『唄う海』30


がちゃがちゃと鎧の擦れ鳴る音が聞こえた、振り返ると不浪人とはまた違う武装集団が・・・
『下がれ・・・こいつらは敵だ』
・・・訂正、良く見たら不浪人の何人かもその後ろにいる、リーネさんの言に従い後退する
『なんだ、もう退治されちまったのか、せっかく人のいなくなったラーナでがっぽり儲けれると思ったら』
リーダー格らしい男が吐き捨てる
『まぁいいや、ここでテメェらを殺して手柄を横取りすれば王にも民にも覚えが良かろう、ちょうど後ろは燃えてやがるし、火葬しちまえばわかるめぇ』
『いやはや、これはわかりやすいご説明、ありがとうございます』
つまりは敵だってことだ、あの王にとっても
『お前はもう死んでいる、とかしないんですか?お二人』
今まで出合い頭に切り捨ててきたのだ
『人数が多いし、ここは広い、全員はやれない。隙が大き過ぎる』
パチン、パチン
『じゃあやっぱりあなたも同じ考えですか』
気付けば話してる間にリーネさんは予備の刃を手甲に取り付けているし、ネームレスも剣につけてある紐を手にまきつけている
『あー・・・もしかして』
『『突破するぞ(します)!!!』』 駆け出す二人、少し遅れて五島
『やっぱりそうなるのよなぁ(泣)』


リーネが刃付きの手甲で正面にいた敵をぶん殴って頬を無理矢理こそげ取る。え、えげつない攻撃だ、ネームレスはそのリーネに斬りかかろうとした相手の目を潰す
『今ので貸しは・・・無しに』
『元々その狙いだ、そうは上手くいかせない、払いは確実にな』
剣を持ったまま、痛みでのたうちまわる脇を駆け足で過ぎ去る。こちらも危険だが、あちらも手出しできない
狙っての連携か
『こっちも危なかったのですが・・・』
駆け足で去る際、あと少しでオレが斬られるところだった
『あの場に居て、なますぎりにあった方がよろしかったでしょうか?切られても腕の一本ぐらい、我慢してください』
『海軍籍に置いてもらえるのは指二本までだっつの』
塚原長官はともかく・・・というより斬られたくない、絶対に、ふざけんな
『軟弱だな、騎士、いや戦士とは常に戦場にある、例え老いても、体の一部を失ったとしても戦いの場に居るものだ』
いや・・・リーネさんその心構えはよろしいのですが
『最後は健常な者の楯ぐらいにはなれるしな、それを狙う相手を倒すいい機会でもある。当人も本望であろう、最後まで武と家と国と民に尽くしたのだから』
・・・生きてる時代が違うんだなと納得しておこう


『追っ手はどう潰します?』
話題を変える
『一々相手をしていたらくたびれてしまいます・・・ここは』
『・・・そうだな』
二人がこちらを見る・・・う゛、薮蛇だったかも

『えぇ!?那智を使うと!?』
『ええ、あの自慢の神の遠雷で焼き尽くしてもらいたいですねぇ』
『しかし連絡が付かないぞ?』
今現在、走って逃げているが、自分がどのあたりに居るかもわからないのだ
『別に、ラーナ外周に出れば落ち会えるだろうな、これを見ろ』
リーネが通路の天井を指差す、ペロー8世を焼いたため生じた煙が天井を流れている 『状況から見て、ラーナ周辺で立ち往生してるだろうが』
『この煙を見たら放っては置かないと?』
『街の情報を知る為にも私は見逃しませんねぇ』
・・・たしかに正論だ
『そのためにラーナ外周に煙の流れる方向へ逃げていますしねぇ、それとも王宮に戻って民を巻き込みましょうか?王宮に入り切れない分を王は入れるつもりでしたし、今は民であふれかえってるはずでしょう。楯には困りませんしねぇ、そうします?』
『そんな事を聞かされてどうするか、言うまでもないでしょう』
『まったくもって期待通りの男だな、貴様は。ま、悪くないが』
リーネが微笑む


