一隻分、何にしても高く払ってもらう、その価値の何倍にもしてだ
『黛君がおったら喜びそうな作戦だな』
『閣下が利根に乗艦していた時のあれは・・・』
『いいんだよ、命令をうまく伝えられなかった私が悪い、黛君は有為な人材だ、巻き込む必要はないよ。それより、君は何故本艦に搭乗したのだ?』
『作戦の大元を練られたのは総長ですが、細部を詰めたのは私です、ですから実際に効果がどの程度得られるか、この目で見てみたい、というのは理由としておかしいでしょうか?』
『立案者の意地ってやつだな、よかろう』


『次に生かす事がなにより大事、か、生きて帰るのだろう?もちろん。』
『ええ、私の帰還が中将のあなたよりも最優先となっております、総長も今回の【責任】をとる以上、戦訓を口にだして生かせる立場にいるのは私しか居ません』
帝都では、そろそろ総長が陛下への告白を始めている頃だろう、いいようにヴァイスローゼンに騙された愚か物としてのピエロを演じきるおつもりだ。いままでの風聞を含め、完全にその爪を見せないまま退場する、凡人にはできない行為を成し遂げて。
彼もまたひとかどの海軍提督であったのだ
『戦場での生きて帰る、という言葉ほど空虚な言葉はないが、君なら。と思わせてくれるな、だから選ばれたのだろうが』
『運には自信がありますよ、腹黒さも』
ニヤリと笑ってもう一杯左近丞のウィスキーをいただく
『こらこら、いくら死に行く人間だからといって奪っていいものと悪い物があるぞ。この腹黒め』
左近丞もまた、ウィスキーをグラスに注ぐ
『・・・兵達には言えんな、我々が贄だとは』
扶桑艦内でも酒保開け、でドンチャン騒ぎが行われているはずだ
『大きくぶつかって戦争状態になるより、演習、事故、紛争を緩衝地帯で行った方が、今後の死者を減らせます』


『厄介なもんだな。国家、組織とは何にしてもそういう物だが』
しみじみと左近丞が呟く
『私もそう思います』
松浦が頷く
『さて、そろそろ宴も終わりだ。一緒に飲めて、うまい酒だったよ、中佐』
時計を見るともう既に夜半に近い。酒保止めの号令が遠くから聞こえてくる
『私もです、明日はいい仕事をしましょう』
『ああ、お互いな』
握手を求める、左近丞の手は年季を経た、厚く、そして温かい手だった
『あまり深く話すべきではなかったかな』
長官公室を出て松浦がボソリと誰に言うでもなく呟く、左近丞だけでなく、一人一人生きた温かい人間なのだ
『いや、違う』
生きた人間を知っているからこそ、大事に、そして上手に死なせることができるのだ。無駄にはしない
『明日、だな・・・』
大陸がある方向を睨みつける、あちらの方向からワイバーンが来襲してくるはずだ、自分は大艦巨砲主義者ではないが、ワイバーンごときに簡単に沈められるほど、この艦はヤワではない、それを思い知らせてやる。そう熱くなってくる
『酒に酔い過ぎたかな?』
巡検の間延びした声が聞こえてくる、眠れない者、意気をあげる者、いろんな者達が鋭気を養っている事だろう
『長い一日になりそうだ』


一方その頃
『イェンサー様』
イェンサーとワラキアが酒を酌み交わしている所にリィズが声をかける
『集計が出ましたか』
『ごくろうじゃっど』
リィズの顔が肖煙と血に汚れて疲労に満ちている、救援作業にも加わって来たのだろう、結果集計は夜半までかかってしまったようだが
『結果を申しますとワイバーンの喪失は412騎、四肢を失い戦闘不能な物を含めると471騎になります』
『初期段階から・・・その半分を失いましたか』
『それからさらに深刻な問題が』
『なんね、まだあっとか』
『各国の騎士団とも襲われた際に直ちに飛び立って戦おうとした所を攻撃され・・・死体はそのほとんどが酷い状態でした、おそらく狙いはこれです、騎士団員が各国合計で623人が討ち死に、もしくは戦傷で行動不能です』
『千人近い、空中騎士の損失・・・』
これが意味する事にワラキアは恐怖した、列強の航空戦力が一日でここまですり減らされてしまったのだ、しかも玉より貴重な空中騎士がだ
『そいでもやるしかありもはん、ワラキアどん。そいなら水軍もだしもそ、準備はしとったな?こいはおいが直接指揮ばすっ、他の将はおそらく尻込みしっもそ』
列強の一方的敗北など、統治上も認められないのだ


リィズが不謹慎ですがと前置きして言う
『騎士団の勇猛な者達ほど今回の攻撃で討ち死にしており、装備の共用や数量に余裕が出てきました。完全な対帝國船用の魔法の槍装備部隊が何隊か作れそうです。』
列強各国が少数ずつ大切に保管してケチって来た対艦魔法の槍が主要幹部が消えたことで融通が効くようになったらしい・・・何が幸いするかわからないものだ
『ただ、保管庫が各地に別れているので、攻撃隊として明朝に行われる最初の攻撃隊に加わるのは無理なのが問題ですが』
『いや確かに不謹慎だが、いいニュースだったよ』
ワラキアが労う
『ありがとうございます。水軍については、港で出撃準備は済んでおります、当該海域に明日の昼までに赴くには今すぐ港を出なければなりません、適当なワイバーンを用意しましょう』
ふらっとリィズが外に出ようとするのをイェンサーが抱き留める
『おはんは疲れとる、あとで来っとがよか、今は眠っとくとよ』
『イェンサー様・・・いえ、私は副将です、お手を煩わせるわけには』
『主将の命令には従うものですよ、リィズさん、私の手兵に代行させましょう』
『すみません・・・クゥ・・・クゥ・・・』
それだけ言うとそのまま眠り込んでしまった


『ワラキアどん、すまんこってす』
つっぷしたまま寝息を立てるリィズをイェンサーが背におぶう
『なに、私も明日ヴァイスローゼンに出向きます、手向けですよ、死地に向かうのはお互い変わりないですから』
『浸透作戦でありもすか』
『陸から揺さ振りをかけてみます、うまくいけばペルトバジリスクでまた会うことができるでしょう』
本来ならば実現の難しい夢でしかないだろう、二人とも悲壮な覚悟を決めている・・・
しかしかれらは今現在の帝國とヴァイスローゼンの事情を知らない。吉と出るか凶と出るか・・・先にワラキアの馬が届く
『それでは』
『さらばじゃ』
列強の二将はそうして別れた、それぞれにかせられた己の義務を果たす為


そして、夜が開けた
穴ぼこだらけの駐騎場に各国寄せ集めのワイバーンが並ぶ、朝日が彼等を照り付ける 『目標帝國艦隊!!!各騎、離翔!!』
列強の反撃の矢は放たれた


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