『唄う海』29


『皆さん!』
王宮に戻ると皆いつもの服装に戻っていた
『お客人、ご無事でしたか、何かあってはと兵を送る所でした』
『失礼ですが何か思い当たる節は?』
恨みつらみ、権力争い
『いや、こちらも困惑している、無いわけではないが、衝突は今まで避けられていた。報告に依るとあの靄の中に入ると悶死してしまうらしい』
あの見回りの兵の言であろう
『今、大規模な騎馬隊を出して一般家屋に篭った者、スラム街の者、民の全てをこの王宮に誘導している』
かなり思い切った判断だ
『民無くして王と名乗る程、愚かではない・・・ラーナは盆地だ、あの靄はまるで杯を満たす水のようにかさを増していくだろう』
一般家屋に篭ったとて冬用の煙突から靄に進入される、閉じ篭った民にそれを知る機会は無い、正しい判断だ
『感服しました』
一礼する
『参りましたねぇ・・・これでは逃げるに逃げれ無い』
笑いながら頭をかきかきネームレスが現れる
『お客人、何故戻られに?』
『既にワイバーンの待機場にも避難民が来てまして一人逃げるにはどうも体裁が』
逃げ足はやっ・・・しかし、これで上への逃げ道は閉ざされたわけだ
『此処に居たか・・・王よ、地下が面白いことになっていたぞ。』

風呂上がりのせいか艶っぽいリーネが傍の階段下から現れる
『魔力が流れている』
『・・・そうか、いやぁまったく面白い手を使うもんだ』
ネームレスが何か気付いたのか手を叩く
『あれは杉の花粉ですよ』
国王が反駁する
『馬鹿な、我が国では一年に一度、春に多少靄がかるが、雲のようにあれほど・・・そうか!!!』
何がそうか、なのか解らない
『・・・?』
『ワイバーンを育てる促成魔法の植物版、数十年分から百年分の花粉が噴出されているのですよ、勿論、木は魔力を流されるのを止められたら枯れてしまうでしょうが・・・いやぁ、悪知恵が働いてますねぇ』
数百倍数千倍の密度の花粉、花粉症どころではなく、呼吸困難、肺器官への蓄積・・・ 『なんてこったい・・・』
リーネが冷静に答える
『だが、物は考えようだ、あの花粉の中で魔術を使っているわけではあるまい?この騒動の張本人もその地下に居ると見ていいだろう』
五島が気を取り直す
『つまりは、そこを叩くわけですね』
『避難先に利用する為にと調べてもらって正解でしたな、国王陛下』
『うむ、兵を出したい所だが・・・』
手持ちの兵は民間人誘導に出払っている、王は三人を見る
『行ってもらえぬだろうか』

『かしこまりました』
ネームレスが間髪入れず答える・・・そうなれば
『我が帝國は友邦となるであろうその国を見捨てたりはしません』
勢いで言ったが自分自身は体術に自信が無い、リーネさん頼みだ
『護衛対象がなかなか帰ってこないから避難場所を探していたら、今度は掃除か、まぁ・・・そちらの方が血が騒ぐがな』
・・・問題はとりあえずなさそうだ、那智から来る志摩少佐以下のクルーにも落ち合わなきゃいけないから山の方に行くのはまったく異存ないが
『・・・地下は本当に食いぶちが無く、裏社会にすらなじめない人間が行く手を塞ぐやもしれません、それだけは気をつけなされい』
花粉を撒き散らした張本人だけ排除すれば良いわけじゃないのか、だが
『万難は撥ねのけるもの、違いますか?』
『そう・・・だな、余計な言を重ねた。無事の帰還を待っている』
『さぁて、今度は戦場でお互いの身体を踊らせましょうか、リーネさん』
ネームレスは鼻歌を歌っている、何となく馴れ馴れしい
『待ってる間、何してたんです?』
リーネに問う、親密になられるのも困る
『なに、動けないように拘束するついでに、稼がせてもらっただけさ、二人にな』
・・・タフ過ぎだよ、この女(ひと)


そして舞台は地下に移り・・・

『な、なんだおまコヒュ』
『誰dハヒュ』
『ここをどスヒュ』
『おドヒュ』
出合い頭の浮浪人をネームレスが四人立て続けに始末する、全て首を切り払っている・・・というか
『何か一言ぐらい、言わせたらどうなんですか?』
『ははは、何故です?必要ないでしょう?』
『ごらぁ!!おま』
ズパッ
短剣を二刀、手に紐で括りつけている、それで出て来た瞬間には浮浪人は地面に倒れ臥している
恐ろしいのは今の浮浪人だとネームレスの後ろから出て来たのだが、スナップ効かせて後ろに短剣を投げ、紐を引き戻す動きだけで首の頚動脈を断ち切っている、そして毎回毎回、鼻歌を歌いつつ血糊を剣から拭いているのだ
『うるさいのがお好みなら両目だけ潰しますが、暴れるんで危ないですよ?』
『・・・結構です』
勘弁してくれ
『リーネさんも大活躍しているじゃないですか』ネームレスが指差す
『いや、なんというか、近づけなくて』
リーネなんか返り血で白かった鎧が真っ赤だ
『やはり、戦場でも美しいですねぇ』
ネームレスが目を細める、以前、自分がなんとかとは言えリーネに勝ったのが信じられなくなってきた・・・今、ホントに生きてるのかな、俺