『煙が出てるのはこの小屋からか・・・火事ではないんだな?』
『どうやら床下からみたいです、少佐。床に熱もありませんし・・・もう一度お調べになりますか?』
報告を受ける、志摩は一個分隊を那智から分けてもらってラーナに向かっていたのだが、ラーナの様子が明らかにおかしいのでほとほと困っていた、そこに怪しげな煙である
『いや、信用してないわけではないんだ。水車を利用した脱穀場だったな、ここは』
兵に少し休もうといって椅子にどっかと座る。回りにも井戸が何箇所か見える、水利を整備している・・・という事は地下にも手を加えている可能性が高い、城からの隠し通路でも続いているのだろうか?しかし煙となると穏やかではない、五島君は無事であろうか・・・
『まいったなこれ・・・わっ!?』
バタンと足元の床が斜めになったせいで椅子から転げ落ちる志摩、頭をおもいっきり机の角で打っている
『けほっけほっ・・・これはまたぁ煙がたまってて開けにくいのなんの』『上に重しでもしてたのか、管理がなってないな』
『とりあえず出れましたが、どのあたりでしょうかね、こk・・・志摩少佐!?』
見た顔が頭をおさえて床をうたうち回っている
『何やってるんですか?』


『あー、こほん』
騒ぎに集まった兵の中に居た医務兵に頭を切っていたのでバンソウコウをはってもらい、仕切り直す志摩
『ようやく会えたな、心配したぞ五島大尉、しかし、君のやろうとしている事は』 『志摩少佐、とか言ったか?』
リーネが口を挟む
『・・・なんでしょうか、お嬢さん、あ、すいませんっ誰か井戸から水と布を探してこい!』
顔が煙の煤で汚れている、それはまずいよな
『違う』
『食事の方はあいにくカンパン程度しか持ち合わせておりませんg』
『違うと言っとろうが!』
リーネが怒鳴ると同時に志摩が大きく捻りながら跳びのき、今度は机の角に物凄く痛い肝臓らへんを強くぶつける・・・不幸だ
『うがぁっ・・・い、いつもの癖で避け・・・痛い、痛い!これは痛い!』
とりあえず悶えているが大丈夫そうなのでリーネのあとを続ける五島
『おそらく、もうそこぐらいまで追っ手が迫って来ていると思うのですが・・・』
『っつぅ・・・追っ手?』
『はい、少佐・・・実は我々追われてまして・・・』
五島が簡単に説明する
『そうか。このような事態はある意味対抗勢力にとってチャンスでもある、そんな輩が出てもおかしくはない、イタタ・・・』
理解が早くて助かる


『しかし・・・』
この国の王の裁可を受けたわけでは無い、その国土をむやみに傷つけてよいものか・・・
『出入口はここのみとは限りません、今この瞬間にも囲まれてるかもしれないのです』 どこの井戸にも通じていかねない
『なによりも陸戦経験の無い兵達を危険にさらすわけにはいかんか・・・わかった。那智からの支援射撃を行ってもらう、総員退去!ここの外れの丘で砲撃を観測する、周囲警戒を怠るな!』


砲撃支援の要請が来た時、那智艦内はまさにお祭り騒ぎだった、回数の減る一方の訓練に加えて足柄中破で書類上の問題を抱えた那智は目標がなんであれぶっぱなせる機会なぞなかったから、志摩が
『10斉射です!10斉射で結構ですからね!?』
と軍令部の意向を守るべく声をはりあげなければいけない程、いうなれば飢えていた。
飢えた狼に餌をちらつかせたのが悪いのかもしれないが、那智艦長以下10斉射で済ませる気はカケラも無かった。今までの欝憤を晴らすべく
『斉発から交互射撃に切り替え、二十五斉発叩き込むぞ、砲身交換までやるのはあの少佐が身投げしかねんから、しかたない』
『近くに居るんですから吹き飛ばしては?』
『こらこら、撃つ機会をくれたのは彼だぞ』


