『唄う海』39


『すっげぇな・・・』
ある龍騎士はその言葉しか言えなかったと言う
見渡すかぎりのワイバーンロードの群れ
『各騎編隊を崩すな、ただでさえ数が多いんだ、ばらけると皆、最初からやり直しだ!国の威信もかかっている!操龍に注意しろ』
部隊長の騎士が声を張り上げる
各国の龍騎士はその龍舎ごと、領土内や、家中のみ、の編成でしか編隊を組んだことが無い、その為、空中集合だけでも事なのだ
『地上目標へ向けてが300騎、当該目標の港に接近しつつあるという海上の帝國艦隊へ向けては500騎、しかもかつてのロッシェルのような数十騎なんてちゃちな数ではない!我等の勝利は見えたも同然!』
軍議の際の各国の空中騎士団長が指揮状を突き立ててこう吠えるのも無理は無い、それだけの数的集中は成されているのだから、ただ
『おのおのしばし待たれぃ!帝國への攻撃より先に叛徒を焼き尽くし、帝國の出方をみるとが先決でありもす!』
『イェンサァー殿は臆病風に吹かれましたか!?』
イェンサァーはゆったりと反論する、相手は若い
『やすやすと横槍ば突かれたかならそいでもよか、じゃっどんロッシェル公が最初に攻撃ば受けた時はあらゆる方向から帝國の機械龍がやって来たとありもす。』


『それ以降から現在までの戦訓では、都市や、山、河を基点とし飛んでくる、とありましたが?』
畑違いの将が口を出すなとばかりに空中騎士団長の一人が慇懃に対処する
『それは帝國陸軍の機械龍とサオーマは考えております、しかし我々が相手にするのは・・・帝國水軍の機械龍、我々の情報不足は必定!勇猛と蛮勇とは違う!』
リィズが代わりに代弁する
『女の癖に軍議に口を出しおって・・・』
陰口がぼそぼそっときこえる、確かに副将としても女はリィズ一人だった
『おいはこの軍師ば信頼しちょる、こいの言葉はおいの言葉と思って構いもはん!そのリィズを侮辱すっ事は、主将たるおいを侮辱すっ事と同じ、おはんの国の軍律はその程度でありもすか?』
じろっと陰口を叩いた将の主将を睨む
『我が軍律は主将を辱める事を良しとしません、口を謹め!!』
その主将は目を閉じたまま厳しく命じ、続ける
『では、イェンサァー殿はどうしろと?』
『先ずは叛徒の街を叩きもす、帝國の艦隊へはそれから持てる力全てで叩くとがよか』
『逃げやしませんかね?』
『逃げたとしたらおい達の勝ちじゃありもはんか?味方ば見捨てっ逃げっ事は、帝國の友邦となった国々ん仲にくさびば打ち込めっど』


『確かに・・・一理はありますな、マリム公』
今まで黙っていた今回の総指揮官に問う
『・・・戦とは、まずワイバーンによって部隊と情報を撹乱、分離し、戦竜により叩き潰し、士卒によって繊滅する、これが王道じゃ。この大軍を見て、降ってくる諸候もおろう、時間をかける事は罪では無い、イェンサァー殿の手を使ってもよろしかろう』
諸候が寝返って来るきっかけになるため地上攻撃をするのは外せないが、それが行われるなら総指揮者としては問題は無い、戦費の問題も寝返って来た諸候に攻めさせれば一挙両得だ
『あいがとございもす!』
イェンサァーが頭を下げる
『ただし!イェンサァー殿の手にあるワイバーンは攻撃隊より外れ、上空直衛をお願いしたい』
『それでは!』
サオーマの部隊の直衛の層が薄くなるばかりか、逆徒を攻撃する功を得られなくなる リィズが何か言おうとするのをイェンサァーが止める
『ありがたく、その任に就かせて貰いもそ』

こういう事があって先ずは300騎の攻撃となったのだが、これはこれで正解かも知れなかった、集中運用とはかくも難しい物だとは思わなかったし、今の技術とノウハウでは1500騎全てを一回の攻撃に全て出すのは無理というのもわかった


『どうぞ』
『んぁ、ありがとう』
もきゅもきゅと蜂蜜団子を口に頬張る志摩にミスミが水挿しを出してくれる、ようやく会話が成り立つようになって来た、きっかけは
『三度の食事だけじゃ・・・口寂しいから、適当に君が好きな物買ってきてくれない・・・かな?』
と、小金を渡してからだった、買ってきたのは小麦粉を練って蜂蜜をまぶし胡麻が振り掛けてあるお団子のようなもの、下手したら何か混入されるか?と賭けだったが
『一緒に食べよう』
と、声をかけたら先におずおずと食べてくれたので安心して食べれた、団子自体、もちもちっとした食感に、くどく無い蜂蜜の甘みに胡麻のアクセントがついて、それでいて素朴な味で結構お気に入りである、なによりミスミが自分の意志を見せてくれたのが嬉しかったし(一時期、からくり人形かと思ったりもしたもんだ)
『女の子と向かい合って、お菓子を食べてる・・・とりあえず、桂に見られたら首が飛んでるなぁ』
たぶん私をちぎっては投げちぎっては投げ、歯ぁガタガタ言わせてくれることは間違いあるまい


