長崎賢人『唄う海』38


白刃が煌めいたのはわずかな時間だった
『チェック』
馬車の中でネームレスが無表情に告げる
『任務達成で安心しきった兵や妻らを入城直前を狙い皆殺しにするとは・・・何故殺さん!』
目の前の居るのはこの国の国王、既にネームレスの短剣で腹を刺され、止血できない以上、もう過去の人物としても良いのかもしれないが
『外で用意した人間が殺した兵になりすましてる最中なものでして、ただ帰るのも暇ですし、断末魔とやらを聞こうかと』
『兵を偽ったところで城門の衛兵に』
チ、チ、チと人指し指を口元でふって愉しそうにネームレスが笑う
『彼等はカケラも残りませんからねぇ』
『爆弾か・・・』
『御明察』
『ならば・・・国政を司って来たものとして問おう、この国を・・・どうするつもりだ!』
『列強全てへと宣戦を布告します』
『馬鹿な!各国、対帝國戦に向けて軍備を整えようと、増備、動員が成されておる!ワイバーンとて六ヶ国n』
『各国のワイバーン、平均500、列強がその半分を派遣したとして1500、陸上兵力は10万海上からは5万、といった所ですかね?我々は諜報を司るものですよ?』
『私が居なくなった事で・・・家中は分散、勝てる筈が、まさか・・・帝國か!?』


『海側5万と、陸上兵力の2万はそうなるでしょうなぁ。ワイバーンについては、他の国々の方々の意向でどれだけ受け持ってもらえるかわかりませんねぇ』
それが事実だとしても陸上兵力の8万とワイバーンが最低500はこの国へと向かってくる。無理だ勝てる筈が無い、列強と帝國、お互いにとってこの国が来たるべき日に向けての演習場になるだけだ・・・!
加えて列強の海上兵力はおそらく予備、帝國とは盛大にぶつからないようにはする筈だ、ワイバーンに依る空撃を行って牽制はする気ではあろうが、小艦隊を見つけて全力攻撃で沈めて見せるのも手だ
考えを巡らせている国王の顔をネームレスが覗き込む
『あなたは確かに名君ではありました、しかし、遂に人に対して気を配りはしなかった』
『・・・!?』
『御然らばです、父上』ネームレスが腹の短剣を引き抜くと血がこれまで以上に盛大に吹き出て馬車の床を濡らす
『復讐か・・・母親の』
『手慰みで妊ませた子でも顔はあなたに似てしまいますからね、気付くか、と思いましたら』
『復讐では、なにも、変わらんぞ・・・』
『・・・』
『いや、違う・・・お前は・・・なに、か・・・』
王は事切れた
『そんな事、とうの昔に解っていますよ』


数日後
一人の武将がどかどかと城の中を歩いている
供は青い髪の女性が一人
『おはんの情報通り、ヴァイスローゼン公が亡くなったそうじゃ!』
ここは列強の中でも尚武の地として有名なサオーマの駐屯地である、ちなみに訛りがキツいのも有名である
『やはり、そうでしたか・・・今回の集まりは、やはり。』
『戦支度をせい!おい達はマリム公の指揮下に入っど!兄者達はおいの配下については好きにしてよかっこっじゃったけんど。国元ん伝えは、きちっと頼んぞ』
『御意のままに・・・まだ、何か?イェンサァー様?』
イェンサァーと呼ばれた武将がニヤニヤ笑っている
『おいが、なして配下に就くなんてらしくなかっこっばしとるんか、聞きたそうな顔ばしとるけんさ』
この副将、リィズは何か懸案があると睨み顔になる癖がある・・・多少直情的と言えるが優秀な臣だ
『今回は列強の寄せ集め、誰が指揮ば採るか、どんもならんこっなるんが大方の見方やっど、しかし、ヴァイス公の拭逆は捨ておけん、こいは困った』
『はい、領土分割案、戦力の使い様に依っては内輪もめで大乱が始まる可能性もあります、しかし、それは自国の為には詮なき事』
所詮は諸候の寄せ集め軍にしかすぎないのだ


『埒があかんけん、戦費ば指揮を預かるもん持ちにしとったらよか、土地は指揮するもんが貰えばよか、と言ってやっもした』
リィズが目をみひらく
『なっ・・・』
イェンサァーはしてやったりと続ける
『勿論、戦費の方は元金に槍働き分、それから死んだもんの分と、きちんと決めもした』
『そんな事をなさってしまったのですか!?お互いの見栄から指揮権を取り合って払う戦費値のを張り上げたあげく・・・まさか!?』
『がっはっはっは!おつりが出るくらいは他んもんが値ば吊り上げてくれもしたわ!おい達や将兵の命の値段ばな、無駄には捨てれんようにしたと。こん戦は慎重さが必要ぞ』
ただ勇猛なだけでは無い将なのだが、直感行動型なので、知らない間にこういう事をしでかしてくれて困る
『しかし、先方が払えなくなったらどうするんです?』
『そん時は質ば取る、土地ば取る、民ば取る、なんとでもできっさ、抵抗すっなら』
『帝國、ですか。』
切り替えの早さに頭を抱える
昔から、このサオーマの国、とんでもなくしぶといことでも有名である、旗の変え時を見過った事は無い国柄なのだ、小国や地方領主の中には何かあったら、無条件でサオーマに付いていけ、と言われているほどだ


『噂に聞く帝國と、お目見えとはいえ戦うっちゅうときにぐだぐだ議は言うちょられん!けんど、おいの考えば副将のおはんに聞かさんかったのはすまんかった!』
イェンサァーが頭を深々と下げる、将とはいえ部下にである、リィズの方がこれは困る 『いえ、頭を上げられてください・・・!私は信頼してますから、ですが、これからはどんな時でも構いませんから伝えてくださいね?』
『おぅ!』
にぱっと子供のような顔を見せるイェンサァー、まったく、将兵の値段や戦費の見積を出したり、敵へ対しての慎重な対応を望む事ができる将であるのに、戦へと向かう姿勢や部下への態度はころっと己をこのような陽性に変えてしまうのだ
『伝えば終えもしたら、部屋に来たもんせ、おはんの考えば聞きつつ、策ば考えたかっ』
『わかりました、ですが、お酒は持ち込まないで、ですよ?イェンサァー様』
最終的に宴会になってしまう
『わかっちょうよ・・・気付けに一樽ぐらい・・・』
『ダメです!』
『ひ、ひどか・・・』
『では・・・』
しかし、情報が流れて来たのが意図的に過ぎないか?・・・聞いていただく方が良いだろう、私は他の国の者達が言うように、ただの謀反だとはどうしても思えないのだ


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