艦橋はこんな軽口さえ飛んでいた、勿論持ち場から離れることは出来ないが、那智が火を吹く事を乗員は今か今かと待ちわびていた
そしてその時が来る、目標とされた地点(碁盤状に土地区分はもうしてあったため志摩はその地点を言うだけで済んだ)へと砲塔が向きを変え、砲身が鎌首をもたげる
『地面を喰い散らかしてやる』
そんな呟きが指揮所に移動した砲術長からもれる
『撃ちー方ー始めー』
『撃ちー方ー始めー』
独特の間延びした命令が艦長から復唱によって艦内へと伝わる
『テェーっ!!!』
命令の届いた砲術長が叫ぶと共に引き金は引かれ、五個の砲塔へと電気信号がとどけられた。一時期は問題になっていた広散布界問題解決のため取り付けられた発砲遅延装置に従い、知覚するには短い時間差をつけて砲弾は

ドォーン!!

と、まるでひっぱたかれるかのような衝撃と音を残して飛んでいった
『次弾装填急げ!』
乗員達が機械の様に動き出し、また同じ事の繰り返しの為の作業をこなす
まさに戦闘機械なのだ、いや、それぞれが細胞の様に生きているからこそ動く事が出来る、つまりは一つの命といっていい、それが雌伏の時を経てついに火を吹いた、まるで歓喜の叫びをあげるかのように


その時五島達は少し外れの丘にたどり着く前に追って来た連中を少ない小銃と手投げ弾(志摩が連れて来たのは分隊、つまりは彼を入れて八人程度)で牽制しつつじりじりと後退していた
『四十人・・・ぐらいですかねぇ』
『だな、やはりあの場で戦わずに逃げて正解だったな』
銃撃と弓の打ち合い(といってもお互いへっぴり腰)では特にすることも無いのでネームレスとリーネは落ち着いて戦闘を評価している
『そろそろ・・・か』
志摩が腕時計を見る、そして
『撃ち方止め!』
『少佐!?』
そんな事をしては一気にこちらに・・・!手をひらひらとふって敵の方へ歩きだす志摩 『やつらの魔術が無くなったぞ!!今だ!!殺せぇっ!!』
『痴れ者どもよ聞けぇい!!!』
志摩の怒声が広がる
『神は知る!始まりは天、終わりは地。ならば我は知る、汝らの終焉は!天より来たる!!!』
志摩が言葉に合わせて手を天に向け、言葉と共に振り降ろす。上空から空気を切り裂く擦過音に続いて爆発が周辺にまき起きる、近いところで500mぐらいしか離れていない、あまりに危険過ぎる!
『志摩少佐!危険です!』
聞こえていないのか微動だにしない
『去れ!神罰の雷に慈悲は無いぞ!!』
『ひ、ひぃっ』


蜘蛛の子を散らすように逃げる追っ手、彼等にとってこのような音や衝撃は初めての体験であろう。無理もない、くわえて一人の男が自分達に向けてそれを行っているという恐怖は拭いようもない
『これは・・・騎士が死に絶えたわけだな』
『目に見える恐怖の対象を植え付けなければ理解を越えた現象は天災と変わらない、そのためのパフォーマンスですか、やりますねぇ』
いままで帝国の力を見たことのないリーネと見たことのあるネームレスの見解も違ったものとなった
『まぁこんなもんですk・・・!?』
志摩がさらに近くに落ちた砲弾の爆風に煽られて地面に叩きつけられる
『少佐!』
五島が駆け寄る
『・・・大事ない、けほっけほっ10斉射ってあれほど言ったのに』
口の中に入った土を吐き出し答える志摩、怪我は無いようだ。やがて砲撃はふいに止む、蝉が鳴くような耳鳴りだけはどうにもならないが
『終わりましたか』
『終わったな』
地下へと戻ろうとした人間は跡形もなく消滅するか肉片になり果てている、生き残っていても戦意はないだろう
ラーナの方を見ると黄色く煙っていた花粉も薄くなっている、どうやら噴出が無くなって濃度が下がったらしかった。狂騒の一夜は終わったのだ


