『唄う海』37


『幽弥さん・・・』
『みぃんな、いっちゃったわね〜』
朝靄の中、呉から消えていく艦隊を見送る二人、桂の方はハウスキーピングの仕事があったが、対馬丸事件以降、自粛命令が大学の調査隊に出て、本土に戻って来ていたのだ 『五島君の所も出たらしいわ〜』
『そうですか・・・でも出ていく艦の数が多すぎやしませんか?なにか・・・なにか志摩の身に!?』
女性の軍事参画を考えている桂はなまじ知識がある分、そのあたりが気になって仕方がないらしい、幽弥が苦笑して桂を向き息を吸い込む
『自惚れるでない!』
びくっと桂が肩を震わせる
『・・・なぁ〜んてね♪海軍はそんな事で動くほど一人の命にこだわったりしない、心配するな、志摩君が居たならそう言うんじゃないかしら?』
『そう・・・そうですよね・・・』
『ふふっ、志摩君なんて、どうでもいいんじゃなかったの?』
『う゛ぅ〜』
『はいはい、睨まない睨まない、五年前、志摩君が大尉になったばっかりの頃、とある上官の勧めで、志摩君がお見合いする事が決まってからあたふたしていたのはあなたですものね』
『そ、その話わっ!』
『志摩『わー!!』給で買ってもらった『あ゛ー!!』を抱きしめながら『ぎゃー!!』』


あわてて、桂が奇声をあげてごまかそうとする、回りに居た何人かがこちらを見る
『なぁに?狂言お見合いに引っ掛かって志摩君にその一部始終見られた事でいろいろ丸ーく納まったじゃない』
『はぁはぁ・・・納まってないです!おかげで私はあんな奴と!』
今度は声を抑えて叫ぶ
『あら、枠が広がったとはいえ、あなたの主張の為に軍令部でコマ回りをしてまで海大に入ろうと努力してる彼じゃ不満?』
『え?』
前、偉くなった方が利用できるのに、あんたは上昇意欲がないと罵ったことはあったけど、まさか
『知らなかったの?うちの人が推薦しようかといったら、それは身内びいきになりますって断って、軍令部でパシリやってるのよ?もう大尉任官から今年で六年目、だからギリギリ』
『嘘・・・』
そんなそぶりはまったく・・・
『正直あなたじゃ無かったらあの時他の人を本当に紹介するべき所よ?実際。まぁ志摩君にも言えることだろうけど、心の底で彼なら絶対大丈夫と思ってるから、あんな仕内できるんでしょ?』
『・・・』
『で、志摩君が優しいから、加減がわからず、おっかなびっくり暴力とか振るっては自己嫌悪、志摩君を好きな娘が見たら奪いに来るわね、絶対負ける気しないもの』


幽弥が桂の頬をぷにぷにする
『ほらほら・・・そんな顔してたんじゃ負けちゃうぞ♪それでも私はあなたたちを応援してるんだからね、桂ちゃん』
『あ・・・はい!』
桂がゴシゴシと涙の浮かんだ両目をぬぐう
『・・・私も今回は言い過ぎたわ、ごめんね』
『いえ、松浦さんも出ているのに私だけ取り乱して、必死になって。』
そうだ・・・ここに居た人達はみんなよき人やよき夫、よき父親であろう人を見送った人達なのだ・・・自分だけ嘆きわめいて良いはずがない!
『私たちは私たちで、あの人達が帰って来た時にできる事を考えましょ、それが私達の望んだ役割なんだから。あなたの、常に一緒に居たい、背中を守りたい、守られたいって言うのも素敵な考えだけど、ね』
幽弥が優しく微笑む
『はい!』
『じゃあ効率良く考える為にあそこの甘味処で食べながら考えましょうか♪』
『大賛成です!』
あなた、きちんと志摩君連れて、生きて帰ってきなさいよ?桂ちゃんにとって
『あの人は大切な人なんだから』
もちろん、からかうのに二人ともちょうど良いから、だけど。その楽しみを奪ったらただじゃ置きませんからね(精神的に)・・・さぁて、桂ちゃんには何を吹き込んでさしあげようかしら?


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