『唄う海』35


『帝國海軍は貴国に艦隊を派遣する事を決定致しました。派遣される艦の一覧は、こちらに』
ここはヴァイスローゼン首都、ペルトバジリスク。そのラスプーチンにあてがわれた万聖節の薔薇宮地下の一室、そこで志摩とネームレスの何度目かの会談が行われていた
『確かに』
編成表を受け取り、目を通すネームレス
『戦艦は一隻、重巡が二隻、駆逐艦が四隻、海防艦が四隻、計11隻。もっと出せるのではありませんか?特に小型艦艇の層が些か薄い、戦艦もまだあるでしょう?』
ネームレスが呆れたような顔で笑う
『貴国の作る程度の帆船とは考え方が違う、この数で問題はない、海軍問題については一切任せられたい』
『・・・そんなものですかね』
『そんなものだ』
あまり実働数を上げるのも良くない、言質をとられないよう言葉を交わす『先日、そちらで起こった事故はお悔やみ申します、沢山の学童が亡くなられたとか?』
『・・・』
いやに情報が早いな。あれの下手人なら・・・いや、それはあるまい
『唇、ですよ、あなたが一人になって連絡を取る際に』
ネームレスが唇に指をあてて笑う
『読んだのか・・・』
『こういった芸がありませんと、ダークエルフさん達に消されますからねぇ』


異種族間で人間という存在が諜報活動をするのにこの世界は向いていない、それで居て有能かつ生き残っているならばそれぐらいの能力はあってしかるべき、か
『列強への民草の憤りは激しいものでしょうな』
『こういうときはそちら側のように未発達な社会の民度の低さが羨ましい』
『仮にも、帝國なのでしょう?民草を放置するのは大権が危ういのでは?』
『我が海軍は以前より国民が熱狂しやすく、憤漫のやり場を求める代物だと理解しておりますので、相手にしません。お上も同情はすれど、安易な賛同は為されません』
日露戦争での上村中将に国民がしたこと、対米戦寸前まで追い詰められた原因である大陸への進出や、政党政治の駆逐、英米への憎悪。発展を享受したい全ての国民、または発展の下敷きとなり極貧の辛酸を舐め、その発散を求めてやまない農民の次男三男が入る陸軍、彼等の明治以来の歪みが破滅的な対米開戦決定の根底に流れる理由だろう。彼等を否定はしないが、一緒になるのは御免こうむる
『新聞が世論を炊きつけているのも悪いんですがね』
軍部にみずから擦り寄って来たブン屋どもが騒ぎ立てている。山本さんが居たならうまく統制できただろうか・・・病気は快癒したと聞いたが


『そちらの国内問題に関して、私も帝國も何もいいません、ここは突きあってもお互い痛い腹でしょう』
『まったくですな、面倒な物ですよねぇ』
お互いに苦笑しあう
『して・・・先払いの分、と言いますか』
『世界地図ですね。確かにそちらの工作員に手渡しました。この周辺地域国家の詳細な注釈もつけて、ね』
ラインは私一人だけではないってことか
『・・・陸軍航空隊をはたき落とした物については』
『最終兵器ですよ、手の内を全部見せたら、面白くないでしょう?』
ネームレスが肩をすくめる
『飛行船が到着したとき、歌が聞こえた、女性、しかも若い・・・レーヴァテイルですかね』
『我々、闇の者どもでも歌は好きですから、歌声ぐらいあってもおかしくは無いでしょう。あまりあなたも外出出来ませんし、道楽も無く退屈でしょう、一人ほどお傍係を付けましょうか?我々の仲間ですが』
はぐらかされた気もするが・・・私自身にももう一つ、ラインを作っておくべき、か 『では、お願いしたい。あなたも忙しい身だ、あなたを通さずに仕事ができるのは、私にとっても効率がいい』
『いやはや、気配りいただきありがたい、ミスミ君』
パチンとネームレスが指を鳴らすとその娘は現れた


