『唄う海』42


『・・・少し、昔話をしませんか』
空襲が一方的に終わったことで高笑いをやめたネームレスが志摩とミスミ、二人が居た部屋へと誘う、渋々ながら志摩は付き合う
『あれは元々、虫使いのミスミ君の部族のものでした、というのは先ほど言いましたね?』
『あぁ、ミスミさんの反応を見て、それは確信がもてた』
『申し訳ありません、ネームレス様』
ミスミが頭を下げるがネームレスは無視して話を続ける
『ある日、虫を使うことによって蜜を集めたり、害虫を駆除することに依って細々と生活する小さな集落がありました、そこに別な世界から来た老人が訪れます、そこがかつての、神話上でエルフに滅ろぼされたはずの先進文明の末裔が住んでいる、と信じて。
そこで虫の事を知り、みずからの野望を遂げんがために一計を案じた、そこに居た巫女(みかんなぎ)の少女に近づき、虫を使う暗示をかけた、村の者を皆殺しにしろと・・・彼女が気付いたときには、あたりは火の海、暗示が解け、自分がしたことに彼女は恐怖しました、そこにその老人がやって来た』
ネームレスが志摩の顔を見つめる
『お前のした事は私が全て見ていた、と』
『あ、あれは・・・私が・・・面白半分であの子達を・・・そうしたら』


ミスミが混乱している、ネームレスがトドメをさすように告げる
『己が成した行為と今まで成して来た、そして成された行為を含めて受け入れまいと必死にそう思い込んでいるだけですよ、ラスプーチンの暗示がそれに拍車をかけた。だってそうでしょう、あの虫達を司る者が好きに虫達を使うことは掟として禁じられていたことは幼少の頃から叩き込まれていたはずです、遊びで出来るはずがない、違いますか?』
・・・私はミスミに多くは問うまい、しかし、軍人として今の情報はありがたい 『ああぁぁぁぁぁ・・・』
可哀相に・・・両手を頭に当てて苦悶している、今まで罪の子を匿ってくれた、と慕い、命令に従順にしたがって来た相手こそが自分の仇だったのだから
『まて!もういいだろう』
ミスミに連続して聞かせるのはさすがに私も忍びない、ネームレスとの間に割って入る、問題は
『何故それを私に聞かせたか、だ』
腰の拳銃に手をかけ、安全装置を外す
『冥土の土産か?』
『あなたがミスミから力ずくにでも吐かせないからですよ、帝國には虫に対して対抗策を得てもらいませんと。私は、あなたの味方ですよ?当分は』
絶対の味方では、ないわけだな・・・味方だとはこちらも一切思えないが


『・・・つまりだ』
ちらっとミスミの方を見る・・・口に出したくはないが仕事だ、許してくれ
『部族の一人を操って皆殺しにしたのは技術の独占を図ったわけだな、となると対抗手段も当然ある、いや、あった、といいたいわけだ』
『御明察』
ネームレスが嬉しそうに頷く、凄くイヤミだ
『その鍵がこの娘にあるはずだ、というわけだ。だが、何故帝國に肩入れする、この情報は秘中の秘のはず、帝國との対決もいとわずの宣言を出した以上はな』
組織の範疇を出た行為ではないのか?伝えた根拠はわかる、虫の制御には歌、いや、音を使う、レーヴァテイルを運用している帝國はラスプーチンらが健全なレーヴァテイルにトラウマ持ちかつ不安定なミスミが持つ、その操虫の技術を移したように、対抗策を作り出せる可能性は高い、だがその分、情報の漏洩は許されないはずだ
『そちらの方が面白そうだから・・・は、通用しませんよねぇ』
志摩がネームレスを睨みつける
『結構本気だったんですが・・・我が国一人でしょい込むにはいきませんから』
『世界を、か・・・それなら、ま、納得はいく、それであくまで、一番強い我が帝國の後ろだてありきで、統治する・・・』
しかし、本当に望んでいるのか?