『〜♪〜〜♪』
不意に、またどこからか歌が聞こえた。ミスミがビクンと体を震わせて、苦しそうに胸を抑えている
『どうしたんだ!?』


『しっかりするんだ!』
脈を測るまでもなく動悸が激しい
『あ・・・あぁ・・・あああああああ!!!』

『〜〜♪〜♪』

『聞くな!聞くんじゃない!』
抱きしめてミスミの耳を両手で塞ぐ
『私の・・・トガに汚れた・・・たくさんの・・・たくさんの・・・かわいそうな・・・かわいそうな・・・うぅぅぅ・・・』
ヴォンヴォンヴォンヴォン
『航空機!?馬鹿な!そんな技術は・・・』
志摩とミスミが居る部屋にある小さな窓から差し込む光が重低音とともに途切れる 『雲・・・じゃ・・・ない!?』
『たくさんの・・・かわいそうな虫達が』
『虫・・・だと!?』
万じゃ効かんぞあの数は
『痛いの・・・痛いの・・・痛いのっ!』
『っ!!!』
ミスミに腕を血が出るほど噛み付かれるが耐える・・・昔何かあったに違いない、こんな反応をするなんて
『大丈夫・・・大丈夫だから』
噛まれていない手で頭を撫でてあげる、だんだん落ち着いたのか噛む力を弱めて、歯跡に浮かぶ血をチロチロと舐めてくれている・・・たぶんあまりの衝撃に幼児退行しているようだ、目が定まってなく、不安そうに泳いでいる
『ミスミさん』
しばらくして名前を告げると、目の焦点があって正気に戻った。


『・・・申し訳ありません』
ミスミが体を離して謝る
『いや、それはいいんだ・・・でも、聞かせてもらっていいかな?虫って何なんだい?あれは尋常じゃない!君の反応を含めて』
空を覆い尽くすかのような虫達、あんな物が城から出ていくとは
『彼女は虫使いの部族の出なのですよ』
その言葉と共に外に通じる扉が開く
『ネームレス!』
『ネームレス様・・・』
『お久しぶりです、権力の奪取の為、一時期檻に入ったり仕事に励んだりしておりましたので、なかなかお会いできませんでした。・・・で、あれですが人を食らう虫、強力な顎を持ち、多少の障害は食い破ってでも中に進入します』
ミスミが表情を変えず驚く・・・いいのだろうか、情報を開示してしまって 『・・・ネームレス様?』
志摩が、はっ・・・と気付く、ジュラルミンなどの軽金属ならもしや・・・!
『陸軍の航空隊を落としたのは・・・まさか!』
ニヤリと笑うネームレス
『どうぞ、こちらでその活躍をご覧下さい、政権を奪取しましたので帝國の人間が居ても、なんの気兼ねもありませんよ、さぁ』
『・・・わかった』
ネームレスの招きに何にしても見るべきと通路に出て、大窓からその行き先を見極めて、絶句した


確かに最初に巨大な黒い龍が出て来たときも恐怖を感じはしなかった
なにせこちらは数がある、どんな物でも焼き尽くせる、大きければ大きいほど動きもトロイ、そう思っていた、鶴翼に展開して一斉にブレスを吐きだし攻撃をしたその瞬間までは
龍は飛散し、黒い塊は鶴翼の両翼を飲み込んだ
『な、なんなんだよ!なんなんだ!あれ!?』
中央部に居た自分には、何が起きたのかわからなかった。外苑部に突っ込んだと思ったワイバーンが黒い塊を突っ切って出たとき、尻尾しか残っていなかった、訳がわからない
『か、各隊分散!!』
団長が命じてもワイバーンも人も動揺したのか動きがいつもより鈍い
『お、追いつかれる!た、助けてくれ!助け!!くっつくな!離れろ!離れろぉ・・・ギャアアア!グボァ』
後ろに居た仲間が追い付かれ、ワイバーンに張り付いて噛み付く。あまりに群がる虫が重りになり速度が落ち、やがて人に張り付いて真っ黒になる、断末魔をあげる口にも虫は噛り付き貪り喰らう。そして何も残らない、全て喰われてしまう、いやだ!いやだ!!いやだ!!!
ワイバーンを先にやられた人間が飛び降りてパラシュートを開いた。しかしすぐに人の形をした黒い塊になり、消えてなくなる


無意識に急降下して速力を高め低空を滑空する、自分の頭の上の空は虫で真っ黒だ、あれだけ居たワイバーンがどこに行ってしまったのか、周りには誰も見えない・・・
本当に地面ギリギリの所を飛び、しばらくすると黒い塊は去っていく・・・
『はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・!助かっ』
注意力を後ろばかりに向けていたので前に、本来、圧倒的な数を前にけなげに迎撃しに来るはずだったこの国のワイバーンに気付かなかった。速力を出したせいで、ワイバーンも疲労している、もはや動きようがない
何も言う間もなくワイバーンごと火葬にされる、そんな光景が各所で見られた・・・まさに虐殺そのものだった


『ご覧なさい!我々を簡単に捻り潰す気だった彼らの末路を、滑稽だ!実に滑稽だ!!クックック・・・クハハハハハハハハ!!!』
『これが・・・!これがお前達の切り札か!!』
志摩はネームレスに叫んだ


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