『ミスミ・・・です・・・』
うつむき加減の暗い娘だ
『ミスミ君、これから君は客人のお世話もしなさい』
も?
『はい・・・』
『では、私はこれで、仲良くしてくださいね』
思わしげなウィンクとともにネームレスは部屋を出ていった、ミスミと呼ばれる子と二人きりだ
『・・・』
『・・・』
10分後
『・・・』
『・・・(汗)』
いや、何か話そうよ、君。こちらから話し掛けてみる
『君は若いな、何歳?』
『知らない・・・』
『えっと・・・(汗)ぼかぁ28、もうすぐ9かな』
『・・・』
『(汗増量)・・・そうだ、君の主さんに伝言できちゃったりはするのかな?』
『ラスプーチン様にはネームレス様かご本人がお呼びになられた方しかお会いしません、私らはお世話にこそ参りますがこちらから話す事などありえません』
主であるラスプーチンの事だと敬語で話すんだな・・・
『じゃあ、お世話ってなにするんだい?』
『・・・』
無言でミスミが服を脱ぎだす
『な・・・ななっ・・・ストップ!ちょっと待て!』
『自白用の催眠香は使うなとのご指示でした、警戒する必要はありません』
『そういう問題では無い!』
桂に殺される!
『・・・あ』
ミスミの身体に目が停まった


『よし、できた』
服のあてものとして持って来ていた当て布に軟膏を塗ってミスミの膝と肘に巻いてあげる、服はそのついでに着せた、目のやり場に困るし
『・・・行動に阻害を覚えます』
『女の子なんだから、怪我は小さくても放棄してはならんよ』
この中世の時代背景程度の医療では普通に傷口からの破傷風で死んでしまうかもしれない
『・・・』
『ラスプーチン様やネームレスに仕えるのであれば、健康維持も任務、ちがいますか?』
『・・・感謝します』
『うむ、よろしい』
五分後
『・・・』
『・・・(会話が途絶えてしまった・・・出ていけとも言えないし(汗)』
まるで人形だ
『・・・えっとお願いしていいかな?』
『なんなりと』
『この前から無線機とか運んだりしたせいでさ、肩・・・叩いてくれないかな?』
『・・・』
『・・・あ、あはは、そんな子供の使いみたいなの駄目だよね、御免御免(気まずい、気まずいぞ・・・(汗)』
とんとんとんとん
ミスミがあせる志摩をよそに背中に回って肩を叩く
『あ゛ぁ〜・・・(至福の表情)あ、ありがとう』
『・・・』
少しミスミの頬が引き釣ったように見えた、笑った、笑ったのだろう
『(取り入るのも大変だなぁ・・・こりゃ)』


『この世界のルシタニア号が沈んだか・・・』
『・・・は?贄、という事でしょうか』
組織の主、ラスプーチンの言はネームレスにはわからない異世界のセリフだった
『そうだ、船倉の外壁の爆薬を爆破し穴をあけ浸水、沈没。かつ船倉の爆発が及ばないところに機雷を入れておき、沈没とともに流れ出すようにすれば、貴様が持って来た機雷の設計は帝國も持っている、列強への罪のなすりつけはたやすい・・・永野とか言ったか、やるものよ』
ヒッヒッヒ、と暗く笑う、もう結構な年だ、だが目だけは異常に鋭い
『そろそろ王を消しておくべきか・・・』
『帝國の艦隊が出航したとの情報が入り次第、ですね』
『そうだ』 『では、私めが・・・直接』
一礼し背を向けて退出しようとするネームレス
『ミスミを帝國の客人の元にやったそうだな・・・似た境遇の哀れみか?』
ネームレスの背中へラスプーチンがなげかける
『技術の移転はラスプーチン様がなされた以上、もはや必要な人員ではありますまい・・・保険ですよ、いざというときに消すための』
『どうだかな・・・まぁよい、国王は任せた』
『は』
『怨みを未だ捨てきれぬか・・・ユグノー』
影から一人手の者が現れる 『監視を怠るな』



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