『唄う海』41


『なんと!?空中騎士団300が行方不明だと!?そんな馬鹿な!有り得ぬ!』
幕内にいるある国の空中騎士団長が狼狽する、確かに異常なことだ、負け戦とはいえ脱走した者を始め、はぐれワイバーンその他なんらかの痕跡は残るものだ
『面妖な・・・しかしそれでは地上軍は進攻出来ぬの』
総指揮官であるマリム公が呟く
『今回の集中運用がいけなかったのでしょうかな』
その言に、また別の空中騎士団長が頭を下げる
『もう一度、もう一度攻撃させてください!このような汚名はたとえどんな国のいかなる竜騎士として認められない!次は各部隊毎に分かれて行かせます!お願いします!』
これではワイバーン自体が要らない物と嫌疑をかけられてしまう、我等こそ精鋭であるという誇りが失われるのだ
『その心意気はよか!じゃっどん・・・』
イェンサァーが口ごもる、彼とてこんな事態は想定していなかった。敵情もわからずに攻撃をかけるのは・・・
『戦竜を使わず、中規模な歩兵部隊での奇襲はどうか?』
以前、配下を窘めた目をつぶったままの武将が同じくつぶったまま意見する、確か名前は・・・そう
『ワラキア公、浸透作戦ですか?』
『いかにも、兵は我が手兵を、私も兵と共に赴きます』


『うーむ・・・』
どうしたものか・・・とマリム公は沈思に入った、決断が遅く、王道な手を繰り返す、よく言えば堅実な将なのだが。場が悪い方に煮詰まっているようだ

ブゥンブゥンブゥンブゥン

低いクマンバチのような音がどこからか聞こえてくる
『注進!!!』
惟幕の中に伝令が駆け込む、無礼であるのだが、慌てぶりに誰も何も言わない
『帝國の機械龍が各地の龍舎を攻撃していまs!!!』
ブオオオーン
言葉を遮り、上空を緑色をした機影が通り過ぎる
『馬鹿な・・・見張りはちゃんと立てた・・・』
『北側から、ですな』
ワラキアとイェンサァーが並び立って飛び去った方向を眺める
『そうでありもすな』
『き、北!?北は陸ですぞ!?海は・・・』
『回り込んだのだよ、当然』

ドーン、ドーン、ドーン

龍舎方面に爆炎があがった、爆発音がここまで届いている
『先に帝國艦隊を潰した方がよさそうでありもすな』
『最悪牽制にしかならないとしても、やはり必要ですかね?』
呆然としている空中騎士団長達を尻目に二人策を考えている。ヴァイスローゼンでの大損害は二人の中で帝國の手によるものと判断が合致したようだ
『あとは、どれだけ騎数が残るものか・・・』


『こりゃあ龍のたまり場だ!!!』
イェンサァーらの頭上を通り抜けて来たのは加賀に搭載されていた27機だった、紫電改が9機に流星改が18機の編成である
『ワイバーンは・・・居ないか、奇襲成功だな!』
紫電改のパイロットはすることがなくて見学するばかりである
見ていると流星改の半分が三機ずつの三角形をつくってさらに大きな三角形を作り、爆弾倉から各機、250キロ爆弾の二発を投下する、十八発の黒い塊が地上を彩る、よく調教され、航空機の爆音を聞いても見上げるだけで落ち着いて主人を待っていたワイバーンが細切れになる。いまだに対空砲火もないため楽なものだ
『やり方が多少汚いが・・・勘忍だ』
加賀で飛行長に今回の攻撃方法を知らされたときはア然としたものだ

『今回の攻撃の目標はワイバーンそのものでは無い、目標はそれに乗り込む人間だ!』
最初の爆撃地点はワイバーンの駐騎場の半分程度をカヴァーしている、生き残りのワイバーンが喚きつつも主人を待つ、健気なものだ
近くの建物からワァーっと人間が出てくる。パイロット達であろう、それを見計らったかのように流星改が低空に進入し爆弾倉を開く、今度は各機六発・・・ただの六番ではない、三号爆弾である


駐騎場で健気に待つワイバーンに向けて走り出したパイロット、あちらでは騎士達といわれているらしいが、おそらくたどり着ければ滑走の要らないワイバーンの事、やれると考えた勇者達、それが焼き払われ、なぎ払われる、爆撃機に断片被害を与える物が人間に振るわれて、無事なはずが無い、それが54発もである
龍舎は火に包まれた
そして、まだ攻撃は続く、流星改は20o機銃で騎士達が飛び出て来た兵舎や、わざとのこしていたワイバーンに機銃掃射をかける

『あちらの竜騎士と呼ばれる者たちはワイバーンに搭乗するに際し、その血筋や適性の有無が大きく作用される、その為、幼少時よりワイバーンと慣れ、親しみ10年、20年、30年をかけて乗り熟して来た連中だ。だから、そいつらを狙う、10年、20年、30年をもう一度、一からやり直してもらう為にな』

『ほかの母艦屋もしているんだろうが、気分悪いだろうな・・・飛行長の言い分もわかるが、艦攻屋も大変だ・・・おっと!』
スロットルを踏み込み、紫電改を急降下させて人だかりが出来つつあった場所を掃射する