『那智からまた内火艇が来る、皆はそれで戻ってくれ、那智は・・・なんだ、存分にブチ込んでくれたからな、活躍は言わずもがなだ』
自分の服を叩いてみせる、埃まみれだ、皮肉にならないよう笑顔だ
『了解です、分隊は艦に戻ります!』
『うん、かかれ!寄り道はするなよ』
兵達は海岸へと戻っていく、志摩は振り返って残った三人を見る
『・・・さて、問題は君だ、五島大尉、そんな独断専行が許されると思うかね』
他国への単身での急な移動、外交権の濫用
『状況の急変にやむを得ず、そう判断しました。』
『では、今、君より上級の者が現れた今でもそれを行うつもりかね?』
『・・・はい、これは私の』
『この馬鹿ものがっ!!!』
志摩が怒声をあげる
『いいか!?貴様は生けるプロパガンダなのだ、海軍の所有物なのだ、統制下から勝手に抜け出す事は許されない!!』
『しかし!』
ネームレスの情報は見過ごしてよいものでは・・・それに責任も
『私が彼に付いていく、よいですな?』
『・・・そちらがそうおっしゃるなら結構です』頷くネームレス、さらに上級の将校が手に入るならそれはそれでいいという判断だろう
『貴様は個人としてもレーヴァテイルに入れ込み過ぎている』


声音が優しくなる
『だからな、そばに居てやれ、そして子を成せ、そうすればなにがあっても次の世代のために帝国が成さねばならぬ事が増えるじゃないか』
異世界の種族と人間の子供、たとえ帝國の人間がまたどこかへ飛ばされたとしても、この世界で彼等または彼女らに残していかねばならない世界を創る理由が出来る、そう考えているのだ、志摩は・・・戻された場合を考えての異世界への不干渉でも居座り続けて覇権を得るための積極介入でもなく、残される者のための準備・・・確かに耳障りはよかった
『それが出来るのは君だ、あえて言えば畏れおおい方々ではなく、一般市民とそう変わらぬ君がそれを成す事こそが意識を変える端緒となるのだ』
『少佐は・・・よろしいのですか?奥さんは・・・』
帝國人が彼等二人だけであるための台詞だ
『その説得は君に任せる、こぉわいぞぉー、あいつは。俺には同じ事言わされるとするなら説得する自信がまったく無い!・・・まだ死ぬわけじゃ無いしな。いや、下手すると死ぬ可能性はそっちの方が高いかもしれんぞ?』
『どんな嫁だ・・・まぁ私もか』
リーネが呟く
『艦から私ぐらいの階級の人員を引き抜く訳にもいかん、丁度余ってるのは私だったんだ』


『気に病むな、君の派遣の後押しをしてしまったのも私だからな』
死亡させる事も前提で話してしまったし・・・
『少佐・・・』
申し訳なさでいっぱいだ
『であるからして!』
志摩が声を真剣な声に戻す
『五島大尉は随行員一名と共に、初期の任である当該国で私が呼んだ別の典礼参謀が到着するまでの間、その任にあたれ!文書は追って配布される、今回の任務での問題点、典礼参謀と内外機関との連絡の不便さ、並びに・・・これは無駄だとは思うが、員数の少なさに起因する問題点をを報告書に必ず表記する事、以上だ』



そして四人で王宮へと戻り、彼とネームレスがワイバーンに乗って空の向こうに消えるまで、何も言えなかった・・・
危機を乗り越えた事を祝賀するパレードでも、内心は泣いていた
しかし、これから少し経って志摩少佐がもたらした情報が回り回ってあのような事になるとは・・・時代の転換点、そこに私は立っていたのかもしれなかった


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