『このアマぁ!!!』
最初にリーネに向かって来た男は怪力自慢か机を楯にして覆いかぶさって来た
『愚かね』
その一言だけだった、リーネが長剣をおもむろに横に振る、勿論、机の角に突き刺さる・・・そのまま押し潰せる、浮浪人は勝利を確信した所で頭が空を飛んでいた
机に刃が刺さっている所から剣が折れてその首を切り払ったのだ・・・蛇腹剣、ロングソードとショーテルの長所を持つそれだ、鞭のようにしなって後ろに居たそいつの仲間を次々とないでいく
『貴様達の命運は私の手で尽きる事になる』
相手の斬る場所を問わないので血の雨があらゆる方向に噴出する、五島がネームレスの傍に居るのはそのためだ
剣の切れ味が不足するとカッターナイフよろしく、それぞれの刃を吹き飛ばし、予備の物と入れ換える、短所として構造上脆くなるのだが、腕がそれをカバーしている
『退屈な戦い・・・』
そりゃいくらなんでも相手が悪すぎる。浮浪人達に少し同情を禁じ得ない
『どうした?急ぐのだろう?』
リーネに声をかけられる、ネームレスと二人のおかげで自分の短剣と拳銃は使わずに済んでいる、良いんだか悪いんだか・・・ニーギ、そっちに帰りたいよ、ニーギ
『そろそろ到着、ですねぇ』

『あれだけの魔術を使って術者は無事だろうか?』
そういえば話題に上がらなかったが
『まぁ、個人なら当然正気は失ってるだろうな』
『魔術師が複数人数動いていた、とは、あの国王ですし、気付かなかったとは・・・ねぇ、単独犯の愉快犯ってところでしょう・・・っと』

広いエントランスに出る、天井が高い、そこから無数の木のねっこが垂れている
『ここだな・・・っ!』
『うわわわっ!?』
木の根がいきなり伸びだし五島らが居た地点に突き刺さる
『ご無事ですか〜?』
ネームレスなぞ、すでにエントランス入口から顔を出して聞いている、二度目だが、逃げ足はやっ『みぃつけたぞぉおお、ウェレェエス』
しわがれた声が響く
『ウェレス?』
木の根に下半身がめりこむような形で人が居る、しかしウェレス、どこかで聞いたような
『思い出しました・・・まさかあなたが生きていたとは、ペロー8世、しかもこのような形で・・・しかし随分とお変わりになられて』
太っていた身体はガリガリになり、皮が弛んでしわだらけになってしまっている
ケープがずり落ちた、そこには頭が無残に変形してはいるが(頭蓋骨骨折のあとそのまま治癒してしまったのだろう)確かにあのペロー8世が居た

『たああぁっ!!!』
ウェレスだかペロー8世だか知ったこっちゃないリーネが既に駆け出してペローの上半身に切りかかっている・・・どいつもこいつも人の話聞きやしない
『ぬ、ぬぉおおお!!!』
『くっ!!殺(と)れなかったか』
樹皮が伸びて来てペローを保護する、するとペローの身体が木の中に引きずりこまれていく、つまり復讐の対価は己の命、しかしそれに他の人間を巻き込むとは
『元から狂気に陥っていれば関係ないってことか!!』
『みたいですねぇ・・・やれやれ』
『どけぇ小娘!!!』
リーネが鋭く伸びる細めの根をかわし、逸らせ、そしてなぐ、しかし前には進めなくなった
『ウェレェェエス!!!お前もだぁあああっ』
こちらは天井からドンドン降ってくる・・・勘弁してくれ!
『ええっと・・・五島大尉、あの火をつける機械貸してくれませんかね?』
さらりとネームレスはかわしてるがこっちは手いっぱいだ
『ライターの事か?ほらっ、うわっ!』
投げた所で木の根っこが頭を掠めた
『よっと、いきますよぉ〜』
『ぬうっ!?』
ペローの近くにあった根がネームレスの足元に突き刺さる
『よっと!』
ネームレスは事もなげにそれに跳び乗ってペローの元へ駆ける。

『死ねぇっ!!!』
ネームレスを何本もの細い根で串刺しにしようと根をのばす、が
『馬鹿ね、力を入れないで私を止められるとでも?』
ネームレスに向かった根が猛攻を耐え、切り抜けたリーネに全て切り落とされる、一方向に集中したのがまずかったのだ
『貸し1、支払いは後日商談に応じるわ、もう払えないでしょう?』
『巻き上げられましたからねぇ』
すれ違う時に言葉をかわす、全く以てこの二人、余裕だ
『いい加減に消えてくださいねっ!』
ネームレスがライターを投げる
『ひぃっ』
ペローが身構えるが何も起きない、いや、五島が貸したライターが真っ二つになり、その油が身体にかかっている
『今、助かったと思いましたね?』
ネームレスが手をくいっと引くと剣と真っ二つになったライターの着火部分にピンポイントに命中させ・・・

ボワァアアアアアアアッ

『ギャアアアアアアアアアアアアアっ!!!』
『はっはっはっ、いやぁ、枯れた人間も木も、最後はよく燃えるもんです』
長い年月を経た木には腐食部分や枯れた部分があるが、それに燃え移る事を考慮して・・・なんて野郎だ、というか
『ひ、ひでぇ』
『ま、悪趣味ではあるな』
リーネさんが言いますか、それを


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