『唄う海』28


『・・・リーネさん、今この忌々しいこの男を拘束できますか?』
拘束し監禁してごまかす手も一応ある
『無理だな、剣で対峙して負けるとは思わないが、お前が居る』
ネームレスが肩をすくめる
『おぉ恐い恐い・・・では、トドメの一撃といきましょうか、我が主はあなた方、極東の島国の隣人と交渉を持ちたいと言われております』
『何故貴様がその言葉を知っている!!!』
ネームレスに五島が掴みかかろうとする
『!?』
リーネが驚くほどの五島の烈した声と行動だ、聖堂に声が反響する
『さぁ?私は主から言付けを預かっただけです』『どうした?落ち着け!興奮するな!』
リーネがはがい締めにして引き離す
『何故、我々の呼ばれ方を!この世界では知るはずが無い呼び方を知っているんだ!』
『はははは、さてね、主が持つ、あなた方が知りたいかもしれない情報も、あなた方帝國のここで確約する支援がなければ、消えてなくなってしまいますよ?』
五島は決断した
『・・・分かった、私個人の判断でそちらと手を結ぶ』
『おぉ!決断なされましたか!それは重畳』
喜色満面のネームレス、その笑顔に感情が篭っているとは思えないが
『いいのか?』
リーネがさすがに眉を顰める

『商人は買収し直せばいい、が、流布させた分より多く金は払わねばならないし、こちらでは現物や硬貨支払が主である以上、帝國の行える手はほぼ無い、そして流れてしまったものを慌てて取り成す方がかえってあやしい。既に手遅れだ』
くやしいがネームレスは帝國の痛い所を突いてくる、これが我々の世界の事を知っている者が上に居る、ならばなおさら知らねばならない
『ただし!貴国への入国と貴官の主への謁見を求める。』
何者なんだ、主とは、帝國にそれを知らせねばならない
『・・・いいでしょう、全てが物別れに終わっても、最悪あなたの身柄と帝國の詳細な情報は手に入る』
少し考えてから頷くネームレス
『リーネさん!ここにあるお金で出来るかぎりの保存食を買ってきてください』
本来の滞在費のほとんどを渡す
『え?あ、あぁ、わかった』
『私の国の物は一切口にしないつもりですか、体調崩しますよ?』
『下手に薬を入れられるわけにはいかない。そちらは何でこちらに?ワイバーンか?』
『ええ、沖合の船に合流してワイバーンは放棄、いつものパターンですよ』
どこの国がネームレスを飼っているのか、個人の能力もさる事ながらその贅沢さが突き止められない理由でもある。

『・・・どんな乗り心地か楽しみだ、とは言っておきましょう』
リーネを買い出しに行くのを見てからネームレスを睨みつける
『ははは、また誰かさんのように墜落事故なんてさせませんよ』
手が差し出されるが無視する
『おやおや、まぁいいでしょう、今日はとりあえずここの王の歓待を受けてから明日、発ちます、楽しみましょう』
ネームレスの言葉を全て聞く前に聖堂から出ようとする、もうその場に居たくなかったのだ、出る前にケープを被った老人に物ごいをされる・・・どこかで見たような・・・ 聖堂を出て空を見上げて呟く
『現代の鶴姫には絶対にさせないからな、ニーギ』
遠い戦国の世に三島水軍を率い大内軍を迎撃し、その激戦のさなか恋人を失い、その後を追って入水自殺した鶴姫にニーギが重なる
『絶対に生きて帰るからな、早まるなよ、ニーギ・・・』
後で無線機も馬車にある分をまとめねばなるまい、報告はあえて後で行う、そうしなければ私一人では責任が留まらないだろう・・・それだけは避けたい、あくまで私の独断にしなければ
『当分は旨い物は食べれそうに無いからラーナ式接待といっていたが、存分に食べさせてもらわなきゃな』
自分の脳天気な逃避に笑うしかなかった

そして王宮で始まる歓迎の宴、宮廷にある小さい体育館ほどの広さの部屋の中央に肩までつかれるプールに水がはっており、プールのへりには食べ物を始め、お酒等の饗応の品が並んでいる。他にもサウナや温水も用意してある、水という日本のように無限にあるものと考えられないこの異世界に於いて貴重な資源、贅を尽くしたもてなしである・・・問題は
『しかし、いきなり全裸は抵抗があるな。』
武器の持ち込みがお互いできないよう、男女問わず全裸にされた、そのためのプールでもあるのだろうが、流石に気が引ける
『うまく話はつきましたかな?』
あの若き国王だ
『私にとっては旨い話ではありませんでしが、国家間については有意義な会談をもてたと思います。ですからここで旨い目に会おうと少々無作法ながら』
そばにあった鳥の手羽先を掴み、噛り付き、引きちぎる・・・こういったパフォーマンスも食事の際に必要とされる
『はっはっはっ!それこそがラーナ式接待の本分!解っておられる、では私もいただこうかな?』
小形のかめに入れてある酒、五島も少し飲んだが、果実酒、ワインのはしりようなものであろう、それを一気に飲み干し王は問うた
『何故、物を食す事に幸福を感じるのか?』

