『唄う海』32


気分が重い・・・松浦中佐の所に桂さんがいると聞いて領事館に寄り道させてもらう事になった、海軍の温情措置で命令で移動が通達される日にちを一日開けてもらう、元は港々の人間とのそれなのだが、事が事だ・・・
『はぁ・・・』
だが行くしか無い、それが義務だ。領事館に行くと松浦中佐は不在、奥方二人は台所にいると館員に言われ中に通される
『どんな顔をしたらいいんだ・・・』
ええぃままよと扉を開ける

『だからなんできゅうりなんて味噌汁に入れようとするのよ、あなたは。それはなた豆と海老とたまねぎでサラダ用だって言ったじゃない』
『な・・・茄子と間違えたんです・・・いいじゃないですか!きゅうりでも!』
『ヤケにならないの、あら?ここにあったお酢は?』
『え゛?もう茹でてたタコの足にかけちゃいましたけど・・・』
『それはマヨネーズ用!んもぅ、調味料はお料理の基礎だと前にも言ったじゃない。あら・・・五島君?』
『幽弥さん手際が良すぎてついていけな・・・こんにちは!』
幽弥達が五島に気付いて声をかけてきた、いささか面食らったが気を取り直して頭を深く下げる
『申し訳ありません、志摩少佐を危険な場に・・・置き去りにしてしまいました!』


『ねぇ?五島君、だったっけ?』
桂が身構える五島に笑って近寄って来て尋ねる
『あなた、レーヴァテイルをきちんと軍人として扱ってるのよね?対等の立場として』
はい?
『ありがとう!これで私たち女性の地位向上の為の軍への切込みに希望がもてるようになったわ!いつか会いたかったの。よかったわ〜ニーギさんはこられないの?』
『え・・・あの・・・』
うろたえる、いくらなんでもこの反応は予想外だった
『あなたには先見の明があるわ!明治の以来、女はいろんな職場に進出し続けたわ、ここで国防という血税を女が払うことによって、いままでのように男優位の社会の肯定する根拠となりえる端緒をあなたが作ったのよ!あぁ、ほんっとに素晴らしいわ!』
幽弥がぽこんとおたまで桂の頭を叩く
『五島君面食らってるわよ、がっつかないがっつかない。・・・もう少し待って下さいな、もてなしを今作ってますから』
『はぁ、それは・・・ありがたいですが・・・あの!志摩少佐は』
『いーのいーの、あんな奴。ゴキブリ並にしぶといから帰ってくるわよ、帰って来なかったら来なかったでこれからずっと好きに出来るし』
当然のように言い放つ桂に初対面ながら頭にカチンときたが黙っておく


『まぁまぁ、お酒は大丈夫なほうだったかしら?自家製のができたから飲んでみて』
空気を読んだ幽弥が間を取り持ってなんらかの酒らしい液体が入ったコップを五島にさしだす
『味も好評で、とても売れましたわ、領事館での製造物ですから課税が効かず、領主さんが泣き付いて来たので売れなくなってしまいましたけど・・・』
断る道理もないので飲んでみる、確かに、これはうまい
『まぁその前に獣人さん達にバカウケで、作り方も伝授しちゃいましたから、帝國は間接的に税収入が入って当分は黒字ですわ、うふふ♪』
そ、それは・・・
『え、えげつな〜』
『何か言いましたか?桂ちゃん?』
『な、なんでもありません!サー!』
幽弥の感情がうかがえない笑顔に桂がひきつる
『近代文学の魯迅を知っているかね?』
『松浦中佐!?』
後ろからの声に振り返ると松浦がいた
『彼の言に、相手がフェアではないと言い出し、備えるまで、いわゆるフェアではない事を行っても、それはアンフェアではない、といった意味の言葉がある、私もそれは正しいと思う、感じ方は人それぞれあるだろうがな。いささか、日本人という人種はその点について甘い、利益追求にも当人達の気持ちを考慮してしまう。』