『私の言葉は主の言葉、そうお考え下さって結構、前にも言いましたが、これは変わりませんよ?』
切り上げ所かと席を立つネームレス
『・・・私はただのメッセンジャーになるつもりはない、これはただの昔話、だろ?陰湿ではあるが』
『かもしれませんね・・・ミスミの事はあなたに任せます、連れて帰るも、置いて帰るもお好きなように、では・・・』
ネームレスは肩をすくめると部屋を出て扉を閉める。何故だか知らないが、もう逢うことはない、そんな気がした

・・・あとの問題は
『ミスミさん』
ミスミは膝からくず折れて泣いていた
『私の国に来ますか?』
虫の情報は根掘り葉掘り聞かねばなるまいが・・・強制は、したくない、本当なら問うことも。新しい人生を歩むべきなのだ、本来は
『もう・・・私生きている意味ないもの・・・』目が虚だ・・・悪い、桂、女の子に手を上げる事はないと思っていたが、すまん

パシン

志摩がミスミの頬をはたく
『あ・・・』
『誰が死んだ君の部族の人達の事を覚えていてやれるんだ、もう、君しか居ないんだ、簡単に投げ出しちゃいかん!!』

しばらく間が空く・・・胃が痛い、やりすぎたか?
『・・・行きます、帝國へ、お願いします』


不意にザザザザッと無線機に音が入る、ミスミを手で制し受話装置を手に取る
『はい、はっ!そうですか、あの、そこで一人同行者を・・・はい、重要です。了解しました』
受話装置を置く
『ミスミさん、すぐ出られますか?艦がすぐ近くに来ています、空襲の可能性があるため、夜間に乗り込ませたいようです。』
『・・・諜報員は身一つで動けるようになっています・・・問題ありません』
『誰か別れを告げておく人間は?』
『・・・』
『・・・すまん。じゃ、ちょっと離れてくれ』
そう言うと備え付けの手斧を振りかぶって何度も何度も振り降ろす、しばらくすると黒い煙を出してショートした、二度と使えないだろう、殆ど何も持ち込んでいなかったので、こちらの支度はこれで終わりだ
『じゃあ行こうか、行動が把握されない方が何かといいだろう』
コクンと頷くミスミ、強がっているのかも知れないが、躊躇いはないようだ
『はい、お嬢さん、お手を拝借』
ミスミの手をとって歩き出す

バシン

『ひ、一人で歩けます!・・・あ、す、すみません』
『いや・・・別に今さっきのお返し食らっただけだからいいけど、一瞬首が飛ぶかと・・・』
顔にくっきり紅葉が残っている顔で志摩が笑う


ふっ・・・とミスミが笑ったような気がした、あとで桂に半殺しにされ甲斐があるってもんだ、と扉に手をかけミスミに笑い返してから外に出る、その時だった

ザクッ
『・・・え?』
志摩の左腕に何かがめりこんでいる
『・・・!!!』
ミスミが声にならない悲鳴を上げた
『タイミングがズレた・・・一撃で殺せなかったか』
志摩の血に濡れた山刀を抜き離れた、ラスプーチンにユグノーと呼ばれていた諜報員だ 『こ、このっ・・・!』
ダーン、ダーン、ダーン、ダーン、ダーン

右手で拳銃を抜き連続で撃つ、しかし読まれてか当たらない、弾を補充しようと思ったが左手がまったく動かない・・・!!!
『殺!!!』
ユグノーが山刀を構えて突っ込んでくる、やはり冥土の土産の話だったのか・・・ネームレスめ
『桂・・・』
すまん・・・
『やめてぇぇぇぇ!!!』
死んだと思った・・・目を開けると血まみれだった、ミスミが横からタックルをしつつ首筋にナイフを突きたてたのだ、血はユグノーの物だった
『馬鹿な・・・所詮は歌うだけの小娘が・・・無念』
心底驚いた顔でユグノーが倒れた
自分の左腕を見ると切断寸前だ、骨が斬られて、危うく脇腹に刺さ・・・あら?血が出てる?


脇腹にも少し貫通したようだ・・・腕からは鼓動にあわせて血が吹き出ている・・・まだ、痛みは感じない
『港へ急ごう』
ユグノーを倒して放心状態のミスミの背を右手で叩く、もはや一刻の猶予もない・・・自分が動ける時間も、倒れるなら、海に近い方がいいはずだ
『止血を!!!』

ミスミがはっと気付いて必死に腕の斬られた場所から上にある止血点を押さえてくれている、ありがとう、自分でも腕が落ちないよう腕を抱える
『襲ってきたって事は余程重要な人物になったらしいな、私らは。こうなったら、何にしても生きて帰ってやらなきゃ』
ミスミに笑いかける、まずは自分より彼女だ・・・
あれ?何故かミスミの顔が本土に居るはずの・・・



本土・呉の借家
ブチン
『え?』
今日幽弥さんと一緒にお守りを買いに行こうとしたら靴紐が全部切れてしまった、いくらなんでも私、そんな力あったっけ?
『志摩・・・?』
名前を呼ばれた気がした、まさか・・・気のせいよね・・・ぐ、偶然
『そうよ、偶然に決まってるわ!!絶対に!』


生きて、生きて帰って来なかったら・・・許さないんだから!!!


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