『それは喉元を通る物によって窒息という苦しみを味わい、それを越えることによって生きる力とする、ですかねぇ・・・』
『そうだ、私は物を食すという行為ができなくなったその時が死だ、と考える』
ネームレスだ、意外と細い身体をしている
『も、もしかしてその気ありですか?まいったなぁ・・・ちょっと途中で落としたくなりました』
ネームレス見ていたらそんな事を言われた
『んなわけないだろ!!!』
考えたら鳥肌が
『入るぞ』
リーネの声がする
『んあ?ってリーネさん!』
振り返ると当然の如く一糸纏わないリーネが居る、五島は顔が真っ赤だ
『ほぅ・・・』
『これはなかなか・・・』
『な、ななな、何で入って来てるんですか!』
『護衛の任から離れたままでは困るだろうが、何を言っている』
『ラーナ式接待には食って、飲ませて、抱かせる、が主軸ですからな』
『うむ、綺麗どころが来たところで女性陣を投入させていただこう』
国王が手を叩くと綺麗なお姉さんたちが・・・勘弁してくれ
『そういえば保存食買いに行ったついでに魔法の箱(無線機の事)を見に行ったら鳴っていたから、出ておいたぞ』
『え・・・使えるのですか?』
『今まで何度か見た、まかせろ。』

『まさか・・・これまでの事を?』
私一人で済まなくなる!
『うむ、報告した、貴様よりも上級に位置したからな、たしか志摩とか言ったか。ナチとか言う船からこれからこっちに行くだそうだ・・・まずかったか?』
ため息をつく
『どうしました?』
『ありがたい話ですが・・・いろいろ、厄介な事になりそうです』
ここに来てそんなジョーカーを持ってこられても・・・しかも志摩少佐本人が乗り込んでくる気ですか
『すいません、席を外します、すぐ戻ってきますので。リーネさんも此処に居てネームレスを監視してて下さい』
これは一度、自分から無線に出ておいた方が良かろう
『わかった』
待機していた女性にタオルで拭かれる前にそのタオルをいただいて身体を拭き、服を着て王宮を出る、馬車置場だろう
ふと、盆地状になっているラーナの風景が目に入る、山腹が少し黄身がかっている、砂?まぁいいや
『何と言われることやら・・・』
頭が痛い・・・て、ちょっと待て。砂地なぞこの国の回りにはない
『ん・・・黄色い、靄?』
あったのは糸杉群、花粉か?それにしてはずいぶん時期が・・・回りの人間に聞こうにも、王宮そば、だれも居ない・・・あ、衛兵が歩いてくる、聞いてみよう


どうやら見回りの兵で城門を動かずに守衛する兵でなかった為か、異世界の人間である自分に緊張していたが、タバコをあげることで話をする事ができた
『いんや、季節も違うしあんなに黄色くなることはねぇ、おっと、ないであります』
『ですか・・・どうもありがとう、見回り頑張ってくださいね』
もう一つのタバコの箱を押し付ける、自分はほぼ吸わないし
『おお!何なら見に行ってくるよ』
それはいいが、段々と靄が濃くなってきている
『気をつけてくださいね』
『いいって、どうせ交代の時間だべs・・・ですから』
そう言って宿舎に一言入れてから行くと言って別れた


しばらく歩いて、馬車置場に無造作においてある無線機にたどり着く・・・リーネがしたんだろうが、もう少し丁寧に扱ってほしいものだ。積んだまま放置してた自分が悪いのだが
『さてと・・・』
スイッチを捻n
ブォォ〜ン〜ドンドンドン
『な、なんだ?』
笛と太鼓の音だ、見える所に居た人間が皆王宮や自分達の家へと走り出す、しばらくして馬を駆けさせ先程の兵が来てくれた
『お客人!あれは毒の霧だ、早く王宮へ!みんなも家に閉じ篭るか王宮へにげるべさ!!』
『毒の霧・・・毒ガス!?そんな馬鹿な!!』


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