『欧米風にやることが常に正しいとも私は思いませんがね』
この件は五島も引き下がれない、レーヴァテイルの事もある
『め、めんどくさい話はあとあと、料理できますから!』
『ダメじゃない、あなた、せっかく五島君が来て下さったのに喧嘩しちゃ、めっですよ』
幽弥がこつんと松浦のでこを小突く
『すいません、少し苛立っておりました』
一礼する五島
『おっと・・・論戦をするつもりは無かったのだが、いかんいかん、裁判沙汰で口調から変わってしまってるな、いやぁすまん』
頭をかく松浦、こちらはこちらで疲れているのだろう
それからの食事もなんとなくぎこちなく、志摩の話も桂になんとはなしにごまかされ、イライラが募る、自分の夫の事をなんとも思ってないのだろうか・・・

部屋をかり、床につく、しばらくすると扉をノックする音がする
『どうぞ』
幽弥さんだ、ネグリジェを着ている・・・ってすごい恰好だな、おぃ(汗)
『明日の朝、早起きしてもらえるかしら?少し付き合ってもらいたいの』
『な、何にでしょう?』
『桂ちゃんが志摩君の事、どう思ってるか、知りたいでしょ?』
どこか遠くを見るような目で外を見る幽弥
『たぶん、見ればわかるだろうから、きっと』


翌日早朝
『神社、作ったんですね』
幽弥さんと二人、神社に居た。しかし、日本人はどこにでも神社を作るもんだとあきれる
『来たわ、桂ちゃんよ、さ、隠れて』
『は、はい!』
白装束を着て桶を持った桂が現れる
『よいしょ』
水をそばにあった井戸から汲み
シャランシャランシャラン

鈴を鳴らすと水を頭からかぶり、一心不乱に祈る桂。何度も何度も・・・何を祈っているかは言うまでも無い
『これは』
『志摩君が連れてかれたって聞いてから、毎日。』
『でも、そんなそぶりはまったく!』
『女の子はね、秘密の一つや二つあるものよ?ああ言っててもね、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも大好きなのよ志摩君が、ね。お風呂上がりに鉢合わせで全身打撲にしたのは自分を見て素直に綺麗だと言ってほしかったから。男女同権論でモメて体へし折ったのは法も世間も対等の立場で傍に居たい、その想いを志摩さんに否定されたくなかったから。海軍省近くで迷ってた女性の道案内してただけで跳び蹴りかまして、倒れた所をおもいっきり踏み付けたのは夫婦二人で出歩く時に自分だけを見てくれなかったから。稽古事で不甲斐ないからって木刀でタコ殴りにしたのは強くなって自分を守ってほしいから』


『桂ちゃんちょっと身勝手だけどね』
『それは本人から?』
『女の感♪・・・でも少しその純情さが羨ましくなっちゃうな、私としては』
苦笑する幽弥、頭をかかえる五島
『私は何て誤解を・・・』
私の苛立ちは桂さんに伝わっているはずだ
『あなたに怒っても状況は変わらない、あなたが行ったとしても桂ちゃんとニーギちゃんの立場が変わるだけ、男の人って、結構単純に考えてしまうのよね、若い人は特に、悪い意味じゃ無いんだけど』
『私に出来ることは・・・何かあるでしょうか?』
『それは、答えを求めるものというより、あなた次第じゃないかしら?』幽弥が穏やかな顔で微笑む


『あの、私はこれより謹慎待機のためにニーギの所に向かいますが、これを』
数字が書かれた一枚の紙きれをさしだす
『これは?』
『志摩少佐が、無線で報告を送ってくる際の通信バンドです、無事ならば、受信、声だけは聞こえるはずです』
一瞬桂の顔が喜色満面になるがすぐに曇る
『あ、でもこれ、軍機なんじゃ・・・』
『受信、のみならバレません、それなりの器具がいりますが、ここなら出来るはずです』
『あ、ありがとう!』
五島が笑顔を見せる
『自分の出来ること、それをしたまでです』


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