ダダダダダダダ

『攻撃隊!対空魔法の槍が出て来た、潮時だ!』
その無線がきっかけか、信号弾の集マレが隊長機から撃たれた


『くそぅっ!!!ここもダメかっ!!』
爆撃から一足遅く駆け付けたのは上空直援を命じられていたサオーマの空中騎士団だ
『あちこちから救援の報が入って細々分かれ過ぎた・・・あまりに広範囲すぎて対応しきれない!!』
今現在、周りには四騎、二ペアしか居ない、連続する救援の要請に隊を分けた結果だ
『空中退避も出来てないなんて・・・どれだけ腑抜けてるんだ、他の騎士団は!』
三号爆弾など知らない彼等にわかるはずも無いが、乗り込みさえすれば、すぐに上がれるようなものを、と罵る。
『隊長!上を!』
少し上空の離れたところにキラキラと輝く金属の反射光と信号弾、帝國だ、どうやら集合をかけているらしい、敵がいないから、とのんびりしているようにも見える
『気付いてない?ふざけやがって・・・チャンスだ、抜かるなよ!』
『了解!!』
魔力をこめ、ワイバーンに加速させる、ワイバーンは上下の揺れが激しい、下手に覆い被さろうとして見つからぬよう、このまま加速する
『奇襲の一撃で間に入り、あとは編隊の内懐で暴れてやる!!!敵討ちだ』
グゥルルルルル
その意気に答えたのか、ワイバーンが任せろと、でも言うかのように唸る
『やってやろうな、相棒!!!』


襲撃していた流星改が低空から上昇してくるのを見ていた視界の端に異端な物が入る。なんだ?いや、流星があんなに上下にブレるものか!敵だ!!!
『敵機来襲!四時方向!』
それだけ告げ、紫電改を振り回す、付いて来た者だけで戦えばいい!流星が逃げる時間が稼げる、それに、相手からは明確な戦いの意志が見て取れる、これが、こいつらこそが、この新型である紫電改と戦うのに相応しい相手だ!!

『ゆくぞっ!!』
機首を相手の鼻面にあわせる、いわゆるヘッドオンだ、お互いが機銃とブレスを投げ掛けあう、それでいて根性もある、避けるそぶりもない
『こん畜生が!!!』
本当にギリギリの所でお互いが避ける、垂直尾翼二にワイバーンの足の爪が当たったコンっという音が聞こえた。ヘッドオンから一撃離脱をしようとしたのだが旋回をしてしまってはしょうがない、自動空戦フラップによって鋭く旋回する、相手の方はどうやらこちらとニアミスしたときの機体が生み出す乱気流でまごついたらしい、幸運だ
『!!!』
ガンガンガンガンッ
機体に被弾する、もう一匹いやがったのか!違う!二騎で組んでいる、そいつに攻撃をかけた紫電改はそのまま一撃離脱で降下した結果、今は一対二か!!


『あれだけ食らって落ちんのか!!』
僚騎のブレス攻撃を受けても平然としている帝國の機械龍が僚騎を引き離す、何てスピードだ
『くそっまたかっ!!』
僚騎と取り囲むように遷移して何度か攻撃位置を取るが落ちない、むしろこっちが危険だ、気付くのが遅かったら弾幕に飛び込む所で冷汗をかいたのが二回あった・・・正面から撃ちあうのといい、囲まれてからといい、この技量と龍の性能を発揮するとは・・・
『よき敵!!!』
こいつは俺の宿敵だ、今、私がそう決めたのだ!!サオーマの血がたぎる!!!
『その首私がもらったぁっ!!』
僚騎の射戦を避けると私の目の前に飛び出す位置を取った!そう思った瞬間、僚騎が敵の弾に貫かれる、騎士は脱出した、パラシュートが開く
『一騎にかかり過ぎたか!』
降下していった敵の仲間が戻って来て、僚騎の不意をうったのだ、至近距離を追い詰めていた敵騎が過ぎる、ブレスのタイミングを逃した、だったら!
『足で掴め!!!』
速力をあげ、突っ込みワイバーンの足で蹴る、ガギンッという音と共に
敵の翼に三本の傷を入れた、それが空戦の最後の出来事だった。二騎も退くのかこちらに来ない、やはりとてつもなく速い
『勝負はまた次、だな』


『大丈夫か!?』
無線で敵の一機を落としてくれた仲間が無線を入れてくる
『あぁ、なんとかな、助かったよ。ありがとう』
実際穴だらけである、防弾が強い紫電改だからこそできた芸当だ、なんと力強い機体だ、火力も強い、勝負をつけられず、燃料が半分切ってしまったが、充分だ、俺は惚れ込んだ
そして翼にできた三本の鈎爪の痕
『いい腕だった』
何度もいてほしくない位置に陣取ってくれやがった、取り残され遠ざかる相手をもう一度見る

拝刀を肩にあて、こちらを見ている、あちらの敬礼だろう
『はははははっ!!!気に入った!!』
こちらもバンクを振り、敬礼をする。何をしたのかはわかるだろう。しかし、何と清々しいのか、命のやり取りをしたというのに。龍舎を攻撃した時には無かった恐怖とは違う高揚感が奴との戦いにはあった
『また会おう、必ずな』
傷だらけの紫電改は母艦へむけて飛んでいく、結局、第一次攻撃隊で一番の被害を受けたのは彼の機体だった


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